ミュウは連れて行ったのに!
「うん? ナオヤか?」
マヤを揺り起こす影に声をかけたが――相手はナオヤではなかった。
あの者は既に部屋の中にはいなかった。代わりに、見慣れたジャスミンの顔がマヤを覗き込んでいる。
部屋中見渡しても、ナオヤはいないではないか。
「どういうことか」
寝足りないのに加え、いるはずのナオヤがいないことに大いに気分を悪くした。マヤを放っておいいて、一人で出ていくとは何事か!?
「それどころではありません、マヤ様っ」
ジャスミンがきっぱりと言いおった。
未だにマヤを名前で呼ぶのは、もはや父上を除けばこのジャスミンとナオヤだけだ。もちろん、マヤにとってはその方が嬉しいからだが……一体、何を慌てているのか。
「そう言えば、周りが騒がしいようだな」
コルセットドレス姿のまま起き上がり、マヤはマントのみを手早く着ける。武器は引き寄せの魔法でいつでも出せるから問題ない。
「当然でしょう。現在、全軍が戦闘準備中です」
「なにっ」
途中でマヤはジャスミンを睨みつけた。
「マヤは何も命令していないぞっ。誰が勝手にそのような命令を出した!? 首を刎ねられたいかっ」
「ナオヤ様ですが、問題がありましたか?」
ジャスミンは顎を上げて即答で吐かしおった。
いつも思うが、こいつもナオヤと同じで、時に生意気になるな……どうせナオヤの命令なら、マヤが怒らないと思っているのだろう。
確かにその通りなので、余計に腹立たしい。
「……む、ナオヤの命令か。では、それなりに理由はあるのだな?」
「もちろんでございます」
ジャスミンは手際よく語ってくれた。
それはいいが、ナオヤが一人で軍勢を率いて陣を出たという部分で、マヤはもう最高にむっとした。これが怒らずにいられようか!
「マヤが眠っている隙に、勝手に陣を離れたのかっ。なぜマヤに声をかけぬっ」
腹いせにベッドを蹴飛ばすと、少し加減を誤ったせいか、ベッドはそのまま壁まで吹っ飛び、バラバラになってしまった。
ふん、ヤワなものを運び入れおって。
「マヤ様を起こして許可を求めたら、まず間違いなく『では、マヤも一緒に行く』と仰ったからでしょう」
「当たり前ではないか!」
足早に部屋を横切り、マヤはドアを開けた。
「ナオヤが奇襲に赴くなら、参加しないわけがなかろうっ」
「ナオヤ様もそう思ったからこそ、『十分ほど後でいいですから、マヤ様を起こしてください』と仰ったのでしょうね」
「小癪なっ。ナオヤは、何かというとマヤを置いていこうとする。水臭い奴だっ」
部屋に残ったまま低頭して見送るジャスミンを後に、マヤはズカズカと本陣の前へ前へと出る。
マヤの怒鳴り声が聞こえていたのか、兵士どもが慌てて道を空け、たちまち大軍の中に道ができてしまう。
お陰で、実に楽に進めた。
マントの裾を翻して歩くこと数分、とうとう全軍の先頭まで出たが、彼方を見てもナオヤの姿はもちろんのこと、その側近の姿もない。
一番気に入らんのは、現在この陣地にミュウを始めとする女どもと――それから新任の無礼なローズとかいう女の姿が見えんことだ。特にミュウがいないのが腹が立つ。どうせ、みんなナオヤにくっついていったなっ。
「ミュウ達を連れて行き、マヤだけ置いて行くとは! ふざけたナオヤめぇえええっ」
ギリギリと歯を食い縛っていると、背後で「ひっ」という声が聞こえた。
振り向けば、やたらと胸が目立つ、エルザという魔法使い女が蒼白な顔で後ろの方にいた。
「ほう、ナオヤはおまえは残したのか」
「あ、あああああたし、ですかっ」
「……他に誰もいまい? 今のところは頭を割る気もないから、もっと前へ来るがよいっ。そこでは話ができぬ!」
「す、すいませんっ」
ようやく前へ出て来たエルザに、改めて質問した。
「なぜおまえは残っている? ナオヤの側近だと思ったが」
「あたしもそのつもりでしたが――陛下の本陣警護に就けと言われまして」
失礼にも、気が進まなそうに言う女だ。
慣れているからいいが。
「本陣警護だと? おまえが立っているのはもう最前線だ、愚か者」
「わかってますけどぉ。ナオヤの場合、本陣警護と命じたのは、つまり陛下をお守りしろという命令だと思います」
言われ、マヤはまじまじとエルザを見返した。
「……ふむ、そうか」
珍しく怒る気になれず、気持ちよく頷いたのだが。
しかしその直後、遠くからカシムの怒声が聞こえてきた。
「全軍、警戒! 帝都の方角――東方の空より、飛行して接近する者ありっ。魔法使いどもは、すぐに迎撃態勢をとれっ」
「空からだと?」
マヤが振り返ると、確かに遠くの空より、ぐんぐんこちらへ接近してくる物体がある。大型の鳥のように見えるが、真っ黒で見たことがない魔獣だ。
魔界育ちのマヤが知らぬというのも珍しいが。




