暗躍(レージ視点)
心ならずも解放された俺は、ナオヤとかいうガキとその仲間が逃げていくのを、呆然として見送っていた。
いや、これは正確な表現とは言えないな。
俺が見ていたのは、主にセーラー服の後ろ姿――つまり、碧川サクラだ。
あいつ、本気で俺達の元を去って行きやがった! 文字通り、走り去るってやつだ。
出会った最初の頃はともかく、少なくとも俺とはそれなりに馴染んでいて、もうすっかり仲間のつもりだったのに、こんな結末か!
ユメになんて言おうと思うが……案外、ユメは全然気にせず、喜ぶかもしれない。
というか、あのレイモンやヒューネルも、「これで元通りの敵に戻った!」とか喜びやがるかもな。なにせ、昔は敵だったわけだから。
ブレイブハートが味方なんておかしいと、いつも愚痴ってたくらいだし。
「ちくしょう、俺がもっと気付いてやれれば」
サクラが見えなくなった後も、俺は一人でギリギリと奥歯を噛みしめていた。
あいつの疎外感が増していくのを、なんでもっと早めにわかってやれなかったのか!
「……貴方はどなたです?」
「わあっ」
一人で悔やんでいた俺は、いきなりの声かけに飛び上がりそうになった。
焦って振り返ると、なんだか妙に虚ろな目をした若造が立っていた……多分、あのナオヤってヤツと同年代か。
髪と目の色は俺やナオヤと同じだが、色白だし、顔立ちも日本人っぽくない。よもや、ナオヤの仲間ではないだろう。
「ええと、君は誰?」
俺は一応、敬語で尋ねてみた。
すると向こうは微笑し、即答してくれた。
「最近になってレージ軍に加わった、アラン・リムスキーと申します。……それで、貴方は?」
なぜか声を潜めるようにして、アランという少年は尋ねた。
なんかこいつ、笑い方にヤバさが漂うな……全然楽しそうじゃないし。
まあ、味方と聞いてほっとしたけど。
「となると、降伏した兵士か、ユメかレイモンが雇った傭兵かな? まあどちらでもいいけど、俺はレージだよ! これでも、ユメの保護者的立場の者だ」
「では、司令官殿ですか!」
「殿ってほどじゃない。ただの足手まといさ」
自嘲気味に呟いてしまう。
さすがに驚いたのか、アランは俺をしばらく見つめ、それからなぜかこっちの袖を引っ張って、そこらの大木の陰に連れていった。
「どうした?」
「申し訳ないですが……しばらくお静かに」
ほぼ同時に、俺達が今まで立っていた場所を、どやどやと兵士の集団が通り過ぎていく。「連中は、向こうへ逃げたらしいっ。追え、追えぇええっ」などと喚きつつ。
喚く内容からして、おそらくこっちの味方なんだから出て行ってもいいんじゃないかと思うが、俺はアランに合わせてなんとなく息を潜めた。少なくともこいつは冷静そうだし、何か考えがあるのかもしれない。
「なんで隠れたんだ?」
兵士達が去った後、一応、訊いてみた。
「いえ、今は誰が味方かわからないので」
わかったようなわからないような返事の後、アランは逆に俺に尋ねた。
「ところで司令官。敵がこの近くに来たという情報がありましたが……彼らは今、どこに」
「さっぱりわからんが、ユメを倒す手段を求めて、どこかへ行っちまったらしい」
俺は激しく首を振り、枝葉の隙間に見える夜空を仰ぐ。
「畜生っ。俺がもっとしっかりしていれば!」
アランはしばらく黙り込んでいたが、ふいに低い声で言った。
「なるほど、邪神を倒す手段があるわけですか」
嫌な言い方をした後、急にすらすらと続けた。
「つまり敵は卑劣にも、司令官であるレージ殿を殺害した上、裏切り者のサクラと合流して逃走したわけですね」
「――はあ!?」
呆れ果てて、俺は表情のないアランの顔を睨む。
「おまえ、俺の話を聞いてたかっ。レージは俺だって――」
喚きかけたが、途中から声にならなかった。
胸に激しい痛みが爆発し、息ができない!
いつ手にしていたのか、アランがダガーのようなもので俺の胸を刺しやがった。たちまち鮮血が腹を伝って足元に流れていく。
「おま……え、どういう……つもりで――ぐああっ」
途中で、アランが手の中のダガーを激しく捻り込むように動かした。
さらに激しい痛みが脳天に突き上げ、俺の意識は簡単に暗黒に飲み込まれた。




