魔界へ帰る
「そんなはずはない、絶対にない!! 次期魔王たる、このマヤが泣くなどっ」
マヤ様は掌で荒っぽく顔を擦りまくり、涙の兆候をあっという間に消してしまった。相変わらず、弱さを見せるのを嫌う方である。
「それより……皆が心配しているぞ、ナオヤ」
なぜか一転して、少し不安そうに言う。
「そもそも、こんな殺風景な場所で何をしていたのか」
むちゃくちゃ後ろめたい質問をされて、俺は思わず目を逸らした。
魔界じゃこれでも戦闘の矢面にいたのに、「死にたくなりました」とか、情けな過ぎて言えるもんじゃないよ!
と思っていたら、マヤ様がまた急に焦った声で言われた。
「ま、まあそれは置いて――うっとうしいことに、ミュウは毎日夜になるとしくしく泣いているぞ? ギリアム達は集まればナオヤの話ばかりだし、レイバーグとエルザはぼおっとしていて使い物にならん。さすがに、そろそろ帰った方がいいのではないか?」
……は?
というか、俺の場合は帰るのではなく、「戻る」という扱いになるんじゃないだろうか。それは置いても、マヤ様が登場する前から戻る気満々の俺に、今更そんなわかりきった催促をせんでも――と思ったが。
しかしよく考えたら、マヤ様は誤解しているのかもしれない。
俺はようやく、そこに気付いた。
俺が死を考えるほどに、あの戦闘だらけの魔界とマヤ様に恋い焦がれているのを、案外、ご本人はまだ理解できずにいるのかもしれなかった。
呆れて首を傾げたところ、何を勘違いしたのか、マヤ様はまた慌てて言い募った。
「な、なんなら……将来的にはミュウは側室として認めてやってもいいぞ……あの者の哀しみようと今までの貢献を見ていると、そのくらいの資格はありそうだしな」
「そ、側室!?」
側室て……側室にするためには、正室というか、嫁がまずいるんですがっ。
とそこまで考え、さすがに鈍い俺も、マヤ様の言わんとするところがわかった、わかってしまった。
「それはつまり……将来的には」
「と、とにかくだっ」
いきなりとんでもない勢いでぼっと赤くなったマヤ様は、居心地悪そうにぷいっとそっぽを向き、話を逸らした。
腕組みなどして、非常にわざとらしい。
「この世界がナオヤにとっての故郷であることはわかるが。あいにく、我が魔界ではまだまだナオヤを必要としている。第一、ここはどうも臭うし、とっとと帰るのだ!」
「……帰ります、マヤ様の元へ」
素直に答えた途端、ぱっとマヤ様がこちらに向き直った。
うわぁ……なんというか、驚きと笑顔が弾けていて、美貌が輝いているな!
「そうかっ。うむ、そうかっ」
喜び勇んで俺の肩に手を触れた途端、じわじわと新手が近付きつつあった、警察官達がいきなり行動に出た。頷き合って駆け出し、俺達を取り押さえようとしたのだ。
「おまえ達、そこまでだっ」
「わけのわからん話はやめて、署まで来てもらうっ」
「だいたい、さっきのはどんな武器で――」
などと最後に誰かが喚いたところで、マヤ様がぎらっとそちらを向いて腕を一振りした。
「うるさいぞ! マヤの話に割り込むなっ」
爆発音みたいな派手な音がして、マンガの一コマみたいに全員ふっ飛んじまったね!
それぞれ、屋上のあちこちに落ちて、いきなりダメージ大である。
まあ……死んだわけじゃないし、みんな無事で呻いているし、マヤ様にしては加減した方だと思う。俺の故郷ってことで、少し遠慮してくれたらしい。
しかも、本人はもう忘れたような顔で、にんまりと笑った。
「いずれ、この世界もマヤとナオヤの支配下に治めよう……普通は、見つけた以上はマヤのものだが、ナオヤの故郷なら恩賞代わりにナオヤにやってもよいぞ」
「いいですね!」
俺が笑顔で賛成したせいか、マヤ様は嬉しそうに続けた。
「まあ、当面は戻ってからルクレシオン帝国に目に物を見せてやり、全大陸を統一するのが先だな。その後、今回の転移騒動で見つけた世界を順番に支配下に置き、いずれはリベレーターの世界も我がモノにしようぞ」
……気宇壮大なのはいいが。
冷静に聞いてると、俺が最初に魔界に行った時から、現状は何も変わってない気もする。
しかし、リベレーターにもちょっかい出す気ですか!?
さすがにそれを指摘すると、マヤ様は鼻息も荒く、申し渡した。
「当たり前だ。誰がやられっぱなしで済ませるものか!」
「さすがはマヤ様です」
すっかり復調した俺は、馬鹿みたいに笑った。
「ふん、当然だ。以前にも言ったではないか、ナオヤ。マヤが動く以上、途中がどうあれ、最後は決まっているのだぞ」
マヤ様はわざわざ胸を反らして力強く述べた。
「世界はこのマヤを中心に動き、最後は必ずマヤが願う方向へと進むのだ!」
だから見よ、と得意そうに俺を見る。
「こうしてナオヤも見つけ出し、取り戻すことができたであろう?」
「真に仰る通りです。このナオヤ、感服致しました!」
俺が心の底から本気で低頭すると、まるでそれを待っていたかのように、マヤ様の身体が黄金色の光に包まれ始めた。
「ああ、時間だな……ネージュが呼び戻そうしているようだ。ナオヤ、ほら? マヤに掴まるがよい」
両手を差し伸べて来たので、俺は夢遊病者みたいに、ふらふらとマヤ様にくっついた。そんな俺の身体を優しく抱き締め、光り輝くマヤ様がキラキラした真紅の瞳で俺を見つめる。
おまけになぜか、「んっ」と微かに声を出して、瞳を閉じた。
「……なんです? て、いでえっ」
爪先踏まれて、潰れるかと思った! 相変わらずこの人は、加減を知らんなっ。
「相変わらず、鈍い! 言わないとわからぬ男だな、ナオヤはっ」
再び真紅の目を開け、マヤ様が叱声を飛ばした。
「あの山頂で別れる寸前に、ナオヤはマヤに告白したであろう? マヤもその前に気持ちを伝えている。となれば、いちいち説明しなくてもわかるはずだぞ。言葉だけではなく、態度で示してみよ」
「こ、ここで、ですか! なんか警官とか警備員が、すげぇ見てますけどっ」
あと、無視してたけど、野次馬も携帯で写真撮りまくりなのだ、実は。
「他人など、どうでもよい。それに、いずれは彼らもマヤとナオヤの臣民になるのだしな」
早口で言い、再び瞳を閉じる。
「――んっ!」
あからさまな督促に、俺は覚悟を決めて顔を近づけ、初めて自らの意志で口づけした。途端に、俺の身体に回ったマヤ様の腕にぐっと力が入る。……ちょっと痛かったほどだが、そこはもちろん、我慢した。やせ我慢全開である。
昔の俺なら、ここでもう骨折してると思う。
くらくらする頭でそう考えた刹那、マヤ様と俺を包む光はその瞬間に最高点に達し、俺達の身体はその場から転移した。
周囲の喧噪がふっつりと途絶え、周りの景色が拭ったように消え去る。
もしも……もしもまた、この故郷へ戻る時があるとすれば、おそらく本当にマヤ様が魔界の軍勢を率い、この世界を手に入れる時になるだろう。
それ以外の理由では、もはや俺が戻ることはない……ないはずだ。
……こうして、俺こと松浦直也は、再び「ナオヤ・マツウラ」に戻り、魔界の戦士将に復帰した。
復帰後の魔界では、なんと直後に魔王陛下が引退を表明し、ついにマヤ様が新たな魔王として魔界に君臨することになったり――。
あるいは、レイバーグが帰還したルクレシオン帝国が、なんと再び魔界に攻め込んで来たりと、なかなかイベント満載だったりする。
その新たな戦いも、いつか語りたいものだが……もちろんそれは、全然別の物語となるだろう。
長い間、ありがとうございました。読んでくださる方がいたお陰で、なんとかひと区切り(ふた区切りかな)まできました。
感謝!
一人で書いてたら、多分もう片方の話みたいに投げてたと思います(汗)。
ナオヤの最後のセリフは、違う話というだけではなく、もう心を射止める必要はなくなった……という意味も含んでいます。
それ以前に、ナオヤがマヤ様の虜になってますけど(汗)。
今後の執筆稼働のことなどは、今から活動報告に書きます。
(追記)
全然別の新作も、既に書き始めています。
興味ある方は、チェックしてみてくださいませ。
8月19日――活動報告に、俺魔特設サイトの設立を報告。
2015年1月19日
こちらにも書いておきます。お陰様で、俺魔の本は3で終わらず、4を連載開始します(詳しくは活動報告をどうぞ)。




