口にチャック
逃げる時の俺は、まさに一目散という言葉がしっくりくる勢いで逃げる。
当然、逃げ足の速さはちょっとしたものである。
まだ肉の盾だった頃、よく「(敗走時限定で)奴隷最速のナオヤ」と他の仲間から噂されていたほどだ。
……まあ、仲間のほとんどは途中でどんどん戦死していき、最後はどこか壊れた奴か、ボンゴみたいに恐ろしくタフな獣人族しか残らなかったが。
とにかくそんな俺だから、時刻が深夜で、しかも障害物が山のようにあるこのブラックリーフの森など、逃げるステージとしては楽勝過ぎる。
最初の頃は後ろの方で追っ手の声がしてたが、飛ぶように走るうちにたちまち聞こえなくなってしまった。
俺も、最後の最後まで仲間の先頭切ってたし、ぶっちぎりの逃走ぶりと言えよう。
あのレイバーグですら、途中でやや遅れ気味だったね! いや、マヤ様とサクラだけは、後ろからつかず離れずついてきたけど。
「ナオヤの遁走ぶりは、後ろで見ていて鮮やかだったな!」
ようやく危険地帯の森へ抜けて魔界領まで戻ったところで、マヤ様が感心したように言ってくれた。全然褒められた気がしないけど、口調は完全に本気だった。
「魔界最速のマヤが、最後まで抜けなかった。初めて駆けっこで負けたぞ」
「いや、今のは駆けっこじゃないですし」
「て、ていうか……かよわいエルフのあたしもいたのに……それ、完全に忘れてた……でしょう?」
へべれけなおっさんみたいな足取りで追いついてきたネージュが、地面にばったり倒れて恨めしげに俺を見上げた。華奢な見た目を裏切らず、体力は乏しいらしい。
しかし……エルフって足が速いイメージあるけどなあ。
とはいえ、別にネージュだけじゃなくて、金髪のローズもかなりつらそうだし、レイバーグですらうっすらと汗をかいている。
むしろ、見かけ(だけ)はエルフ並にほっそりしたサクラが、平然と呼吸も乱してないのがすげー。
ある意味、さすがである。
「……ナオヤ、見た目より体力あるわね」
おまけに、逆に俺にお褒めの言葉をくださったという……胸の下で腕組みして、すげー上から目線で。なんかむかつく!
いや、いちいちこんなことでつっかかっても仕方ない。とにかく、早速次の一手を決めないとな。
「みんな休憩したいだろうけど……もう少し我慢してくれ。せめて、近くの村か町まで行って、そこで休もう。まだ油断しない方がいい」
「あ、それならはいはいっ」
地面に転がっていたネージュが、慌てて飛び起きた。
「この近くにいい街があるわよっ。そこで部屋を取りましょうよ。お腹も空いたし」
「う……のんびりしすぎじゃないかと思うが、実際に腹も減ったな。よし、じゃあネージュ、すぐに案内頼む」
俺の要請に、ネージュはいそいそと俺の横へ来たが、そこでしっかり釘を刺してくれた。
「でも、今度はもう少しゆっくり行きましょう!」
……結局、それからさらに一時間ほどかけて、道なき荒野からまともな街道まで戻り、俺達は一番近くの街へ到着した。
ちなみに魔界とはいえ、国境に近いこの辺りは、ルクレシオンにどこでもあるような町並みとそう変わらないらしい。
つまり、街路は石畳でそれなりに舗装されていて、建物もおおよそ石造りの数階建てくらいの高さのものが多い。
俺の感覚で言えば、百数十年くらい前の、ヨーロッパの地方都市みたいな感じか。
住人の数が多いのか、建物と建物の間隔がほとんどなくて、ぎちぎちに道の左右に並んでいる。見る角度によって、街路に並ぶ建物が、まとめて一続きの長屋みたいに見えるほどだ。
明らかに特殊なのは、街路を行く住人だろう。
さすがに魔界領だけあって、見かけるのは人間とは限らない。獣人族やら半分魔獣みたいなやつが、その辺にゴロゴロしているのだ。
……まずいな、マヤ様の居場所をそこら中に吹聴されたら、俺としても困る。あまり街に長居するのは禁物かも。
ともあれ、俺はホテルに着く前に、さりげなくサクラの隣に移動し、こっそり先んじて尋ねてみた。
レイバーグとも前に話したが、ちょうどよい機会だ。
「ユメを倒す話は後でするとして、ちょろっと訊くけど、あのレージには何か秘密があるのか?」
サクラは横目で俺をちらっと見た後、なぜか親指と人差し指で、口にチャックをする仕草をした。
「……なんだ、それ?」
「その件は内緒という意味よ」
「え……今更隠すのか、おまえ?」
俺はげんなりしたね! こいつ、ユメを倒す手段とか、ホントに話す気あるのか。
なんか先が思いやられるぞ。




