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不審な連中


「は、はいっ。ヨルン、頼む」


 目配せすると、ヨルンの顔色は一気に悪くなったが、それでも渋々入ってきてくれた。

「し、失礼致します、陛下!」

 俺達二人を前に片膝をつき、マヤ様を見ないように俯く。


「報告します! レイバーグが指揮を執る一万二千の部隊は、途中で軍勢を急停止させ、そのまま急ぎ退却したそうです。たまた見ていた領内の住人によれば、まるで逃げ出すような性急さだったそうで、もはや敵部隊は魔界領内から出ているそうです」

 

 おぉ、「領内の住人によれば」という部分を強調したな。気持ちはわかるけど。

 しかし……あのレイバーグが、一戦もしないうちにルクレシオンに退却したって?




「他に、今の時点でわかってることない?」

「いや、まだレイバーグの退却くらいしか」

 ヨルンは首を振ったが、いま気付いたような顔で付け加えた。


「ただ、斥候の中でも北方に派遣した連中が、妙なことを言ってた――じゃなくて、言ってたです。北の方角で、魔界ではあまり見慣れぬタイプの獣人族の群れを見かけたとか。それも、かなりまとまった数で。報告してきたそいつは、『アレは帝都へ護送する奴隷の連中だと思いますが、ただ、自分は見かけたことがないタイプだったので、一応ご報告を』と語ってました」


「獣人族?」

 俺とマヤ様は顔を見合わせた。

 獣人族といっても、魔界では幅広くいろんなタイプがいる。

 ボンゴのようなチューバッカもどきもいれば、額にツノがあるタイプもいるし、一つ目の種族までいるのだ。

 斥候に出るのはどうせ魔界の地元出身だから、獣人族は見慣れているはずだけどな。


「……なのに、見かけたことがないタイプの獣人族?」


「らしい――ですね」

 俺が独白すると、ヨルンは居心地悪そうな顔で頷き、そっと声をかけてきた。

「あのぉ……俺、もう引き上げていいか? じゃなくてっ、いいですか?」


「あ、ああ、悪い……いいよ、もちろん。ただ、申し訳ないけど、その斥候が獣人族を見かけた位置で、果たして奴隷護送の予定があったどうか、ちょっと調べてくれないかな。個人的に気になるんだ」

「わかりました!」

 お安いご用とばかりに敬礼すると、ヨルンはそれこそ風のように移動本営の小屋を出て行った。


 そこまで怖がらんでもと思うが、まあ下手すると首を刎ねられることもあるとなれば、びびって当然か。






「ナオヤ、今の報告はどう思うか?」


 マヤ様が俺を元のテーブルに招き、座すなり尋ねた。

 すっかり冷めた紅茶を啜りつつ、無念そうに首を振る。


「せっかく連中に鉄槌を下してやろうと思ったのに、一戦する前から退却とは……どういうつもりなのだ、レイバーグは」

「レイバーグの意志というより、これは本国であるルクレシオンの帝都からの意向じゃないかと思います」

 そもそも忘れがちだが、レイバーグは勇者と讃えられる戦士だが、ルクレシオンの王室から見りゃ、俺と同じ立場なんである。

 つまり、主君に仕える身だ。


「もしかしたら、ルクレシオン帝国本国に、何か異変が起きたのでは?」

「異変とな!? どんな異変だ? もはや忌々しいリベレーターは去り、この世界に残るはルクレシオン帝国と我が魔界のみ。身内の騒動くらいしか、異変など起こりようがないと思うぞ。それとも、まさにその異変かな」

「わかりませんが……今宵は警戒を怠らずにいましょう」

 俺は素で深刻な表情になってしまい、呟いた。

 言うだけではなく、すぐに席を立って部屋のドアを開け、近くの護衛兵をまとめて呼んだ。


「悪いけど、また新たに斥候を送るよう、各部隊に命令するのと――あと、今夜は警戒厳重にするように、各二等戦士に伝令頼む。それと、うちの隣で陣を敷いてるはずのカシムにも、『夜襲の可能性あり』と伝えてくれ。根拠は言わなくていいから」


「ははっ」

 命令を聞き、彼らがたちまち四方に散ったのを見てから、俺はまたテーブルへ戻った。

 本当は自分も陣地に戻りたかったけど、マヤ様を一人にするのも心配だからな。

「随分と心配しているようだが、本当に夜襲などがあると思うのか?」

「いえ……別に確信あるわけじゃないですが」

 ただ、どうもさっきのヨルンの報告が気になって――と言いかけ、俺は首を振った。

 特に根拠があるわけじゃないからな。あるいは、俺の勘違いかもしれない。


「まあ、よい。ナオヤのやり方が正しいのは、これまでの実績が証明している」

 意外とからっと言い切り、代わりにマヤ様はにんまりとほくそ笑んだ。

「それはそれとして、とにかく今はマッサージを頼む」

「お、覚えてたんですかっ」 


 もっと緊張感を持ってくれよと言いたいが、それは俺の仕事か。





 

 嬉し恥ずかしのマッサージで汗だくになり、俺はまたしてもどっと疲れた。いや本当に、この方は俺がいくら力入れて揉みまくっても、全然平気そうだなっ。


 今や俺の方が完全にグロッキーで、ソファーに倒れ込んで犬のようにハアハア喘ぐ始末だ。

 例によってマヤ様は、俯せの姿勢のままで気持ちよさそうに居眠りしているが、今晩に限っては、頭にきて起こす気力もない!




「とにかく、俺も少し休もう」

 目を閉じて睡魔に身を任せようとしたのだが――あいにく、またノックの音がした。

 まさか無視するわけにもいかず、俺は不機嫌にドアを開ける。しかし、今回の相手はバトルスーツ姿のミュウで、たちまちすっかり目が覚めてしまった。


「お邪魔してごめんなさい、ナオヤさん」

「どうかした!?」

「ヨルンに頼まれてお伝えするんですけど、それと同時に私からもご報告があります」

 まずそう前置きし、簡潔に報告してくれた。


「まず、斥候が目撃したという見慣れない獣人族ですが、調査の結果、その時間帯にそこで奴隷の輸送をするような予定はなかったそうです」

「すると……不審者の群れってことになるな、そいつら」

「はい」

 ミュウは真面目な顔で頷き、さらにじっと俺を見た……なぜか心配そうに。


「それから、これは私の熱源センサーで見つけた事実ですが――現在、急速に我が軍に接近する部隊があります!」


「ええっ」

 マジかっという気分だった。

 そりゃ確かに何となく心配してたけど……でも、ホントに夜襲かよっ。

 頭がくらくらする気分で、それだけを思った。


「しかし、レイバーグはもう撤退してるわけで。じゃあ誰だ……どこの命知らずが、魔王のいる部隊に夜襲なんか!」


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