演技を要する場面
「い、意味がわからないんだけど」
「その説明をする前に――今更の質問で悪いが、ここって場所的にはどこら辺なんだ?」
「ルクレシオンと魔界の国境近くにあるちいさな城だよ。ルクレシオンの地方貴族の持ち城だけど、彼は既に降伏して敵に寝返っている」
「国境というと、北と南のどっち?」
「位置的に言えば、君がかつてボクの仲間だったリグルスと戦った森に近いね」
「そ、そうか」
危うく死にそうになった戦いと、かつての上官であるダヤンの死を思い出し、俺は一瞬だけ暗くなる。しかし、しゅんとしている場合でもないので、重ねて尋ねた。
「となると、ここは城の地下牢かなんかだな? 元が城なら、牢番というか、食事を運んでくる兵士も当然ながらいるよな? まさか、あのサクラだとか言うなよ」
さすがにあいつが相手だと、簡単には倒せない。
「いや、違うよ」
幸い、レイバーグはすぐに首を振った。
「むさ苦しい男の二人組。これは貴族の部下でも敵の部下でもなくて、雇われみたいだ。どちらも無精髭生やしてて、ボクは好きじゃないな」
いや、おまえの好みは訊いてない。
どうせおまえのことだろうから、好みもうるさいんだろうな。容易に想像できる。
「そうか、じゃあ作戦が上手くいったら、存分にぶち倒してくれ」
俺はようやく、手早く自分のやろうとしていることを説明した。
思った通り、レイバーグはいい顔をしなかったが、マジックシフトもあるというのなら、魔法を使えるこいつですら、尋常な手段では出られない。
結局最後は、渋々ながら賛成してくれた。
「し、仕方ないけど……そんなので引っかかってくれるかな?」
「そこは、俺とおまえの演技力が要求されるところだ」
俺は真面目くさって頷いた。
「今から俺は、食事を持ってくる兵士が来るまで(おまえをオカズにして)エロ妄想全開で本番に備えるからな。おまえも自分の正体は一時忘れて、か弱い女の子だと信じ込んでくれ」
ちなみに、オカズ云々の部分は心の中で言うに留めた。
さすがに恥ずかしい。
「ボクは元々、女の子だよっ」
レイバーグは膨れっ面で言った後、すぐに戸惑ったように俺を見た……横目で。
「だいたい、エロ妄想ってなに?」
「そのまんまだ……あまり詳しく訊くな。説明するとドン引きされるのが目に見えてる」
しかしこれは必要なことなのだ、と俺は自分を納得させた。
なにしろ、俺達を見た牢番が信じ込んでくれないと、どうにもならんからな。というわけで、俺は今から本番に備え、レイバーグを横目で眺めつつじっと待つ。
いざその時が来たら本気で演技しないと駄目だけど、俺はそんな都合よく迫真の演技できるほど器用じゃないし。小学校の学芸会だってあまりにもひどい演技で、モブの通行人役すら務まらなかったほどだ。
というわけで、今からその気になっておく必要があるので、もう遠慮なくレイバーグの胸をガン見し始めた。
当然、今からテンション高めるためであって、決していやらしい気持ちではない……ないはずだ。
……しかしこいつ、改めて見るとなかなか胸もありそうだな。
「な、なんだかナオヤの目つきが……なんというかその……卑猥な印象を受けるんだけど」
空気を読まないレイバーグ――いや十六歳の女の子が、わかりきったことを言ってくれた。なんだか寒気がしたような顔で自分の身体に手を回す。
「おまえ、俺の話を聞いてたかっ。だから、音がしたら即演技に入るくらいの気合いがいるんだよ、俺は大根だからっ」
ガミガミと怒鳴りつける。
「これも脱獄のためなんだし、我慢しろって。本番じゃ、そのブラウスみたいな白いシャツも豪快に破くからな。ぜひとも素に戻って盛大に悲鳴上げてくれ。ちょっと胸に手が触れるかもしれないけど、気にすんな! くれぐれも本気で取り乱すなよっ」
「無茶言わないで」
体育座りの状態からさらに身を縮め、レイバーグが即座に抗議する。
「そりゃ気にするし、取り乱すよっ」
しかし時既に遅しで、またしても通路の向こうでドアを開ける音がした。
「わっ、もう食事の時間だったのか」
レイバーグが小声で呟いた途端、情報通りに足音がする。
俺はその場で深呼吸してから、覚悟を決めた。
ここを脱出してマヤ様の下へ戻るためだ。この際、遠慮してる場合じゃない。
本気になるには、イマイチ妄想分が足りないけど、もう演技で何とかするしかないっ。
「ぎゃははっ。ねーちゃん、まさか女だったとはなあ!? ちょっと俺の前で脱いでみろやああっ」
多分、酒が入ったエロオヤジはこんなセリフを吐き出して女襲うんじゃないか? という想像の下、俺は喚きながらレイバーグに襲いかかった。
一瞬もためらわなかった。
「ちょっ、な、ナオヤ!?」
こいつがまた、二枚目(に見える美少女)のくせに、俺を上回る大根役者ぶりを発揮して、まだ声音使ってしゃべってやがる。
驚いた目つきも、まだまだ全然、いつものままじゃないか!
むかついたせいか、シャツにかかった俺の手に、必要以上に力が入ってしまった。
結果、予定した以上の豪快さでシャツがびりびりに破け、その下の包帯みたいな白い布が丸見えになった。
どうやらこいつ、胸の膨らみを出さないために、わざわざ包帯みたいな布きれを胸に巻いて押さえつけていたらしい。
それでもまだ膨らみがわかるというのは、割と凄くないかっ。
「ええいっ、けしからんっ。こんなモン、着けやがってぇええええっ」
怯えた顔のレイバーグを無視して、俺はその包帯みたいなのも豪快にむしり取ろうとする。
「や、やめっ。目が本気だよ、ナオヤ――いやあああああああっ」
おお、迫真の演技だな、レイバーグ!
途中から、悲鳴がすっかり女の子だぞおっ。




