逆転のはずが――
これがまた、デッキの百倍速の早送りかと思うような、嘘みたいなスピードだった!
俺は慌てて刀を持ち上げ――た途端に、向こうが雷光みたいな突きを繰り出し、慌てて飛び退く始末である。
飛び退いた直後に、敵はもう即座に向きを変え、ガンガン剣撃を繰り出す。正直、受けるだけで精一杯で、こちらから攻撃に転じる余裕なんざ、まるでなかった。
しかも、三合四合と続けて剣を交えるうちに、微妙にヤツの剣撃がこっちの身体を掠り始めた。頬にぴっと痛みが走ったかと思うと、次には上衣の裾がすぱっと切れたり……要するに、徐々に防御が間に合わなくなっているのだ。
そもそも向こうが持つ武器は、白く輝くでっかい大剣で、受けるだけでもかなりのパワーがいる。あんな大剣から繰り出される剣撃を受けまくってて、消耗しない方がおかしいのだ。
「くそっ」
焦った俺は、あえて全力で後ろへ跳び、間合いを取り直した。
早くも手が痺れてきたしなっ。
……意外なことに、エスメラルダはかさにかかって追おうとはせず、そのまま俺が離れるに任せた。手にした大剣をおもちゃの剣みたいにくるくる気安く振り回し、感心したように俺を見た。
「君、気付いてる? そんなに経ってないのに、前に会った時よりさらに腕が上がってるわよ。すっごい才能ね。前は多少贔屓目も入ってたけど、今は素直に賞賛してあげる。……これが最後になるけど、どう? 私の奴隷になる気は。そしたら、全員助けて上げるわよ」
「悪いけど……断る」
息切れを隠すように、俺はニヤッと笑った。
「そろそろ、心強い味方も来るだろうし」
「味方? 落ち目の勇者でも通じなかったのに、この上、どんな味方が来るっていうのよ」
エスメラルダは冷笑して、今ようやく起き上がりかけたレイバーグを振り向く。こいつはまた、すげー根性で、出血してだらだら血が流れているのに、また自分の刀を構えた。
さすがは勇者と呼ばれる戦士ではある……いや、この場合は無謀過ぎるけど。
「レイバーグ、無理すんなっ」
俺が叫んだ途端、エスメラルダがニイッと唇に嫌な笑みを刻む。
今度はレイバーグにトドメを刺そうとしているのが、はっきりわかった。
――しかし。そこで彼女は、眉根を寄せてはたと足を止めた。
「誰かが洞窟の封印を解いたっ」
「あ、ようやくか!」
俺はかなり嬉しくなって、ゲラゲラ笑っちまった。
まあ、他力本願は褒められたことじゃないが、それでも死にかけ3秒前の状況だったし、許されるだろう。
「……魔王を封じていたのに、気付いてたのね」
忌々しそうな視線を俺に向けるエスメラルダである。
「まぁね」
俺は偉そうに胸を反らして肯定する。
実は時間稼ぎの意味もある。
「あの封印の呪いも知ってるわけ?」
「知ってるよ、根性悪い死の呪いなら。縫い止めた剣を引き抜いたヤツは死ぬんだろう? でも、そりゃ死刑囚に引かせるとか動物に引かせるとか、手は色々とあるさ」
「ふぅん……本当に知ってたようね。でも、仮に無事に封印を破ったとしても、あいつは既に死にかけの有様よ」
「ところがぎっちょん」
俺はまたまた、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんたの言う通りだけど、そういう時のために、こっちには高位の魔法使いがいるわけさ。例えば、瀕死の重傷でも、ひとまず戦えるくらいに回復させることが可能な、とんでもない実力の持ち主がね」
そう、俺はネージュに頼み、遅れてあの洞窟に来るように頼んでおいたのだ。
そして剣を引き抜いた後、急いで治癒魔法を使ってくれるようにと。魔王陛下の体力なら、少なくともある程度までは回復が望めるはず――とそう信じてのことだが。
「はははっ。俺の賭けは当たった!」
さりげなく、マヤ様が倒れている方へとじわじわ移動しつつ、俺は破顔して夜空を眺める。
おお、見よ! 輝く満月をバックに、黒い翼を広げた魔王陛下が浮いている。
自分を貫いていた大剣を手に、こっちを見下ろしているじゃないか。
かっけー。
やっぱこの方は俺と違って絵になるわー。
「大義であった、ナオヤ! これまでの働き、余すところなく見事だったぞっ」
元気溌剌とはいかないが、少なくとも予想よりはしっかりした様子で、陛下が頷く。
懐の深いあのお方に相応しく、レイバーグの方にも低頭していた。
「そなたにも苦労をかけた。女を倒した後、また礼は改めてしようぞ」
そのまま、ゆっくりと降下してきて、俺とは逆位置でエスメラルダと相対する。
「姑息な真似をして、予を罠に掛けたことを、後悔させねばならんようだな」
おおっ、既に瞳が真紅だ。
無理もないけど、こりゃむちゃくちゃ怒ってらっしゃる。うわぁ、俺がエスメラルダの立場じゃなくてよかったよな!
……と思ったんだが。
俺は、そのままエスメラルダに目を移して、余裕ぶっこいた笑みがすっかり引っ込んじまった。いや、だってこいつ、最初と変わらず――どころか、最初に見た時より遥かに嬉しそうに笑ってるし!
なんだなんだ、この余裕はっ。ここは、ビビる場面だろっ。
「ふふふ……なかなか面白い舞台を用意してくれたわね、ボーヤ。だけど、君はやっぱり、まだまだ私を甘く見ているわよ」
遅れて登場した魔王陛下など歯牙にも掛けず、エスメラルダは黄金色の瞳を輝かせる。
「わざわざ、魔族とルクレシオンの最強戦士を集めてくれて、ご苦労さんってトコかしら。ここで私が全員を殺して首を刎ねちゃえば……もう労せずしてこの世界が手に入ったも同然ね」
凄みのある微笑と共に、エスメラルダが舌なめずりして声を上げた。
「ほら、マヤ! 出番よっ」
――えっ。
コソコソとマヤ様に接近してた俺は、焦ってそちらを見る。
……丁度、あの方がすっと立ち上がったところだった。しかも、いつの間にかご自分の大剣を手にして。
そしてあくまで無表情のまま、俺に向かって剣を構えた。




