表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/317

鉄拳

 

 情けない話だが、その辺りで俺はまた体力の限界がきたらしい。

 加えてマヤ様の顔を見て、戦闘寸前だったところにガタッと気が緩んでしまったのもある。結果的に、また目眩めまいがして座り込んでしまったのだな。


 でもって、気付いたら意識が闇に落ちていたと……まあ、気絶したってことだけど。


 当然、マヤ様は慌てるわ、追いついてきたミュウが青くなるわ、ややこしい時にレイバーグが戻ってくるわで、あれからまた結構な騒動だったようだ。


 ただ、さすがにレイバーグが冷静に「さっさと逃げないと危ないよ?」的なことをまず教え、話し合いは後のこととして、全員がその場から遁走したそうだ。 





 

 あいにく俺はその時には気を失っていたので、全ては後から聞いた話だが――。

 俺を救出に来たのはなにもマヤ様だけではなく、ギリアムやネージュやエルザといった面々も引き連れ、さらにいざ戦闘になった時のために、数百名規模の部隊も率いてきていたらしい。


 俺が連れ去られたことに気付いたマヤ様は、もうその直後から素早く行動に出ていたということだ。

 国境で敵側の傭兵らしき連中を見つけてとっ捕まえ、そいつらを尋問して俺の居場所が判明したらしい。

 ……それはともかく、その後の魔族軍の惨状を聞くにつれ、俺はかなり落ち込んだ。特にカシムが大怪我して伏せったという部分にがっくりきたな。


 俺は、マヤ様という俺にとっての巨星があったのと――元の世界で自暴自棄になる寸前だったという二つの大きな理由があり、肉の盾に放り込まれてもなんとかやっていけた。

 身も蓋もなく言えば、「死んだところで、当初の予定通りだしな」なんてナメた考えがあったからこそ、日々を乗り越えられたとも言えるのだ。


 ただ当然ながら、アランを始めとするその他の大勢は、元の世界で俺ほどヤケクソな生活を送っていたわけではないだろう。

 俺も自分が例外だってのはわかっていたから、当時マヤ様に改めて呼ばれた時、早速にして召喚の取り止めを言上していたが――マヤ様がナダル様に俺の考えを伝え、その願いが通った時には、もう手遅れなほど大勢の死者が出てしまっていた。


 だから俺は、アランの裏切りについては当然ながら責める気にはなれない……マヤ様はめちゃくちゃ怒ってたそうだけど。

 俺だって、マヤ様がいなくてあのままだったら……アランと共謀して寝返っても、おかしくない立場だったわけだし。


 なのに俺は、致命的な勘違いをしていた。

 魔王城でアランが俺を振り返って笑っていたのを見た時、俺は後からこう推測したのだ。


 あの笑みの意味は、「もうおまえの好きにはさせないぞ」ということかと。つまり、同じ立場だったという俺が、ここまで出世したのを知ったアランが、「そのうちおまえの地位を追い抜いてやるぜ」的な敵対宣言のつもりで、こっそり俺にだけ笑って見せたんではないかと。


 実際は、全然違う。

 あの時点でもう、あいつは魔族軍を敵に回す決心をしていたのだろう。

 そんなアランにとって、ちょうど現れたサクラ達のような存在は、まさに渡りに船だったんだ。

 




「ところでマヤ様――」


 俺はじくじく考えるのをやめ、部屋の中を見渡した。

 一応ここは魔族領内の小さな街であり、今俺がいるのは、そこの一番大きな宿の中である。当然、魔王陛下がご滞在ということで、四階建ての宿の最上階をマヤ様が占領している……一人で。


 俺は目が覚めた途端に、そのマヤ様に呼びつけられ、取るものもとりあえず駆け付けたわけである。


「何かごけけね……じゃないや」


 必死に言葉を思い出し、言い直す。

「ええと、何かご懸念でも?」

「無理に難しい言葉使いをしようとするでない。そうやってトチるのがオチだ」

 恐ろしく不機嫌そうにマヤ様は言ってくれた。


 既にまた一日過ぎて、もう次の夜になっているらしいが……この人は肩が剥き出しのタンクトップというかビスチェというかそんなぴっちりした上衣であり、下はショートパンツである。そういうとんでもない格好でベッドの上であぐら座りをし、俺をじっとりと見下ろしていた。


 言い忘れたが、俺はベッド前の固い床で、ちんまりと正座中である。


 ……正座苦手なんだけど、入るなり「まずはつつしめ!」と言われ、思わず正座しちまった。いや、もう話す前からマヤ様の瞳が真っ赤で怖いし。


「その前に、マヤに言うことはないか?」


 地獄の底から響くみたいな声音だった。鳥肌立ったし。

 まるでRPGのラスボスが、最後のステージで言いそうなセリフだな。しかも、そのまんま魔王だし。

「い、言うことですかっ」

 必死に考え、俺はようやく言葉を絞り出した。


「え、ええと……連れ去られたせいで、肝心な時に指揮が執れなくてすみませんでした――みたいな?」


 とたんに、くわっとマヤ様の両眼がでっかく見開かれた。


「なにがっ、みたいなだ!」


「おおうっ」

 いきなり拳骨で頭を殴られ、俺は呻いた。

 ていうか、今のって叱責の前に、もう殴ってたぞ! 手が早すぎるだろっ。おまけに、俺はまだ病み上がりだっていうのに、また昏倒しかけたし。


 しかし、文句を言おうとして顔を上げた俺は、マヤ様の真紅の瞳が微妙に潤んでいるのを見て、言葉を失った。

 しかも、俺が見ているうちにどんどん目の縁に水分が盛り上がってくるわけで……いや、あれはどう見ても涙なんだろうな。


 俺の視線に気付くと、マヤ様はふいに頬をうっすらと赤め、乱暴な手つきでごしごしと両目を拭った。


 その後でしゅんとしている俺に向かい、「マヤをじろじろ見るな、ばかっ」と喚いたかと思うと、また鉄拳をお見舞いしてくれた。

 

 い、いちいち手が早いよっ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ