かつての勇者
俺が呟くと、ローズがすかさず言った。
「こちらが待ち構えていることに、気付いたんでしょうか?」
反応のいいこの子も、さすがに気配を読むのは無理らしい。
「まあ、少し騒がしかったから、気付かれても全然不思議は――」
次の瞬間、俺は顔をしかめた。なんと、気配があっさり消えたからだ!
反射的にレイバーグを見ると、こいつも丁度、俺を見たところだった。
「気配が消えたよね!?」
「うん。……ということは、気配を消せる実力の持ち主ってことで、嬉しくないな」
対抗してこっちも気配消して潜んでもいいけど、どうせ俺とレイバーグ以外のメンバーは、そんな器用なことできないしな。
ここはやはり、レイバーグを斥候として出すかと俺が考えていると、なんとあらぬ方向から聞き覚えのある声がした。
『今から出ていくけど、いきなり斬りつけるのは勘弁してよね』
「げげっ」
心臓に悪いだろ、馬鹿!
接近してきたのは、なんと俺達が求めていた張本人だった。
間違えようのないサクラの声に、俺は素っ頓狂な声が洩れてしまう。ローズなんか、慌てて抜剣して、せかせか周囲を見ているが……あいにく、暗い森が広がっているだけだ。
月明かりしかないんで、かなり不気味である。
『……警告はちゃんとしたわよ。下手に斬りかかってきたら、逆襲しますからね』
うおっ、今度はさっきと全然違う方向から聞こえた。
しかも、移動速度はやっ。女忍者かおまえはっ。
「大丈夫だ!」
俺は極力平静を保って声を張り上げ、ついでにローズに「剣を収めてくれ」と頼んだ。
「俺達は戦いに来たわけじゃない。話をしにきただけだ。戦うなら、もっと大人数で来るさ! 安全だから、出てきてくれ」
『……どうかしらね? まあ、話の内容とやらに興味があるし、わたしも今は大人しくしてあげるわ』
してあげるわと来たかっ。
しかし俺は余計なことは言わず、暗闇に向かってコクコク頷いた。
そのうち、ネージュなども集まってきた中、みんなで固唾を呑んで暗い森を見渡す。
気が利くネージュは、ちゃんとレージの縄尻を取って、彼ごとこっちに来ていた。よしよし。
「何か魔法使う?」
「いや、今はやめとく」
俺はひそひそと答える。
「別にサクラと戦いに来たんじゃないからな」
『……その言葉を信じましょう』
うおっ、今の聞こえたのか!
俺は戦慄した。なんて耳のいい女だ。油断も隙もないな、しかし。
こりゃ、みんなにもきっちり警告しておこう。
「い、いいか? サクラが出てきても、下手に手を出すなよっ。あくまで話し合いのために来てるんだし、手は出しちゃ駄目だ。絶対だからな、くどいけど、絶対だぞ! ていうか絶対ですよ!」
最後の一言は、もう顔が既に戦闘状態のマヤ様に言ったつもりだ。ローズも油断ならんが、マヤ様はなんかもう、今にも剣出して走り出しそうだからなっ。せっかく、当初の予定と違い、誘拐なんかせずとも、向こうから来てくれたんだし。
「そう案ずるな」
マヤ様はようやく微苦笑を浮かべた。
「……マヤとて、ナオヤの言葉は覚えている。よほど気に食わないことでもなければ、手は出さぬ」
いや、気に食わなくなっても、手は出してほしくないんだって!
こっちがびびってる間に、かさりとも音をさせず、ようやく木立の陰から、セーラー服姿のサクラが登場した。前に見た時より制服の生地がくたびれていたが、それ以外は相変わらず、触れれば切れそうな威圧感を漂わせている。
彼女は俺達のすぐ前まで歩み寄ったものの――ネージュがレージの縄尻を掴んで立っているのを見ると、呆れて肩をすくめた。
「連絡は来てたけど、本当に捕まってたのね」
「め、面目ない……」
本当に情けなさそうな顔でレージが俯く。
まあ、彼の身になってみれば、気持ちはよくわかる……明日は我が身かもしれん。捕虜の待遇は考えんとな。
「さっき言った通り、俺達はあんたに話があってきたんだ」
意を決して俺は進み出た。ここからが正念場だし。




