エスメラルダの挑戦
ギリアムが言うくらいだから、もちろん冗談じゃないだろうと思ったが、やっぱりマヤ様が誘拐されたというのは、バリバリの事実だった。
どうやら俺がミュウとやり合っている間に、王宮を飛び出して俺を追いかけようとしたマヤ様を、エスメラルダが背後から襲って気絶させ、そのまま抱えて逃げたらしい。
警備兵は何をやってたんだ! と思うが、あの女のスピードと剛力を知る俺からすると、一人や二人を担いでようが、そこら辺の兵士では追いつけなくて当然かもしれない。
しかも、どうもこのタイミングで現れたってことは、そもそもコトの最初からあの女は、魔王城のどっかに潜んでいたんだわな。
俺は痕跡を探すために、もう一度城内の徹底的な捜索を命じたが、幸か不幸かマヤ様奪還のヒントだけはあった。
あの女は、向かってきた警備兵達に、捨てゼリフを残していったらしいのだ。
つまり――
『もし生き残ってたら、あの坊やに、《この女を返してほしければ、五日後の零時前に、一人でマレク山の頂上まで来るように》と言っておきなさい』
……というような。
五日後……それは、ちょうど満月の夜とも重なるし、場所はマレク山……つまり、帝都山の東方にそびえる、六百メートルクラスの山である。
これが何を意味するかは、ちょっと考えればわかる。
レイバーグが遺跡で発見したという、リベレーターがゲートを開く条件――すなわち、「満月の光を直接浴びることが可能で、なおかつなるべく高所」という条件と、完全に一致するわけだ。
「要するに、あのクソ女はマヤ様を返す気なんか最初からなくて、自分の世界に戻るついでに、俺が生きてたらぶち殺しておこうってつもりだろう」
軍議の間に集めた仲間に対し、俺は断言した。
ぐるりと見渡せば、長机には怪我が治りかけのレイバーグとカシムに加え、ギリアムやネージュ、それにエルザやヨルンやボンゴなど、俺の親しい仲間がほとんど出席していた。
もちろん、ミュウはまだ眠ったままなので、ここにはいない。
彼女を元に戻したいなら、あのエスメラルダを何とかするしかない。
今はマヤ様が不在だし、やむなく俺とカシムが上座についていて、レイバーグが斜め左に座し、斜め右にはギリアムがいる。あとは、それぞれ階級に従って並んでいる。
そして俺を含めて、皆の表情はすげー厳しかった。
そりゃまあ……魔王陛下に加えて、とうとうマヤ様まで不在となったわけだから、魔界は事実上、トップがいなくなったことになる。
レイバーグは別として、他はみんな不安で当然だろう。
「それで――」
とレイバーグが俺をじっと見て言った。
「君はヤツの指示通り、五日後――いや、もう四日後だな。四日後にマレク山に向かう気なのか?」
「行かない」
俺が即答すると、みんな「えっ」という顔で俺を見た。
「いやいや、勘違いしないでくれ。四日後に行かないって意味だよ。早めに出て、待ち伏せしようかなと」
「なるほど」
カシムがうんうんと頷く。
「罠を張って待ち構えるわけですな……皆で」
一応、俺は頷いたものの、カシムの言う「皆で」という部分は、実は俺には異論がある。
正直、エスメラルダに対して、常人じゃ歯が立たない。絶対に協力してもらいたい人はいるが、それ以外の仲間については遠慮してもらう気でいる。
あの女だって「一人で」とわざわざ条件を出してるわけで、大勢で出かけるつもりは毛頭ないのだ。
今それを言うと、死ぬほど反対されそうだから、言わないけどな。
……あのバルバレスだって、かなり化け物じみたヤツだったけど、エスメラルダはさらにその上を行く。悪戯に人数増やしても、死者がザクザク増えるだけだ。
「今、俺達にとって有利な点が一つでもあるとすれば、それは俺の生死についちゃ、まだエスメラルダは知らないはずだってトコだと思う」
俺はずばり切り出した。
「それを踏まえて、こういう策で行こうと思うんだが――」
俺が手早く説明すると、みんな感心したように頷いた。
ただ、ネージュだけが小首を傾げ、俺に言った。
「よい策だと思うけど、あの魔法は」
「わかってるって!」
俺は途中で割り込んだ。
「魔法がいつまでも保たないのは知ってる。でも、マレク山は別に禿げ山じゃなくて、マツの樹が密集した山肌だからな。隠れるところはある――」
言いかけたところで、いきなり軍議の間の外で衛兵と誰かが揉める声がしたかと思うと、扉がババーンと開いた。
慌てて先に入った衛兵が、「戦士将様っ(俺のことらしい)、ご無礼を! この方達が無理に」
とかなんとか言いかけたところを、「ええい、どけっ」と腕で押しのけ、見覚えのあるヤツらが入ってきた。
前にやり過ぎて気絶させちまったマトルカスを中心とした、いわゆる魔界軍の重鎮というか、幹部クラスである。
おそらく、十数名はいるだろうか。
「このような時に、何事かっ」
とカシムがむっとして立ち上がった。
「今は軍議中ですぞ!」
「黙れ、カシムっ。わしの階級は魔神将ぞ。貴様が直に口を利ける相手ではないっ」
いきなりどやしつけ、金糸銀糸まみれの礼服を着たおっさんが前へ出た。
「もはや魔王陛下はご不在であり、ダークプリンセスをも行方不明である。貴様達の専横も、終わりを告げる時が来たのだ」
「なっ――」
いきり立ったカシムを手で押しとどめ、俺は逆に尋ねた。
「それで、どうせよと?」
……座ったままで、ぼそっと。
我ながら冷たい声が出たが、まぁそれはしょうがない。嫌いなヤツに愛想使えるほど、今は俺の精神状態も良くないし。
「簡単なことよ」
おっさんは鼻を鳴らして言いやがる。
「貴様達全員を解任し、以後は我々がこの帝都を仕切る。正道に戻るということだ」




