懐かしの鬼の人
「あなた方もしかし、こりない人達ですね」
俺は、額に手をやって首を振る。
「太平楽にも、これまで地位の上にあぐらをかいてたせいですか? 考え方が甘ちゃんすぎる」
「な、なにをっ」
おっさんはめちゃくちゃいきり立って甲高い声で叫びやがった。
「貴様っ。奴隷上がりがわしになんという口をきくかあっ。わしを誰だと――」
「やかましい、死ねっ」
立ち上がった俺が殺気だった目で睨むと、これがまた面白いほど静かになったね!
お陰でちょっとだけ胸がすっとした。
「おまえの名前なんかどうでもいいんだし、いちいち名乗るな、ど阿呆っ。俺はなぁ、これからどうやってマヤ様を救い出そうか、それしか頭にないんだよっ。こんな時に、嬉しそうにしゃしゃり出てきて、しょうもないことがなり立てるなっ。却下に決まってんだろうが、クソが! そもそも、マヤ様がいないからって、待ってましたとばかりに来る、おまえらの神経がわからんっ。どうせ俺がここで追い返しても、またぞろ出てくるんだろうなあっ、たくっ!」
叫ぶ内容とは裏腹に、どんどん頭の中が冴え渡り、ここでこいつらを返すと、ロクでもない結果になるのが容易に予想できてしまった。
俺の邪魔をするのはもちろん、またしても反乱騒ぎとかやらかしそうだよな。
となると、俺はともかく、戻って来た時のマヤ様の障害になる。
「――というわけで、マヤ様がお戻りになってから今回の件をご報告し、あんたらに改めて沙汰を下して頂く。それまでは、地下牢にぶち込んでおくことに決定だ」
「ま、待たぬかっ」
後ろの方に隠れていたマトリョーショカ……じゃなくて、マトルカスか? とにかくそいつが、人垣の向こうから小さい声で抗議した。
「な、なにが『というわけで』なのだ」
「はあ? 聞こえんなぁ、おっさん!」
俺はにべもなく言い捨てる。
「遠くからモゴモゴ言ってないで、もっと腹の底から声を出せよ。肉の盾の時、俺はいつもそう怒鳴られてたぞ……相手はあんたじゃないけど。――ボンゴ!」
「ほほーい、ここにいるよぅ、あにぎぃ!」
やたらと嬉しそうにボンゴが立ち上がる。
こんな生き生きしたこいつを見るのは、初めてかもしれん。なんか興奮した巨大なクマみたいだな……いや、悪気はないけど。
もしかしたら、軍議に参加できてはしゃいでるのかも。だとしたら、俺も嬉しいけど。
「おっさん連中の言い訳や愚痴を聞いてる暇はない。まとめてとっ捕まえるから、そいつらが逃げないように、ドアを塞げっ」
「うんうん、了解!」
「ふ、ふざけるなっ。わしらとて、無防備ではないぞっ。――入れっ」
誰か見知らぬエラいさんがそう怒鳴った途端、今度は獣人というか、例の鬼みたいなツノのある下級兵士が、衛兵を押しのけてどっと入ってきた。
全員で十名ほどもいるだろうか。
「でかしたぞっ」
最初の老害おっさんが振り返ってそいつを褒め、俺を見て唇を歪めた。
「見よ、捕縛されるのは貴様達の方だ」
「お任せくだせえ、魔神将様。そもそもあいつは、俺と相棒が最初に召喚したヤツでして、てへへ」
と嬉しそうに馬鹿でかい両刃斧……つまりバトルアックスを構えてのしのしと鬼兵士がくる。ドムのスカートみたいな腰巻きはしてるが、あとは全裸である。
昨晩も一人見たような気がするから、こいつは片割れだろう。
でも……あいつもそうだったが、こいつも最初見た時と違って、あんまり強そうに見えんな。時間経つうちに、なぜか縮みでもしたか?
首を傾げて俺は前へ出た。
つっても、見た感じだと、身長はやっぱり高いんだよなぁ。
「おらっ、何を不思議そうな顔してんだ、この餌があっ」
気の早いことに、こいつはいきなりバトルアックスを思いっきり振り回しやがった。俺は顔をしかめて抜刀し、刀身を下方から一閃させて柄の部分をぶち斬る。
お陰で、バトルアックスの刃部分だけクルクルすっぽ抜けて、天井に刺さっちまった。
相手の技量がアレすぎるんで、避ける必要もなかったな。
なんだ、実は全然弱かったのか、おまえ。
「まあ……身体の方を斬らなかったのは、一応味方だからだよ。感謝してほしいんだけどな」
俺がしんねりと言うと、柄だけになったバトルアックスを見て、鬼その1(いや2かもしれんが)は巨眼をぱちくりさせた。
「……えっ?」
「えっ、じゃないだろっ」
さすがにむかついた俺は怒鳴る。
「いいからどけっ!」
怒鳴っといてあれだが、自分からヤツの眼前に躍り込み、足の甲をドカッと蹴りつけちまった。関節は普通、逆には曲がらないわけで、鬼タイプだろうと加減次第で、簡単に足が折れる。
で、折れたこいつは、足を抱えてゴロゴロ転がり出した……サイレンみたいな悲鳴上げて。
ちょっとだけ悪いと思ったけど、でもこいつの方は俺を斬り殺すつもりだったからな! 文句言われる筋合いないぞ。
あと、泣き声が思いの外やかましいので、頭を蹴飛ばして気絶させた。うるさいんだよ、馬鹿。
なあみんな、俺は悪くないよな? と思って俺が見渡したところ――
……敵も味方も呆然と俺を見て、口を開けてました。
唯一、ボンゴだけが入り口を巨体で塞ぎ、コトの経緯を嬉しそうに見つめている。俺は総立ちのギリアム達を見やり、そっと尋ねた。
「俺一人だと時間かかるから、みんな捕縛に協力してほしいんだけど?」
――あっという間に味方の全員がしゃきしゃき動き始めて、俺はまた驚いた。
ていうか……なんでおまえまで、いそいそと衛兵から縄まで借りておっさんを縛ってんだよ、レイバーグ。
まあ……その分、早く片付くからいいんだけどさ。




