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最後の最後にプレッシャー

「邪魔をするな、ナオヤっ」


 うぇええ、これは駄目だ……目が怒り狂ってる。

 しかも、マヤ様の本気の激怒と兄の怯えようを見て、さすがのローズもコトの重大さを悟ったらしい。

 今はひたすら平伏しているし、もう俺が何とかするしかない。


 ギリアムのこともあるし、元々ローズは俺が採用した子だし、見捨てるわけにはいかないよな。妹が殺されたら、ギリアムだって悲しむだろう。

 そこで俺は、とっさの機転でローズの前に平伏して、わざと大声を張り上げた。




「ローズを採用したのはこの俺ですし、今回の礼儀知らずの振る舞いについても、俺に最大の原因があります。命令系統を無視して訴えたのは上官の監督不行届ですから、明らかに俺の任務怠慢に当たりましょう」


「そ、そんなっ」

 たまりかねたのか、顔を上げたローズが何か言おうとしたが、今度はさすがにギリアムが間に合ってくれた。

 ささっと妹の首っ玉を押さえつけて元の姿勢に戻し、厳しい口調で命じたのだ。


「いいから、おまえはもう黙れっ。わからないのか、ローズ! 今おまえは、ナオヤ様の命まで危うくしているのだっ」


 ……いや、まあ彼女の直言も正しいっちゃ正しいんだけどな。

 俺はこっそり内心で思う。間違ったことは言ってないよ、多分。


 ただ、現実の軍隊だって、普通は下っ端が大将に直訴できるわけないんであって。そこはやっぱり、ローズの態度も悪い。

 だから死んでいいって理屈にはならないだろうけど。


 そう信じる俺は、顔を上げて必死にマヤ様に訴えた。




「そういうわけですから、俺も罰を受けるべきです。どうしてもとあれば、まずはこのナオヤの首を刎ねてください。順序からいっても、責任者であるこの俺がまず死ぬべきかと!」


 ちなみに俺は、自分が絶対に安全だとは思ってないし、場合によっては首を刎ねられてもしょうがないと思っている。

 この点、悪い意味で俺は思い切りがいいのだ。


 しかし、俺の態度を見て感じるものがあったのか、マヤ様が苦手なギリアムまで顔を上げた。

「し、失礼ながら、そもそも兄の私が――」


「黙れ!」


 沈黙していたマヤ様が、ぐわっとギリアムを睨んだ。

「貴様がナオヤの真似など、千年早いっ」

 いきなり一喝され、ギリアムは慌てて頭を下げた。

「は、ははっ」


「……ナオヤ、ちょっと」


 声をかけたくせに、マヤ様は俺の腕を掴んで重機みたいなクソ力で引っ張り上げ、隅の方へぐいぐい連れ出した。

 かなり歩いて皆から離れると、心底迷惑そうな顔で言ってくれた。


「あのように、気安く命を粗末にしようとするな! おまえとあの女の命、いやあの兄妹の命は、等価ではないのだからな。先にそれを心得よ!!」


 ……人権団体が聞いたら青ざめそうなことを、平気で断言してくれた。

「い、いえ、おこがましいのはわかってましたけど、しかし俺の監督不行届も本当ですよ。ギリアムの妹なら魔界の法に詳しいだろうと、油断しました。あの人、俺の想像以上に箱入りお嬢様だったようです」

 頭をかきながら言い訳などする。

 マヤ様は手のかかるクソガキを見るような目つきで俺を眺め、ようやく右手の剣を虚空へ戻した。


「……ナオヤの意見を無視もできぬ。では今回は、あの女ではなくナオヤのために、さっきの無用な差し出口は忘れよう」

「あ、有り難き――」

 幸せ、と言いかけた途端、マヤ様がぎらっと睨む。


「ただし、マヤからあの者に警告しておく」

 言うなり、マヤ様は今度は一人でずんずんと元の場所に戻った。

 未だに平伏中のギリアム兄妹の前に立ち、特にローズを見下ろして宣告する。


「おまえを殺すために、ナオヤまで犠牲にはできない故、今回は忘れてやろう。これは単純に、貴様よりナオヤが惜しいからだ」


 身も蓋もないことを言い切る。

 ……俺、かなり悪照れするんだけど! みんなの注目浴びて恥ずかしいし。

 しかもマヤ様は険しい顔のまま、真紅の瞳でローズを睨みつけたままだ。あたかも、「貴様の顔は覚えたぞっ」と言わんばかりに。


「言っておくが、例外は一度でたくさんだ。今度はナオヤが止めても首を刎ねる! よいなっ」


「……はっ」

 内心でどう思ったにせよ、ローズは今度こそ一言の異論も挟まずに額を地面に擦りつけた。その瞬間、肺の中の空気を全部吐き出したようなため息が、一斉に全軍に満ちた。

 みんな、固唾を呑んで見守っていたらしい。

 そりゃまあ、ほとんどの奴は人が首を刎ねられるトコなんか見たくないだろうしな……多分だけど。

 しかしこの兄妹は、二人揃って俺をびびらせてくれる。


「ナオヤ、何をしているっ。さっさと出陣するぞ!」


 マヤ様は既にとっとと白馬にまたがっていた。

「は、はいっ」

 なぜか俺まで怒鳴られちまったよ、くそっ。



 


 いきなり頭の痛い騒ぎがあったが、とにもかくにも、九千の軍勢が帝都マヤの黒い門を出た。

 驚いたことに、門の脇の目立たぬ場所にナダル大公も立っていて、俺達を見送っていた。

 前を見据えていたマヤ様は気付かなかったけど、俺はきっちり気付いたさ。


 ……しかもナダル様、俺と目が合った途端、物凄く真剣な顔であたかも話しかけるように口を動かしたりする。

 いや、こんな距離じゃ聞こえるわけがないし――と思った瞬間、耳元で囁き声がした。


『娘の命を預けるぞ、ナオヤ! くれぐれも、くれぐれも頼む』


「わ、聞こえたっ」

 驚きのあまり、馬の鞍から尻が浮きそうになったじゃないか。

「……なにが聞こえたのか?」

 横に並んだマヤ様が首を傾げたが、俺は愛想笑いで誤魔化しておいた。

 いやぁ、当然安全には気を配るつもりでいるけど、責任重大だよな、しかし。


 向こうの方がだいぶ兵力が多いってのに、今から頭が痛いぞ。


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