陥穽
このとんでもない子をどう攻めるべきか悩んでいるところへ――なぜか本人が自らぱっと間合いを開けた。
構えていた刀をわざと下げ、なぜか人の顔をじろじろ眺め出す。
「な、なんだよ?」
「……あんた、ひょっとしてこの世界の人間じゃないの?」
「そうだけど、それが――」
言いかけ、俺は自分もはっとして彼女を見返した。
そうか、なぜかそっちの可能性を全然考えてなかったな!
「お、おまえも、もしかして異世界から?」
「この場合はそうなんだけど、少し話がややこしいわね」
少女はめんどくさそうに息を吐く。
「わたしは碧川サクラ、あんたは?」
「ナオヤ・マツウラ……いや、この場合は松浦直也って言うべきなのか?」
途中で気付き、またもや俺は驚愕する。
「じゃなくて! その名前だと、モロに日本人じゃないか!」
「今生では日本人として生まれていた、が正解よ。あいにくわたしには、この世界で生を受けた記憶もある」
「や、ややこしいな。つまりこの大陸で生活した人生と、日本人として暮らした人生の、両方があるってことか。転生前の記憶が残っている?」
「そういうこと」
今や完全に刀を下げてしまった少女――サクラは、不機嫌そうに俺を眺めた。
「そうじゃないといいと思ったのに、あんたは日本人なのね。わたしが恨みがあるのは、この世界の人間だから、やりにくいじゃない!」
「お、俺に言われてもっ。ていういか、どういうことだよ!?」
「いいから、あんたは手を引きなさいっ。そうすれば、戦わずに済むわ」
いきなり傲慢かますサクラである。
本気で言ってんのか、こいつ。
「そんなこと、できるわけないだろっ」
そこで、またいいタイミングで、俺が残してきた仲間の喊声と、今から戻ろうとしている本陣の方角からの叫び声が、同時に聞こえた。まさに西と東からのステレオである。
先に本陣の方を見ると、なんと夜空の彼方から黒い影がいくつも飛来するのが見える。これか、これがミュウの言ってた、空を飛んでくる敵かっ。
「それどころか、地上から来る奴もいたんだよな、確か」
独り言のように述べ、俺は改めて焦ってきた。
こんなところで、敵と押し問答してる場合じゃない。
「おい、やり合うつもりがないなら、このまま行かせてくれっ。マヤ様のところへ戻らないとっ」
「マヤ様ぁ?」
最初からしかめっ面だったサクラは、あっという間に機嫌を悪化させた。
「じゃあやっぱり、あんたは魔族軍の関係者なのね……しかも、さっきの連中があんたの指揮下にあったわけだし、相当に重要な地位にあると見たけど?」
「関係ないだろっ。とにかく、俺は戻るからな!」
もうサクラを相手にせず、とっととこの場から駆け出そうとしたんだが――あいにく、そう上手くはいかなかった。
背中を向けるや否や、またもや肌に冷気を感じるような殺気がして、俺は焦ってその場を横っ飛びに飛ぶ。
空中でそちらを見ると、またもやサクラの魔法付与の刀が、間一髪で何もない虚空を横薙ぎにしたところだった。
あ、危なく輪切りになるところだったぞっ。
「なにすんだよっ」
「馬鹿ねっ。敵の指揮官クラスを、みすみす行かせるわけにもいかないでしょうっ。いいから、この場は降伏しなさい! 説得は後でするっ」
「そ、そりゃこっちのセリフだ、分からず屋!」
俺は改めて刀を構え直し、サクラを罵倒する。
「初対面のセーラー服娘に『降伏しなさい!』って言われただけでションボリ降伏してたら、戦士将なんか務まるかあっ。どうしてもって言うなら、殺し合いだっ」
断固として喚き返した途端、なぜかサクラが俺を見たまま喚いた。
「今よっ」
「えっ!?」
俺が狼狽の声を上げて振り向こうとした途端、なんと「上空から」短い呪文を詠唱する声がした。
その瞬間、急速に睡魔が襲ってきて、俺はてきめんにうろたえた。
「こ、これってスリープの魔法――くっ」
改めて夜空を振り仰ごうとしたその瞬間、待ってましたとばかりに、サクラが躍り込んできた。
「チャンスは逃がさないわっ。覚悟!」
「きっ」
多分、とっさに俺は「汚いぞっ」とか喚きかけたんだろう。
しかし、既に時遅しだった。
スリープの魔法で足がもつれていた今の俺に、こいつのとんでもない剣撃を避ける余力なんか残ってなかった。
真紅の刀身が眼前で光ったと思ったら、次の瞬間、俺の意識は消し飛んだ。
絶妙のタイミングとスピードだったせいか、ろくに痛みすら感じなかった。




