即決採用
「でもって、その女神ユメを影で操るレージって奴がいるって聞いたんですけど――」
ついでに俺は、ミュウが仕入れた情報を思い出した。
「何かの間違いではないか? 仮にも女神を、ただの人間が操れるものか?」
いや……そんな真顔で言われると、俺としても反論できませんが。だいたい俺だって、又聞きの話だしな、これ。
「まあ、それは今は置いて――それで、俺がいない間、問題のレージ軍の動きはどうなってますか?」
かなり緊張して尋ねたが、これに対するマヤ様の返事は意外なものだった。
「今のところ、我が領土で奪われたのは、南の国境上にある砦だけだ。以前、ナオヤとマヤで奪取した場所だな」
「ああ……俺がマヤ様にロープから落とされたあそこですか」
顔をしかめて頷き、俺はほっと息を吐く。
「よかった……意外と押し込まれてません――ねぇえええ」
最後の方で悲鳴になったのは、俺の責任ではない。
マヤ様が横から手を伸ばして、いきなりヘッドロックなどしてきたからだ。
「よいわけがあるものかっ」
ぐいぐい締め付けながら、マヤ様が叱り飛ばす。
俺が腕を叩いてチョークを宣言してるのに、ハナから無視である。
「あれほど苦労して占領したのに、今度は別の敵に落とされるなど、もっての他ではないかあっ」
「お、俺が落とされたんじゃないですよおおおっ」
必死に喚いて、なんとか腕を外してもらった。
実はちょっと頬に胸が当たって嬉しかったのもあるんだが、それに倍する――いや数倍する苦しさだからな。
この方はすぐに自分のクソ力を忘れるから、油断ならん。
胸の感触と引き替えに命を落とすのは、さすがの俺もご免だ。
「げほげほっ。と、とにかくそこ以外は、全部ちょっかいかけられただけなんですね?」
喉元をさすりながら俺が聞くと、マヤ様は嫌そうな顔で頷いた。
「うむ。どうもあやつらは、今のところはルクレシオンの残党を相手にするのに忙しいようだな。帝都クレアールを占拠したはいいが、各地に散るルクレシオンの貴族共が一斉に蜂起して、それぞれの領地から帝都に攻め寄せようとしているらしい……まあ、いきなり帝都を占領して王族を押さえただけでは、ルクレシオンは落ちなかったということだ」
マヤ様は皮肉な笑みとともに言った。
そりゃまあ、魔界も散々ルクレシオンに苦しめられているからな。あまりにあっさり倒れてしまったら、切なすぎるだろう。
「ええと、確か連中の会話じゃ、今話に出た元魔界の砦に、その邪神女神とレージとやらがいるそうなんですよ」
多分、こういうことじゃないかと思う。
ルクレシオンと魔界の国境地帯は、ほぼ南北にわたって山岳地帯になっている。
そのせいか、軍勢が通過できるほどの余裕がある軍道というと、実は主立った場所が二カ所しかない。
その一つが、俺達が脱出してきたばかりのルクレシオンの北の森付近で……そして今一つが、俺が以前に散々――もう本当に散々苦労して落としたはずの、南のあの砦なのだ。 現状、敵のレージ軍とやらは、ルクレシオンの北の支城と俺達が保有していた南の砦を押さえてしまっている。
つまり敵は、俺達を魔界領内に完全に閉じ込めてしまっているわけだ。
お陰で連中から見れば、俺達を攻めるにせよルクレシオンの制圧を完了するにせよ、自分達の方に主導権があることになる。
サクラは二正面作戦とかフカしてたが、実際には、彼らもまずどちらかの国を重点的に制圧するつもりだろうと思うのだな。いくらなんでも無限に魔獣が出せるわけじゃないだろうから、均等に戦力を配分するわけない。
片方を攻めている間に邪魔をされないよう、国境を押さえているわけだ。
……今考えたばかりの推測を話すと、マヤ様は納得したように頷いてくれた。
「有り得る話だな……それに、その推測が正しいと仮定するなら、敵が力を入れているのはルクレシオンだろう。こっちの帝都マヤはそう簡単に落ちぬと見て、まずはルクレシオンを打倒することに力を注ぐ気に違いない。だからこその撤退だとすれば、つじつまも合う」
「あの……敵がこっちの帝都を、『簡単に落ちぬ』と判断したと、どうしてわかります?」
引っかかった俺が尋ねると、マヤ様はあっさり言ってくれた。
「さっきはいちいち言わなかったが、マヤとナオヤが攻められている頃、帝都マヤでも空を飛ぶ魔獣達の攻撃を受けていたのだ。父上から早馬が来て、教えてくださった」
「ちょっ」
いきなり背筋が伸びたじゃないかっ。
「そういう話は、先に教えてくださいよっ。それでどうなって――」
勢い込んで訊こうとしたが、マヤ様が余裕の表情で片手を上げた。
「父上が撃退したに決まっておろう。仮にも魔王だった方だし、マヤの父上ぞ? あんなホムンクルスもどきの魔獣などに遅れを取るものか」
「はぁああああ」
一応、ほっとして、俺は胸を撫で下ろした。
確かにまあ、あのナダル大公とまともにやりあって勝てる奴は、あんまりいないだろうな。特に魔獣なんかじゃ無理だ。
「ならば、ひとまず帝都マヤは安心として――俺達は俺達でできることをしますか? マヤ様が置いてきた軍勢、まだ退いてないんですよね?」
「当たり前だ。マヤがまだ命じてないのに、勝手に退却されてたまるものか」
「では、俺達がそっちへ戻るより、軍勢の方をこちらへ呼びませんか?」
俺が恐る恐る提案すると、マヤ様は切れ長の瞳をぱっと見開いた後、唇の端を吊り上げて、ニィイイイと微笑んだ。
凄みがありすぎてこぇええ。
しかも、できたてほやほやの俺の傷痕を撫でて、興奮したように囁くのだな。
「こちらから攻め入るわけだな?」
押し倒されかねないほど隣から迫られ、俺はたじたじとなってしまった。
豪華な金髪から漂う香りにくらくらしつつ、まだまとまってない考えを話す。
「そういうことです。彼らの当面の狙いが、ルクレシオンの制圧行動を盤石なものにすることだとすれば、俺達が座して待っていることに、なんの意味もありません。むしろ、時間が経てば経つほど、不利になるでしょう。それくらいなら、南の砦を攻め落とすべきです――そこには、ユメとかいう邪神とレージとやらもいるそうですし」
マヤ様を同行させていいのか迷い、俺は最後に口ごもったが……ぐっと拳を固めたマヤ様を見る限り、こりゃ止めても無駄だな……むうう。
しまった、考えがまとまらないうちに意見するんじゃなかった。
「いいな、実にマヤ好みの策だっ。採用!」
しかも、即座に叫ぶマヤ様である。
「はやっ。いやしかし、よく考えたら敵の戦力がまだ――」
「よしっ。早速、軍勢を呼び寄せようぞ!」
き、聞いちゃいないしなっ。
決めた途端、もうマヤ様は立ち上がっていた。
「これ、誰かいないかっ」
……でもって、すぐにドアを開けて伝令を呼びつけるという。
ま、まずいな……邪神が敵とか、さすがにちょっとまずそうな気がするんだが。
自分で立てた作戦なのに、早速俺はびびっていた。
だいたいあの砦には、さっぱりいい思い出ないしな!




