持ち越し
事件が起こったのは、登校二日目の昼休みである。
ちょっと話が逸れるが、俺が校内じゃ腫れ物に触るような扱いをされていて、なぜか先生はおろか、クラスメイトも全然近寄ってこない。
こっちとしては、別にそれで何も問題なかったのだが。
俺が、たまに自分の左腕を眺めているのを、目聡く見ていたヤツがいたらしいんだな。
余談だが、なぜ俺がそんなトコ見つめてため息つくかというと、魔界へ行ったという大事な証拠がそこにあるからだ。
そう、例の赤いブレスレット(リング)である。
リングマジックもかかったそれは、相変わらず俺の腕にちゃんとある。全てがタダの夢ではなかった最重要の証拠であり、そして俺とマヤ様の繋がりを感じる、たった一つの絆でもある。
もちろん、警察でも学校でも、目聡く見つけた警察の人や教師から「外しなさい」と何度も言われた。
ところが、あいにくこのリングは俺かマヤ様のどちらかが認めない限り、絶対に外れない。魔界で最も固い金属で出来てるんで、強度もシャレにならない。
結局、「外れませんし、特に痛くもないので」という俺の言い訳を、みんな受け入れるしかなかったわけだ。
本当は、詳しく成分とか調べると、おそらくこの世界にはない異質のものだとバレるはずなんだが、幸か不幸か、そこまでこのブレスレットに固執するヤツはいなかった。
……これまでのところは。
昼休みに学食で一番安いうどんを食った後、俺はわざわざ三階の図書室に足を伸ばした。いや、昼休みは図書室が開放されているんで、俺はまだこっちにいた時から、ちょくちょくここで休憩している。
クラスで孤立感深めるよりも、性に合ってるんだな。
しかし、なぜか今日に限って、長机に腰を落ち着けるなり、どやどやと荒んだ顔の生徒が入ってきた。普段は本どころかマンガも読まない連中であり、いわゆる「不良」扱いされている生徒達である。
全部で五名ほどいたが、そのうちの一人はうちのクラスでいつもふんぞり返っているヤツで、生徒達の嫌悪と畏怖の的になってる。
名前は真壁とか言ったか?
体格だけはホントに壁だな。眉も太けりゃ、顔もでかいし。
当然、昔は俺も徹底的に避けていた――はずだが。
どういうわけか、今は見てもなんとも思わない。
なぜだろうな? 今しげしげ見ても、図体がでかいだけの、甘ったれたガキにしか映らない。ただ、俺が読みかけだった異世界物のラノベをそいつが引ったくりやがったので、そこはむっとしたけどさ。
「松浦ちゃん、本なんか読むんだ?」
そいつは取り上げた本をいきなり長机の端っこの方へ投げ、ニヤニヤと話しかけてきた。
最初からびびりまくって眺めていたカウンターの図書委員が、それを見て立ち上がったが、取り巻きに睨まれてまた座ってしまった。
情けないが、その気持ちはわかるなぁ。
「おい、聞こえないのか、松浦? おめー、誘拐されてやりまくられたせいで、耳もイッちまったか」
太鼓持ちの誰かが、嬉しそうに怒鳴る。
めんどくさくなったが、俺も仕方なく答えた。
「少しは読むかな。最近はラノベが多いけど」
「ゴミだけに、ゴミみたいな本読むよなぁ」
すかさずまた誰かが言って、皆でどっと笑う……いやぁ、なんかワンパターンだな。
「おい……なんでおめーが笑ってんだ」
俺の様子を見ていた真壁が、ふいに顔をしかめた。
俺が笑みを消すと、脅しが利いたと誤解したらしく、また機嫌を直して笑った。
「はっは、びびんなって。別にいきなり殴ったりしないさ。今日はな、ちょっと松浦ちゃんのそのブレスレットを見せてもらおうかなぁと」
リーダーの猫なで声に、他の四人もニヤニヤ笑いを復活させた。
「田舎者ルックスの松浦ちゃんに、そんなのいらねーんじゃね?」
「だよなぁ、似合ってないし」
「そもそも校則違反だぜ、校則違反。不公平だよな(おまえが言うなと)」
「没収――てことになるよな、普通は」
子分四人の意見をまとめ、真壁が腕組みして言いやがった。
「つーわけで、ちょっと立ってくれないかな、松浦ちゃん」
「いや、めんどくさいし、いいよ」
俺が即答すると、これがまた、嘘みたいに全員の馬鹿笑いが消えたね。
ついでにカウンターの図書委員の女の子まで、青ざめたりして。
「……おまえ、ひょっとして俺のことナメてる?」
目を細めた真壁が、俺の横で静かに訊いた。
「ナメてるんじゃない。俺にとって、あんたはどうでもいいヤツなんだ。頼むから、放っておいてくれ」
100パーセント正直な気持ちでお願いしたのに、こいついきなり人の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせやがった。
「せんせーを見習って、俺がおめーに気を使うとでも思ったかよっ」
沸点が低いせいか、真っ赤な顔で喚いて、図書室の隅まで引きずって行く。むしろ、取り巻きの方が展開に驚いて、顔を見合わせていた。
このままでは大騒ぎになると思って、心配したんだろう。
いやぁ、平和な世の中っていいな……騒ぎが起きても、せいぜいこの程度だし。
「おい、聞いてるかっ。さっきからなに笑ってんだてめえっ。いいから、とっととそのブレスレットを外せ!」
俺が無反応なことに苛立ったのか、真壁はいきなり俺の左腕を掴んだ。小汚い手が真紅のブレスレットに触れた途端、俺は初めて我に返った。
「放せっ」
ヤツの腕を掴むと、真壁が小さな悲鳴を上げた。
どうも、魔界でのレベルアップがそのままこっちに持ち越されているらしい……と俺はその時、ようやく気付いたね。
これまではほぼ寝たきりだったんで、何となく気付かずにいたんだな。
「……頼むから消えてくれっ」
寸前で抑制して、ヤツを壁の方へ突き飛ばす。
加減したので、もちろん真壁は尻餅もつかずになんとか堪えた。
……堪えたはいいが、一気に頭に血が上ったのか、今度はものも言わずに殴りかかってきやがった。




