勇者の憂鬱
「……というより、帝都の城――クレアール城が制圧されたそうだ」
浮かない表情でレイバーグが言う。
「ボク達に急を告げる早馬を出した直後には、もう何もかも手遅れなほど押し込まれていたようでさ」
ふうっと悩ましいため息をつく。
「陛下だって、まさか空から大量の軍勢に侵攻されるとは思ってなかったから、そっちは全くの無警戒だったしね。あの翼のある魔獣モドキが大挙して襲ってきたとなれば、制圧されても不思議はない……軍の主力はボクが率いて国外にいたんだし」
「なるほど。そりゃ災難だったな」
俺は同情しつつも、どうも引っかかっていた。
忠誠心の厚いレイバーグにしては、随分と投げやりに見えたからだ。
「あのさ、あえて訊くけど――おまえ、今回はなんでそんなにふて腐れてるわけ?」
「ふて腐れてるように見えるなら、それは当たってるね」
レイバーグは自嘲気味に笑う。
相変わらず藁布団に座り込んだまま、動こうともしない。
「飛行魔獣に乗ってた、ユメとかいう名前の黒いドレスの女性が教えてくれたのさ。陛下は自分達が助かるために、喜んでボクの命を差し出したと」
「へっ!?」
いま一つ状況が飲み込めない俺のために、レイバーグは詳しく説明してくれた。
つまり、敵軍の指揮官だったその女性は、ルクレシオンの帝都クレアールにある城を襲って制圧した際に、ベルグレム王(本来は皇帝だが、大陸全土を統一するまでは、王を自称するそうな)と王族達をまとめて取り押さえてしまったのだが――。
敵のユメがまだ何も要求しないうちに、王自らが申し出たそうな。
『敗戦の責任としてレイバーグの首を差し出すから、どうか我々の命は助けてくれ』
――てな浅ましいことを。
「うわぁあああ……そりゃひでーな」
今回ばかりは、俺も本気で同情した。
どうも以前から、ベルグレム王はレイバーグをこき使うばかりで、大してその武功に報いてない気がしていたが……こうなると報いるどころが、内心じゃレイバーグを疎ましく思っていたのだろう。
「ボクはさ、自分が嫌われていることは知ってたんだよ」
レイバーグが寂しそうに言う。
「ただ、王子と王女の二人とは仲が良かったし、身分は宙に浮いたままでも最前線で使ってくれるから、信頼くらいはされているつもりだった。でも……結局はただ利用されていただけだったみたいだ」
「……むう」
これは否定しようにもできないな……なんか俺もそんな気がしてるから。
第一、そんな腐れ王とは、さっさと縁を切った方がいい気がするぞ!
「でも、一応おまえはそんな王のために、ユメとやらに降伏したんだな?」
「まぁね。でも、さすがに陛下のためじゃないよ。彼の息子と娘のためさ。あの二人は嫌いじゃないし、殺されてほしくない」
「うん、俺もセシール達は好きだ」
そこは賛成するぞ、喜んで。王子の方もまあそんな嫌いじゃないし。
「それで、降伏した途端に捕虜としてここへ連れて来られたんだけど……なんかもう、どうでもよくなってきちゃって」
仮にも勇者と呼ばれる男――いや女の子が、疲れたように俯く。
長い前髪が瞳を隠していて、今や哀愁漂う麗人って感じだ。少なくとも、戦士には絶対見えん。
腰の辺りのラインなんか、完璧女の子だし……いや、これは関係ないか。
「この世界に迷い込んでから四年、ルクレシオンに仕えて二年……本当に、裏切られてばかりだよ」
「おい、俺はベルグレム王とは違うぞ! まあ、敵同士だったから、裏切るもなにもないけど」
俺は隣に座りつつ、強く主張しておいた。
「うん……君は数少ない例外だな」
レイバーグはゆっくりと微笑んだ。
「君のことは信頼している、ナオヤ。なにしろ、最後はボクを魔王城から逃がしてくれたしね。あの恩は忘れていない……あの後、マヤ殿に叱責されなかったかい?」
「されたけど、俺は慣れてるからいいって」
慌てて手を振り、俺はしんみりした空気を追い払おうとした。
というよりだ、もはや今の俺はレイバーグを女の子としか見られないわけで、ちょっと雰囲気作ると、いろいろ意識してヤバい。元々、異性相手にべらべらしゃべれるタイプじゃないしな。
「と、ところでさ! 他にもいろいろ訊きたいことはあるけど、その前に思い切って先に申し出て置こうと思うんだ――つまり、早いトコ唾つけるという意味で」
回りくどかったせいか、レイバーグは小首を傾げて俺を見た。
「どういう意味なの?」
今のモロに女言葉だぞ、おい。
演技を忘れるなよ、レイバーグようっ。
「つまりだ、おまえ……こっちにつく気はない?」
おぉ……息を呑んで固まっちまった。
長い前髪の下の瞳が、モロに俺を直視している。同じ黒い瞳なのに、こいつのようなイケメン――もとい、こういう綺麗な女の子の瞳は、どうしてこう全くの別物に見えるのか。
顔の造作も別次元に整ってるしな。意識するじゃないか。
「それは……ナオヤ個人が……ボクを欲しているという意味なの?」
いや、なんでそんな囁き声で言うんですか、君は。
俺は思わず正座しそうになり、なんとか我慢した。
い、今のセリフって、もちろん「ナオヤ個人の臣下になれという意味?」って問いかけだよな?
いや、他に意味もないと思うけど。




