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鮮血シャワー

「た、大変っ」


 遅れて気付いたエルザは、慌てて背後にいる自分の部隊に命令を出し始めた。


「炎――いえ、雷撃系でいいわっ。詠唱の準備を!?」


「対応が遅いぞ、エルザっ」

 マヤは呆れて指摘してやった。

 やはりこいつは、ナオヤがいないと駄目だな。まだいくさ慣れしていない。

「飛行してくるあいつは、想像以上に速い。もう先頭のヤツはこっちへ降りてくる。集団詠唱はいいが、最初の奴には間に合わぬ」



「――きゃっ」

 上空を見上げたエルザが息を呑む。

 人の忠告を無視して詠唱に入ろうとしているようだが、もう遅いというのに。敵の飛行型魔獣は、急降下しつつある。

 というより、どうもあいつはこのマヤを狙っているようだ。

「小癪な魔獣めっ。よい、マヤに任せておけ」


 殊勝にもマヤの前へ出ようとしたエルザを、無造作に押しのけた。これでも一応は助けるつもりでそうしたのだが、これも勢いが余り、エルザは五メートルほど吹っ飛んでしまった。はははっ、スカートがめくれて、黒い下着まで晒してひっくり返ったぞ。

 まあ、死ぬよりよかろう。


 とにかく、エルザを押しのけた瞬間、頭上がすっかり黒い影になり、鋭いくちばしを持った魔獣はマヤの頭上から一気に降下してきた。

 こちらをひと飲みにするつもりか、あるいは炎でも吐くつもりか――。




「いずれにせよ、相手が悪かったな!」


 ああ、実感する……気分がいいっ。 

 マヤの悪い癖だ。戦での命のやりとりや、そこまで行かなくても勝負ごとになると、どうもわくわくして困る。

 さぞかし今は、真っ赤な瞳をしていることだろう。

 ナオヤがいれば、慌てふためいてマヤの前に出てくるのが見られて、少し気分がよかったのだが……まあ、いないものはしょうがない。


「代わりに、おまえで楽しもうぞっ」


 マヤが手を上げて不可視の力を発揮すると、図体がデカいだけの魔獣はマヤのすぐ上で絡め取られたように静止した。

「グガアアアアッ」

 狂ったように鳴いて暴れているが、マヤの力をふりほどくことはできない。それどころか、マヤはそいつを己の力で抑えたまま、手を下ろして巨体を眼前にまで引きずり下ろした。

 見下ろされるのは、気分が悪いからな。


 ボンゴ十人分はありそうな巨体を見て、周囲の味方は随分と引いたようだ。それでもエルザとやらは尻餅をついたまま詠唱に入ろうとしている。

 ナオヤが旗下に加えただけに、最初に思ったよりは、骨があったようだ。


「へ、陛下ぁああっ」

 遠くでカシムの声も聞こえたが、マヤはそちらを見もせずに叫び返した。

「よいっ。おまえ達は後から来る飛行魔獣を始末せよっ」

 命令を下し、未だにマヤの鼻先で暴れ続ける魔獣をしげしげと観察してみた。……少なくともこいつは、魔界の生物ではないな。いや、ルクレシオンにもいるかどうか。

「グガァアアアアアアアッ」

 観察するうちに、空中で静止したままのドラゴンもどきは、マヤを憎々しげに睨んだ。感情があるとは思えないし、あくまで本能的なものだろう。

 だが、その目つきは気に入らんっ。


「中身をぶちまけて死ねっ!」


 突き出した片手越しに遠慮なく力を解放すると、マヤの言葉通り、巨体が爆砕して内蔵を撒き散らした。

 この手の力に対する抵抗力は、さしてないようだ。

 地面にどさどさ中身が散らばって、ひどい有様になったな……頭を斬り飛ばした方がよかったかもしれぬ。もう遅いが。


 遅れて接近していた残りの数体が羽ばたく音が近付いてきて、マヤはそいつらも後を追わせてやろうとしたが――。

 待ち構えていたエルザ旗下の魔法射程に入ったらしく、奴らの黄色い声が響いた。


『ブルーサンダー!』


 数十名の魔法使いによる雷撃系の魔法が、急降下してきたドラゴンもどき共を一斉に遅う。絶妙なタイミングだったのと、数を頼んでいたお陰でことごとく命中し、連中は次々に落下してきた……やはり、本物のドラゴン種よりはヤワだったようだ。


 それはいいとして、地面に叩き付けられて苦しむ魔獣どもから、一斉に兵士達が避難している。

 いちいち言われんと動かん奴らだっ。


「何をぼおっと見ているっ。今のうちに、さっさとトドメを刺すがいい! ここからは魔法使いの仕事ではないぞっ」


 やむなく、マヤは命令を下した。

『は、ははっ』

 活を入れてやったためか、ようやく全員が一斉に動き、墜落した魔獣達にざくざく斬りつけて仕留めた。


「被害はどうか!?」


「い、今のところは、他に敵の姿はないみたい――じゃなくて、ないようですっ」

 嫌そうな顔で戻ってきたエルザが、腰が引けた姿勢で言う。

「そうか……むっ」

 ぬめっとした液体がマヤの頬に滴り落ち、唇に垂れてきた。

 そうか、エルザがマヤを見て怯える理由はこれか。

 さっきのドラゴンもどきを破裂させたせいで、しこたま奴の血を浴びていたらしい。


 好奇心でちょっとなめてみたが、恐ろしく苦くてまずい。

 思わず顔をしかめて周囲を眺めると、見渡す限りの兵士が一斉にマヤから離れていくところだった。どいつもこいつも……この程度で、いちいち怯えるなというのに。


「ナオヤなら、タオルの一つも寄越してくれるだろうに……気が利かん奴らばかりだっ」


 そこでようやく、マヤは気付いた。

 ……ナオヤ達が向かった方向で、剣撃と喊声が微かに聞こえる。

 そうか、ナオヤもがんばっているようだな!

 こらえようとしたが自然と笑顔になってしまい、マヤは伝令を呼んだ。


「向こうの様子が知りたい。誰か、ナオヤ達の戦況を見てくるようにっ。話せるようなら、ナオヤに援軍が必要か尋ねて参れ!」

「ははっ」


 すぐに伝令が馬に飛び乗り、闇の向こうへ消えた。


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