矛盾するお言葉
まあ、不協和音が内部にあろうとなかろうと、マヤ様の決定に従い、策を立てるのが俺の役目である。そもそも今回は、提案したのがこの俺だしな。
ところが、翌日遅くに呼び寄せた九千の軍勢が村へ到着するなり、マヤ様はまた俺を呼びつけた。
「ナオヤに異論がなければ、すぐに南の砦へ進軍を始めようと思うが?」
「え……?」
さすがに俺は、多少の驚きを持ってマヤ様を見つめた。
以前の悪役魔王じみた格好はもはや辞めたのか、今日はお気に入りの黒いゴシック衣装に、裏地が真っ赤なマントをしている。
マヤ様的に、魔王になってからはマントを着けることが多くなったような気がするな。おそらくナダル大公を意識しているのだろうけど。
……いや、そうじゃなくて。
俺は、今度はベッドに横座りしてしれっと告げたマヤ様に、首を傾げてしまった。
「ええと、皆を集めて軍議とか開かないのでしょうか?」
「相変わらず、なにをボケたことを言ってるのか?」
マヤ様は、光沢のあるストッキングを穿いた足をぶらぶらさせて、呆れたように俺を見上げた。
「だから、これが軍議ではないか。今のマヤは魔王ぞ」
いわずもがなのことを断言すると、マヤ様は心持ち胸を張る。
おお、今日も胸の谷間が深い……すぐそっちに目が行くのが、我ながらアレだが。
「であるからには、下々の者と軍議で相談などする必要はない! 今後は、全てマヤとナオヤで決めていくのだ」
「え、えぇえええ」
なにその、一昔前の立身伝的シミュレーションゲームで、主人公の身分が上がったような展開わー。
「俺とマヤ様で、ですか」
「そうだ!」
「でもって……俺には相談して頂けるわけで?」
恐る恐る訊くと、マヤ様はぶらぶらさせていた足で、軽く俺の膝を蹴飛ばした。
「いでえっ」
思わず右膝を抱えてうずくまっちまった。
軽く見えて、むちゃくちゃ効くからやめてくれっ。マヤ様はほっそい足なのに、いつもハンマーでぶっ叩かれたみたいな威力なんだよっ。
「ナオヤはマヤの直臣ではないか」
人の苦情は無視して、マヤ様が顔をしかめる。
「ならば、ナオヤに相談するのは、当然であろう」
「はああああ」
そ、そういう理屈になるんですか……まあ確かに、魔王がみんなとシコシコ相談して決めるとか、有り得んだろうけど。
しかし、それだとかなり俺の脳内予定が変わってしまうな。
せっかく、軍議になったら昨晩みんなと検討した案を出そうと思ってたんだが……これじゃ、俺が直接言うしかないか。
「ええと、ではネージュの意見を聞いて、俺もよいと思ったので――」
「それも無用だ!」
「えっ」
いきなり遮られて、俺はまた慌てた。
「なにがでしょう?」
「ナオヤが誰を臣下にして、何者の意見を聞こうと、それはマヤには関係ないというのだ」
きっぱりはっきり言われてしまった。
「そ奴らの意見を検討した後に、ナオヤがマヤに進言した時点で、それはもはやナオヤの進言だ。ナオヤが臣下を得る権限を有するのと同時に、その臣下の身分を自由に引き上げる権限もあるのは、そのためだぞ。いい加減、今の身分に慣れよ。……そもそも、ナオヤの周囲にいる女どもなど、どうでもよいのだっ」
ぶちっとマントを外してそこらに放り投げ、マヤ様がじろっと上目遣いに睨む。
……今の、セリフの前半は建前で、後半が本音じゃないですか?
当然ながら行儀よく立つ俺はそう思ったが、それは言わずに黙って頷いた。余計なことは言わずに限る。
「ええと、じゃあ申し上げます。こういう手で行こうかと思いますが、どうでしょう?」
昨晩、散々皆の文句を聞かされた後、とにかく全員で検討した案を出してみた。
意外にもマヤ様はにんまりと笑い、即決で採用してくれた。
「おもしろいではないか! なるほど、軍勢の大半は敵への見せかけだな」
「はあ。まあ、最初はそういうことです」
「よろしい、その策で行くっ」
うわぁ……相変わらず、俺みたいな中坊の作戦案に即決て……まあ、信頼されているのは嬉しいけど、俺は自分の肩に五トンくらいの重荷がかかった気がするよっ。
失敗したらどうするよ、失敗したらよぉ~……とすぐ考えちまうからな。
「そうと決まれば、んっ」
なぜかマヤ様は両手を俺に差し出した。
「は?」
「は、ではないっ。マヤとナオヤの関係は、主君と臣下という単純なものではないだろうっ。昨晩、ジャスミンが言っておったぞ。女がこうして手を差し出して甘えた時は――」
そこまで言いかけ、なぜか頬を赤らめるマヤ様である。
「い、いちいち言わねばわからんのか。とにかく、手を取って起こしてくれというのだっ」
「そ、そうですかっ」
い、言ってくれないとわからんよ、そんなのっ。
だいたい、ベッドに座ってるだけだから、すぐ立てるじゃないですか!
言いたいことはいろいろあったが、手を握れて嬉しいという小市民な喜びもあり、俺はいそいそとマヤ様の手を握ってゆっくりと立たせて差し上げた。
すると、なぜか勢いよく立ち上がったマヤ様が俺の胸に飛び込んできたので、思わず受け止めて抱きしめる。ちゃんと、マヤ様も両手でこっちを抱きしめてくれた。
ちょっとドキドキしたが……次の瞬間、俺の腕の中でマヤ様が問うた。
「話は変わるが、あのレイバーグを臣下にするようだな?」
ものすごく不機嫌そうな声だった。
なんですか、その不意打ちっ。
「ええまあ、そのつもりでいますけど……今のところ」
「……気に入らぬなっ」
腕の中でぷいっとそっぽを向いて、マヤ様がぶすっと言う。
同時に、こっちの胴に回してくれた手に力が入って苦しかったりするっ。
だいたい、さっきと言ってること違うくないですかっ。臣下を選ぶのは自由、みたいなこと言うたやんっ。
ギリギリと胴体を締め付けられながら、俺はだらだら汗をかいていた。




