告白
はっきりしてるのは、可能な限りマヤ様を巻き込みたくないってこと。
エスメラルダ一人が相手でも誰も勝てそうにないのに、そこにミュウが加わると、もう全然駄目だ。
あ、それと一つ思いついた!
エスメラルダとて、無敵ってわけじゃないはずだ。いくらこいつだって、びっしりと十重二十重に囲まれたら、逃げられなくなるだろうし。
というわけで、俺は王宮ではなく地上の兵舎を目指して進路を変えた。
地上施設のそこは、元々は地下の兵舎に入りきれなかった兵士達が寝泊まりする場所だが、そこから地下へ行ける。同じ逃げるにしても、地下の兵舎に向かってガンガン逃げたら、そのうち気の利いた誰かがエスメラルダの退路を塞いでくれるかもしれん。
そう思って全力で駆けたが――そこへ着いておんぼろの両開き扉に体ごと体当たりする頃には、既にミュウがすぐ後ろについていた。
またしても背中越しに殺気を感じ、俺はそろそろ騒がしくなった兵舎の廊下に身を投げる。頭上でまた風切り音が聞こえたから、どうせあの腕の刃で攻撃してきたんだろう。
「な、なんだっ、どうした!?」
ちょうど、外の騒ぎに気付いて寝入りばなを起こされた獣人兵士達が、ばらばらと廊下へ飛び出してくる。中には、ボンゴみたいな毛むくじゃらのヤツもいたし、最初に遭遇した鬼その1とかその2みたいなヤツらもいた。
つか、「あーーっ、例のあいつだっ」と怒鳴りやがった鬼兵士がいたんで、まさに当人かもしれん。
「みんな、逃げろっ。俺達に構わず、後から来る赤毛女を、大勢で囲んで仕留めてくれ!」
飛び起きつつ必死に叫ぶ。
なのに、人の話を聞かない鬼兵士のそいつが、「いやおまえ、こんな細っこい女になにを――」とか言いながら、ミュウの前に立ち塞がった。
「排除!」
見ろ、あっという間にミュウのクソ力で跳ね飛ばされ、窓を突き破って外に飛び出していったやん。悲鳴を上げる暇もなかったな!
だから言ったろうが、馬鹿たれっ。
まあ、そいつがふっ飛ばされている間に俺は距離を稼いで、地下への階段を駆け下りたから、いいっちゃいいんだけど。
……と思いつつ、階段の途中で振り返った俺は、眉をひそめた。
相変わらず、ミュウが執拗に追ってきているけど……その後ろにいたはずのエスメラルダがいないぞ、おいっ。
これは……ちょっと途方もなく嫌な予感が――。
「うわっ」
こんな場所で一瞬でも考え込んだのはまずかった。
後ろで、階段を同じように駆け下りていたミュウが、俺が止まった途端、思い切りよく階段の途中から飛んで、落ちてきた!
「くっ」
慌ててこっちも大きく跳び、一つ下の地下一階の廊下に着地する。
上を見上げた時は、既にまた階段を蹴って跳んだミュウが、同じく俺の方へ落ちてくるところだった。至近で振り上げた腕に、例の輝く刃が出ているのを見て、俺はさすがに手にした刀で思いっきり弾く。
ギィィイインとエグい音がしたが、さすがに魔力付与の刀だけあって、折れたりはしなかった。
「ごめん!」
俺の斬撃を受けた衝撃で壁に叩き付けられたミュウに対し、俺はすかさず間合いを詰めて第二撃を放つ。
もちろん、殺すつもりは微塵もなく、あくまでも首筋を狙って刀(の棟の部分)で攻撃したのだ。これなら、死にはしない。
綺麗に決まり、確かな手応えがあった!
……が、驚いたことに、ミュウは全然堪えた様子もなく、うるさそうに刀身を手で振り払い、すぐに自ら踏み込んできた。
「だ、駄目だっ。生身の人間とじゃ、強度が違い過ぎる」
止めたいなら、ちゃんと刃で攻撃するしかっ――。
絶望的な気分になったところで、ミュウがふいに回し蹴りを放ち、俺は唸りを上げて襲って来たその蹴りを、仰け反ってかわした。
しかし、バランスを崩したところに、すかさず姿勢を戻したミュウが飛びかかってきて、俺は今度こそ押し倒された。
刀を握った右手首はミュウの左手でがっちりと廊下に固定され、そして彼女の右手は俺の首にかかっている。そのまま、絞め殺そうというつもりだろう。
「ま、待っててくださいっ。今俺達がっ」
追って来た獣人の兵士達が、バラバラと階段を下りてきた。俺の身分を知ってるのか、こいつらは最初から丁重である。というか、ボンゴも混じってたようで、「あにぎぃいい」と聞き慣れた叫び声がした。
しかし、俺は断固として叫んだ。
「絶対にこの子に手を出すな! これは戦士将としての命令……だぞっ」
既にクソ力で喉を絞められていたが、俺は何とか声を絞り出す。
最初から身分を持ち出して命令したのは、実に魔界へ来てからこれが初めてかもしれない。
しかし、ここからがお手上げだった。
殺してもいいというならともかく、殺さないで済ませるなら、とてもじゃないがミュウを止められない。この子のタフさからして、本当に止めたいなら斬る以外にないらしい。
しかし……俺には絶対にそんなことはできない。
「あ、あにぎぃい、やっぱり俺が――げっ」
そばへ寄ろうとしたボンゴは、ミュウの長い足に蹴飛ばされ、それこそ数メートルも吹っ飛び、仲間を巻き添えにしてぶっ倒れた。
死にはしなかったろうが、すげーな……相変わらず、ミュウのパワーは凄い。
つか、これは駄目だ……本当に目がかすんできた。
振り解くのは無理っぽい。
……このまま死ぬのか、俺は――と半ば覚悟しかけたその時。
なぜかふっとミュウの手の拘束が緩んだ。
はっとして見上げると、ミュウの真っ青な目が、懸命に俺を見ているのがわかった。
俺の喉から離れた右手がじわじわと震えながら持ち上がり、自分の喉元の少し下辺りに向かおうとしている。本当にじわじわとした進みだが、ミュウが内心でエスメラルダの拘束に抵抗しているのは確かだろう。
手どころか、全身が震えているのが、その証拠だ。
「どうした、ミュウ? 大丈夫かっ」
まだ利き腕が押さえつけられたままので動けないが、俺は必死で尋ねる。
「エネルギー……変換(聞こえず)を……破壊……します……」
「えっ。それってどういう」
驚いた俺が問い返す間に、ミュウの右手はいつしか自分の喉元の下に容赦なく埋まり、バキバキと何かを破壊する音がした。
「……はっ」
吐息のような声がミュウの唇から洩れる。
その直後、一瞬だけ蜘蛛の巣のように広がる青いパルスがミュウの全身を覆い、そのまま消えた。途端に、彼女の体が支えを失ったように俺の上に倒れてしまう。
呆然とした俺の耳元に、最後に必死に唇を寄せてミュウが言った。
「ナオヤさんが……好きでした」
「待てっ。おい、ミュウっ」
焦った俺は、まだ体が痺れた状態で何とか身を起こし、ミュウを抱き上げたが……もう彼女の返事はなかった。




