ナオヤとギリアムの寿命が縮む
「いや、別に俺が自分のために配下に加えたわけでは――」
「ほう、面白いことを言うではないか、ナオヤは」
マヤ様が唇を尖らせて俺を見た。顔が近い上に、声がすげー嫌みったらしい。
「いやだから――」
「自分のためでなければ、誰のためだという? 納得のいく説明を聞かせてもらおうぞ」
俺がまだしゃべってる途中だっつーのに、無理に遮ってくれた。
ちなみに、周囲を埋め尽くす全軍(その数九千!)が、まだ拝礼というか片膝ついたままであり、俺達をちらちらと見ている。
跪く九千の兵達の中で、二人だけ立って痴話喧嘩してる俺達って!
などと考えていたら、いきなり肘鉄食らった。
骨にヒビが入りそうな威力で、うずくまりそうになった!!
「いてえっ」
「返事はどうしたのだ!?」
「こ、声が大きいですって」
俺は必死で声を低め、針が落ちても聞こえそうな周囲を見渡す。
魔王が到着しているので、雑談なんかする命知らずがいるはずもない。よって、小声の会話でも結構、遠くまで響くのである。
「そもそも彼女は、ギリアムの妹らしいですよ。だからうちに来たのは、いわば縁故採用なんです」
「ギリアムとな? 誰だ、それは?」
腰に片手を当てたまま、マヤ様は平然と首を傾げた。
ま、また忘れたんですか、貴女は。
もう割と何度も顔を会わせてると思うんだけどなっ。これで忘れられるんだから、ある意味すげーよ。
「ギリアム・クラインですよ、貴族の出の。ほら、あそこに這いつくばってるオールバック金髪の人です。マヤ様、前に彼の首を刎ねかけたじゃないですか」
「ふん。マヤが首を刎ねた者など、数えきれぬほどいる。それくらいでいちいち気に留めるものか」
ちらっと恐ろしいことを述べたが、それでもマヤ様は、俺が指差す先を見て頷いた。
「ああ、クライン家のあの者か……」
理解はしたようだが、機嫌はあまりよくならなかった。
前にも言ったように、マヤ様は反乱騒ぎの折にクライン家が中立を保ったのを、未だに腹に据えかねているのだ。
「だがそうか……そういうことなら、仲間思いのナオヤなら部隊に入れても不思議はないか」
「そう、そうですっ」
ていうか、なんで採用した二等戦士が女だったくらいで、ぎゃいぎゃい言われるのかとー。そう苦情をねじ込みたいが、もちろん俺も昨日今日生まれたわけじゃないので、あえて口にはしない。
「とはいえ、あの者の外見は悪くないな……それに、魔法使いも増えたし」
まだ納得していない様子で、マヤ様はちらちらとローズを、そしてエルザ達魔法使いを見やる。
「ナオヤの周囲にいる女は、だいたい皆が美人か――あるいは美人で胸が大きいかだが、これは偶然なのか? うん?」
「偶然ですよっ。ていうか、細かいですよっ」
さすがに大人しい俺もむっとして、声を張り上げた。
少し大きい声だったせいか、周囲の兵士が数百名ほど顔を上げて俺を見る。
たまらんな、しかし!
「それより、今は魔界の危機ですし、早く出陣しましょう。それでなくても、敵はもう国境を突破しているようですし」
「……確かにな」
命拾いしたなおいっ、と言わんばかりにマヤ様は俺を睨み、ようやく息を吐いた。
さすがにこれだけの大軍の出陣だし、さらに魔王の地位に就いた直後でもあるので、今回は俺の馬に相乗りするわけではないらしい。
メイドさんの一人が、毛並みの綺麗な白馬を引いてマヤ様のそばにきた。
「よし、追求は凱旋の後だ(追求するんかいっ)。まずは、ルクレシオンの者共を殺し尽くすとするか!」
ようやくマヤ様がそう言ったので、俺は正直、むちゃくちゃほっとした。
カツアゲしてくる不良よりタチ悪かったからな、今の尋問はっ。
しかし、ほっとした俺が自分の馬に戻ろうとしたその時、いきなり聞き覚えのある声がした。
「お待ちくださいっ」
「えっ」
慌てて振り返ると、なんと今話題沸騰中だったローズが、顔を上げてこちらを見ていた。横のギリアムが慌てて「ば、馬鹿者っ」などと押し止めようとしているが、それを手で振り払ってマヤ様を見つめている。
「陛下にお尋ねしてよろしいでしょうか!」
「尋ねる? このマヤにおまえがか!? 聞き間違いではあるまいな?」
素早く振り向いたマヤ様は、ローズが着る制服の階級章を見て、一層顔をしかめた。
階級章なんか真面目につけてるしな、あの子もっ。
「軍に編入したばかりの女が、しかも二等戦士ごときが、このマヤに直接にか!?」
うわっ、たちまち瞳が真っ赤に。な、なに考えてんだ、ローズ!!
俺は心底びびって寿命が縮んだし、妹を見るギリアムの顔色なんか、血の気が引きまくって古新聞よりもひどい色合いになってる。今にも頓死しそうだ。
しかし、ローズは至って本気らしく、片膝をついたまま懸命に言い募った。
「失礼を顧みずにお尋ねします。陛下はこの戦に同行されるのでしょうか? もしそうであるなら、魔王陛下の御身を考えれば、それはお止めになるべきかと――」
途中でさすがのローズも口を閉ざした。
というのも、皆まで聞かず、マヤ様がいきなり右手に漆黒の大剣を出現させたからだ。
俺に言って聞かせた、ヤクザ話の前振りすらなかったね!
そのまま無言でローズに向かって歩き出そうとしたので、もう何をしようとしているのか、丸わかりである。放っておけば、あのねーちゃんは二つ割り確定だ。
さすがに見ていられず、俺は慌ててて前に立ち塞がった。




