微笑
「みんな、気配を消せよ? サクラは鋭いからな」
「もちろん!」
「ご安心を」
レイバーグもミュウも頼もしい返事で、俺は安心した。
これがヨルンとかなら、まず気配を消すこと自体が無理ゲーだからな。
で、客間で足音が通り過ぎるのをやり過ごそうと思ったのだが……なんと、問題の足音はこの部屋の前で止まりやがった。
俺達は慌てて部屋の奥に退避し、三人揃って唯一の隠れられそうな場所、つまり壁際の暖炉の中へ飛び込む。
馬鹿みたいにでっかいサイズなので、腰を屈めれば、三人とも辛うじて死角に隠れられる。まあ、壁際まで来られたら、そこで中が見えてしまうから、もう終わりだけどな。
ささっと隠れるにあたり、足音を立てず、そして気配も殺したまま実行できたが、本当にギリギリだったね。
なぜなら次の瞬間にはドアが開いて、聞き覚えのある声がしたからだ。
「レイモンが前線指令としてここに来てるんだから、あのヒューネルって奴は、帝都クレアールで待機中なのね? じゃあ、レージは?」
忘れもしない、サクラの不機嫌そうな声がした。
「あの者はユメ様と一緒に、南の国境沿いにある砦だ。それより、おまえはいい加減に、ユメ様のことを様付けで呼ばぬかっ。我らの主君なのだぞ」
聞き覚えのある声が言う。
俺が危険を冒してそっと覗いたところ、かなり古いタイプの裾の長い上着とクラバットをした、白銀の髪のイケメンがいた。
ああ、俺が奇襲に出た時、サクラのそばにいた奴だ。
そういや、レイモンって呼ばれてたな。確かめた後、俺は即座にまた顔を隠す。こんなところで大立ち回りをするわけにはいかんしな。
「わたしはあくまで自分の意思で応援してるだけで、別にユメを主君と思ってないもの。だいたい、本当の主君はレージでしょうに」
「ユ、ユメ様はそう仰るが、私はまだ納得してないっ。だいたい、あれはただの人間ではないかと、今でも疑っている」
「ただの人間だろうと、ユメが自分のパパで主君だって言うなら、あんた達下っ端は、従うのが筋じゃないの~?」
もう、聞くだにむかつくサクラの声である。
こいつはどうも結構フリーな立場らしく、軍勢の司令官クラスのレイモンを、からかっているらしい。
途端に大きく息を吸い込む音がして、レイモンが押し殺した声を上げた。
「もうよい! 闇の軍勢を支えるダークピラーともあろう者が、元ブレイブハートと言い争うほど、馬鹿げたことはない。サクラに意見を訊きたいのは、こっちについたあの若者のことだ。あの者、簡単に魔界を裏切りおったが、本当に我らに協力する気があると思うか?」
「そんなこと、わたしにわかるわけないでしょ!」
「喧嘩越しでそう言わず、少しはサクラも悩まぬかっ」
いや……二人の言い争いは置いてだ。
魔界を裏切っただとー……誰がぁ? え、それって誰の話だ?
俺は暖炉の中で、思わずミュウの顔を見つめる。しかし、ミュウも首を傾げていた。まあ、俺が戻ってないのを知ると、すぐに陣を離れた(それも問題あるな、しかしっ)らしいから、知らなくても無理ないのか?
しかし……裏切るような奴なんか、いたかぁ?
俺がぞわぞわした気分で考え込んでいる間に、二人の会話はどんどん進み、やがて根負けしたレイモンが「しばらくは様子を見るしかあるまい」となって、話は唐突に終わった。
靴音がまた遠ざかっていくが、部屋を出る前に仕返しのようにレイモンが訊いていた。
「サクラの方こそ、あの若造をどうするつもりだ? こっちにつかないのなら、とっとと斬るしかないだろうに」
「わたしはこう見えて気が長いのよ。転生しても恨みを忘れてないほどだし!」
「説得を中断するなら、今はルクレシオンの兵士達を検分してくれ。こっちにつきたいと申し出る者が、予想以上に多いのだ」
「人間はホントに度しがたいわねえっ。裏切り者ばっかりじゃない!」
鼻息の荒いサクラの声が最後にして、二人は無事に部屋を出て行った。
三秒ほど待ち、期せずして三人とも大きくため息をつく。
「いやぁ、どきどきしたな」
「……レイモンとやらも、相当な実力者のように思うな……強い魔力を感じたよ」
「おい、迂闊にフラグ立てるなよ」
俺はぞっとしてレイバーグに文句をつけた。
「あの女勇者だって、たいがいやっかいそうなんだぞ。強敵は、もう十分過ぎるほど間に合ってんだよ!」
小声で唸り、それからまた呟いた。
「しかし……裏切ったって誰だ」
「今ここで考えてもわからないだろうし、とにかくこの支城を脱出しよう」
「それもそうか」
俺もそこは異論なく賛成し、ミュウに頼む。
「じゃあ、また案内頼むよ」
「はいっ」
ミュウがドアを開けてそっと廊下に戻り、俺達も彼女の後に続く。そのまま、当初の目的通り、石廊下を進んでいく。ところが、突き当たりのごつい扉が見えたところで、いきなりミュウがびくっと肩を動かして振り向いた。
「ど、どうした――てまさかっ」
「気配がっ」
センサー装備のミュウに遅れはしたものの、俺とレイバーグもすぐに気配に気付いた。
二人して焦って振り向いたが――。
いつの間にか廊下に立っていたそいつは、別に敵ではなかった。
それどころか、ある意味では俺と唯一、同じ立場の仲間かもしれない奴だ。
色白のどこか物静かな優男って雰囲気なんだが、見かけを裏切るしぶとさで、肉の盾に放り込まれて生き残った奴でもある。
もはや、俺とあいつしか召喚組は残ってないらしいが。
「おぉー、確かアラン!?」
小声で呼ぶと、ちゃんと応えてくれた。
「お久しぶりです、戦士将」
アランも微笑して片手を上げる。
なんとまあ、助けに来てくれたのか!? これは幸先いいなっ。




