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互いに首を所望


 とっさのことでもあり、味方がいるはずの背後からの攻撃でもある。


 カシムは寸前で殺気に気付いて振り向きかけたようだが、あいにく間に合わず、そのまま仰け反るようにして倒れ伏した。

 あの傷は――かなり深そうだっ。


 しかもアランは、近くにいた二等戦士を馬から引きずり下ろし、喉を切って瞬殺で倒してしまう。そのまま、今度は自分が馬にまたがった。




「なんの真似かっ」

 マヤが思わず声に出すと、途端にアランがこっちを見て哄笑した。

 驚いたことに、今の音量でもちゃんと聞こえたようだ。

 それに、驚愕した味方はもちろんのこと、なぜか敵兵士共も動かなくなっている。声を上げるでもなく、ただ誰かが時間を止めたかのように、黒い軍勢は動きを止めていた。


「そんなに驚くことかな、魔王陛下――いや、マヤっ」

 

 静まり返った戦場に、アランの狂気を帯びた声が響き渡った。

「無理に召喚されて肉に盾で死ぬような思いを何度もしたんだ。最近はまだしも、召喚されたばかりの頃は、本当に毎日が死線をくぐる連続だった。僕の人生を破壊しておいて、忠誠を期待する方が間違ってる!」

「ほざくなっ」

 怒りを抑える努力すら放棄し、マヤはアランを睨み付けた。


「その言い分は筋が通っているように聞こえるが、貴様は今、悲惨な生活から救ってくれたカシムを背後から闇討ちしたっ。戦士としてあるまじき卑怯な行いを、平然とやったのだぞ! もはや、くだらん言い訳を並べる資格すらないっ」


「はっ」

 呆れたようにアランが首を振る。

「成り立てとはいえ、仮にも魔王が『卑怯な行い』なんてセリフを吐くとはね……なんだか、がっかりしたよ」

 失望したような顔であり、しかも奴はマヤを見て嘲笑してくれた。


「魔王なら魔王らしく、暴虐非道なやり方にも悪びれずにいればいいのに、中途半端な正義感を振りかざしてくれるね! よけいにむかつくんだよっ」


 途中から笑みを消し、吐き捨てるようにほざく。

「首を洗って待っているといい、マヤ。僕は必ず戻ってきて、あんたの細首をぶち落としてやるからさ。あとは記念に、塩漬けにでもしておくかな、あっはっは!」

「貴様ぁあああっ」

 怒りに任せて呻いたマヤを無視し、アランは突然、夜空を仰いだ。





「なあ、聞いてるんだろ、誰とも知らない貴方っ。僕は鈍い魔界の連中とは違うよ。この兵士達が誰かの統一した意思で動いているのは、僕にはそばにきた瞬間にわかっていたんだ。ちゃんと感じたからね、視線を。多分貴方は、今もこの戦場を見ているはずだ――違うかい!?」


 特にどこからも声は聞こえなかったが、その代わり、敵の黒い軍装の兵士達が全員赤く光る瞳をアランに向けた。

 バラバラに動いたわけではない。

 少しの遅延もなく、全員が同じタイミングでアランを見たのだ。

 アランの言い分は置いて、誰かの指示を受けたような統一された動きだったのは確かだ。


「やっぱり、どんぴしゃりだった!」


 アランは一人で得心したように頷く。

 しかも、さりげない動きで馬を敵軍へと進めている。

「間違いなく、まだ見ぬ貴方はこの僕の声を聞いているし、認識しているんだね。少し前からずっと視線を感じていたのは、勘違いじゃなかった。ならば、僕の申し出を受けてほしい! 貴方がどんな意図を持って魔界を狙うのかは知らない。知らないが、僕は貴方と共に魔界を滅ぼすために戦おうっ」

 そこで少し間を置き、力強く言い切る。

「どうせ死を覚悟した身だ。後悔はないっ」


 静まり返った中、アランの肩がぴくりと動いた。

「え、なに、なんて言ったのかな?」

 驚いたように左右を見渡し、やがてまた哄笑を始める。

「ははは……あははははっ。ああ、聞こえる、聞こえるとも! そうか、貴女は女性だったのかっ。こりゃいいや。いよいよやる気が――」





「戯れ言をほざくな、裏切り者めえっ」


 ずんずん歩き出していたマヤは、途中で怒鳴りつけてやった。

 我ながら大声だったので、この距離でも十分に両軍に聞こえただろう。

「ええい、カシムの配下共は何をしているかっ。さっさと奴を斬れ! 目の前で堂々と裏切り行為をしているのが見えないのかっ」

 マヤが思うさま叱声を叩き付けると、ようやくぽかんとしていた味方が動き始めた。


「へ、陛下のご命令が下った! カシム戦士長に代わり、アランを倒せえっ」


 生き残りの二等戦士の命令に応じて、歩兵が今更のようにカシムを抱き起こしてその場から下がらせ、代わりに全軍が一斉にアランへ迫ろうとする。

 しかし、なぜか時を同じくして再び敵軍も動き出し、アランを追い抜いてカシム軍の前衛とぶつかった……それも、あくまで無言のままで。


 そのくせ、自分達の軍勢に紛れ込んだアランは攻撃しようとしない。明らかに異様な光景だったし、どう見てもアランめを庇っているように見える。

 マヤはそれ以上の観察を放棄し、本陣に待機していた諸将のうち、足の速そうな馬に乗った二等戦士に命じた。

「そこのおまえ、今すぐ馬を降りるがよい!」

「は、ははっ」

 泡を食って降りたそいつの代わりに、マヤがひらりと馬上にまたがった。

「そこで待っているがいい、アランっ。貴様の首、マヤ自らがぶち落としてくれる!」


「だ、駄目ぇええええっ」


 すっかり忘れていたが、慌てふためいたエルザの声がして、魔法使いの配下を大勢引き連れ、マヤの進路上に立ち塞がった。


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