砦攻略(の予定)――その1
その1
マヤ様の唯一の直臣となった俺は、翌日から地上の王宮に住むことになった。
自分が一番驚いたが、あのお方は「それくらいは当然のことだ」と、全く恩に着せる様子もなかった。
というわけで、二段ベッド×3の八畳間くらいの部屋に六人で寝起きしていた俺は、いきなり王宮の中に(日本式に言えば)3LDKくらいの広大な部屋を与えられ、そこで寝起きすることになっちまった。
めちゃくちゃ落ち着かない。
おまけに、服装も麻の貫頭衣から漆黒の中世風スーツ(前を大きく開けた裾の長い上着)や、特注の武器(なんと刀だった!)を与えられ、しかも支度金として二千万デュラハムも与えられて目を白黒させるハメになった。
ちなみに、デュラハムとは魔界での通貨の単位だが、ここでは正規戦士(俺の二つ上の階級)の俸給が、年に百万デュラハムであると言えば、そのべらぼうな金額がわかるだろう。
しかもだ、「使い切ったらまた申し出るがよい」と気前のいいことまで言われてるのである。
これで、俺がこの任務で死にでもしたら、丸損ではないのだろうか?
……まあ、だからこそ、あのお方は直臣を絞っているのかもしれないが。
(俺だって、一年は様子見されてたしな)
加えて、さぞかし腐っているだろうと予想していたギリアムは、後で俺が慰めに行くと、きっぱりと首を振って、「いや、あれはやはり私のミスでした。これでよかったのです(いきなり敬語かい)」とまで言ってくれた。
しかも、俺の微妙な顔つきを読んだのか、「そうお気になさらず。反省は反省として、マヤ様の直臣であるナオヤ様に仕えるのは、魔界の戦士にとってはそう悪い選択肢ではありません。むしろ望外かと」と逆に慰められた。
「え、でもギリアムさんは陪臣とはいえ、魔王陛下の臣下でしょうに」
「今の私は、もはや貴方の臣下です。呼び捨てでお願いします」
律儀に訂正した後、彼は優雅に肩をすくめてみせた。
「確かにそうでしたが、魔界の住人は兵士である限り、ほぼ全員が魔王陛下の陪臣(臣下の臣下)ですよ。直臣でもない限りは大差ありませんし、魔王陛下の真の直臣など、死者を含めてさえ、数十名といったところでしょう」
「へぇえええ……やっぱり少ないんだ」
「さよう。しかも、魔王陛下はダークプリンセスを溺愛してらっしゃいます。畏れ多い言い方ですが、いずれダークプリンセスが新たな魔王となるのは、ほぼ間違いないのです」
「そうか! みんな、次のことを考えるわけだ」
「その通りです。そしてその考えでいくなら、ナオヤ様の未来は非常に明るいと言えるでしょう。なにしろ、今は他にマヤ様の直臣がいませんから。となると、ナオヤ様の直属の臣下となるのは、未来の序列から見れば、かなり有望な選択なのです」
「おぉー……て、喜んでる場合じゃないんだけど。明るい未来も、この難儀な任務をクリアできなければ、おじゃんだし。マヤ様は臣下を甘やかすお方じゃないからな」
「……それほど困難な任務ですか?」
さりげなく訊いたギリアムに、俺は無駄に明るく言ってやった。
「そりゃもう、他人事なら俺は絶対、『あ、そりゃ無理だろ!』って即答するね」
しかし、その「困難な任務」の内容を知らないだけに、奴隷ばかりか奴隷を指揮する予定の二等戦士(奴隷以上の階級)を集めるのも、全然苦労しなかった。
というのも、俺がマヤ様の直臣って事実がなぜか音速で広まっていて、翌日にはほぼ魔界中が知っていたのだな。もちろん、俺がすぐに任務に就くって事実も。
お陰で、あっという間に二等戦士の「ナオヤ様(俺)の臣下希望者」が押し寄せてきたほどで……中には今の俺より階級が上の人まで「降格して使ってくれ!」と頼んできたりして、だいぶ驚いた。みんな、先のことを考えすぎだろ……今後、俺がどうなるかもわからないのに。
ともあれ、人集めに不自由しなかったのは事実で、俺はたちまち出陣の準備を整えることができた。
……まあ、陣容の八割は奴隷だけどな。
出荷場の騒動から三日後、超特急で準備を終えた俺は、魔界の帝都にある門のそばで馬上の人となっていた。
任務は――ルクレシオン帝国(人間達の住む国)との国境付近にある砦の一つを、落とすことである。
……昔、某シミュレーションゲームで知った事実だが、「城(砦でも同じだ)を落とすには、その十倍の兵力が必要」だそうな。なのに、今俺の手元にあるのは、多分その砦とほぼ同数か、あるいはやや少ない。
しかも、率いるメンツの八割は、昔の俺みたいな奴隷兵士である。
これは想像以上にヤバいことらしく、打ち明けられたギリアムなどは、またしても蒼白な顔になっていた。
まあしかし、今更どうにもならん。
犬に噛まれたと思って諦めてもらうしかないな(ホントにそう告げた)。
真新しいレザーアーマーを纏い、巨大な金属製の門(魔界の帝都との境界を示すんだな、これ)の手前で整列していると、実に感無量である。
ちなみに、今俺が乗っている黒い馬も、マヤ様が用意してくれたものだ。
(やむなく、一日で乗り方覚えた……不安だ)
俺以下、二等戦士は全員、専用の馬が与えられたのだ。普通ならこれも有り得ないことだが、最初の直臣ってことで、マヤ様は大盤振る舞いしたのかもしれない。
なぜかわらわらと集まってきた野次馬連中を見渡しつつ、俺はため息をつく。
クラスで孤立してた半ヒッキーの俺が、小なりとはいえ、今や異世界で軍勢の指揮官か……世の中、何があるかわからん。
「いやぁ……まあ、先のことはともかく、今だけは晴れがましい気持ちだな」
「御意」
馬を並べたギリアムが素直に頷く。
「それに、ご覧下さい……あのお方が見送りに来てくださいました」
「えっ」
慌てて彼が見ている方を見ると、マヤ様ご自身が侍女連中を連れてこちらへやってくるところだった。




