双方、マヤ様戦法
とりあえず、ミュウまで巻き添えにしないために、俺はわざと敵が来るとおぼしき方角へ駆け出した。
というのも、この敵さんの移動速度は本当にシャレにならないほど速く、もう今の俺でも気配を感じるのだな。
周囲が暗いからまだ姿は見えないが、足場の悪い森の中を駆け抜ける音まで、もう微かに聞こえるほどだ。
対して、まだ俺は夜目に慣れない――どころか、そもそも体力も回復してないんだが、サクラを相手にするなら、おそらくミュウよりは生存率が高いだろう……多分。
そこで、俺自身もブラックウッドの巨木を利用して、幹から幹へと身体を隠しながら駆けた。俺だけ向こうからばっちり見えてるのも困るからな!
だから、まだ刀も抜かない。
抜刀したら、むちゃくちゃ目立つんだ、これ。
忍ぶように駆けたお陰で、俺達の距離はぐんぐん詰まってくるわけだが……ていうか、この敵、全然速度が落ちないんだけどっ。
こんなとんでもないスピードで走るような奴だし、気配を読むのもお手の物だろうと思ったんだが、そうじゃないのか?
俺は一応、気配を殺してるけど、さすがにこの距離ならもう悟られてる気がするんだがな。でもって、普通は敵の存在を感じ取ったら、足を緩めて様子見るとか、後続の味方を待つとかあるやんっ。
(くそっ。ナメくさりやがって、セーラー服女が!)
まだ完全ではないが、それでも俺はかなり腹を立てていた。前にしてやられてるのもあるしさ。
ここらで、あのイケイケねーちゃんにも思い知らせないとな。いつも魔法使いの援護があると思うな、ちくしょうっ。
ざざざっと森を駆け抜ける音が接近し、黒い影がちらっと見えた。敵は俺そっくりに木々を縫うように疾走していて、今は眼前のブラックウッドを回り込もうとしている。
その刹那、俺はいきなり進路を変更してそちらへ駆け出す。
向こうが幹の向こうから間抜け顔を出した途端、電光石火で真っ二つという寸法である。
名付けて、「問答無用のマヤ様戦法」だっ。
サクラ相手に直撃は無理としても、上手くすれば戦いの主導権を握れるはず。
というわけで、俺は敵が幹の向こうから飛び出す瞬間を狙い、自分もぱっと幹を回り込んだ。当然、その時は抜く手も見せずに抜刀している。
ところが敵もさる者で、俺と同じく思いっきり剣を脇に引きつつ、飛び出して来やがった。
くそっ、先制攻撃する気満々かっ。
「く、食らえっ」
「死ねぇええええいっ」
お互いの喚き声が重なって――
――て、ちょっと待てぇえええええええっ。
まさに、心臓が口からはみ出すような気分だった。相手の細首に刀身を叩き付ける寸前で、俺はようやく気付いた。
間近に見えた、萌える――じゃなくて燃えるような真紅の瞳を。
「うわあっ」
冷や汗をかきつつ、攻撃動作をなんとか止めて飛び退く。
しかし、向こうは全く躊躇せずに、豪快にでっかい剣を横薙ぎにしやがった!
扇風機の強回転かよっと思うような風切り音がすぐ目の前でして、見覚えのある黒い大剣がちらっと空を斬る。
それをギリギリで回避し、俺は木の根が盛り上がった大地に背中から倒れた。
ヤバかった、本気でヤバかった! 前髪がちょっと持って行かれたしっ。
しかも、空振りした大剣はそのまま、一抱えもありそうなブラックウッドを両断しちまったんだ。ベキベキベキッなんて臨場感たっぷりの音がして、ごつい樹が斬られて倒れちまいやんの。
さらに、向こうは据わった瞳で、すぐさま剣を大上段に持ち換えている。ま、前、じゃなくて、下を見ろ、下をようっ。
貴女は、相手も確認せずにそんなモン振り回すんですかっ。
焦って声が出なかったが、ようやく喚くことに成功した。
「俺、俺です俺俺っ――てわあっ」
「な、なんとっ」
俺が半ば背中を浮かせ、身体を横向きにしたお陰で、二度目もなんとか回避したっ。ドガッと聞き覚えのある嫌な音がして、小石混じりの土塊が跳ね上がる。
地面に大剣を食い込ませたまま、相手はようやく俺を認めて、息を吸い込んだ。珍しく、額に冷や汗をかいている。
よく好んで着る、漆黒のゴスロリドレス姿のマヤ様が、俺を見て目を丸くしていた。
「あ、危ないではないかあっ」
「そりゃ、俺のセリフですよおおっ」
死にそうになった腹いせに思いっきり喚き返したが、ひっくり返った亀よろしく倒れている俺を見て、なぜかマヤ様は大剣そっちのけでいきなりその場に膝をついた。
そして俺の胸ぐらを掴んだかと思うと、ぐわっと顔を寄せてくるのだな。
なんなんだ、この人……会えたのは嬉しいが、やることがいちいち突発的すぎるぞ。
「怪我をしているではないか!」
「いや……不満そうに言われましても。レイバーグに治癒してもらったので、もう平気」
まだしゃべってる途中なのに、マヤ様は俺の頬を片手の掌でごしごし擦り、畝みたいに盛り上がった傷痕を確かめていた。
「誰にやられた!? 傷痕が残ってしまったら、なんとするのだっ。傷痕がなくても、いろいろ惜しい顔なのに」
「か、顔のことは放っておいてくださいっ」
俺はさすがにむっとして言い返した。




