駒にされたあの子
俺は本気でげんなりして振り向いた――が。
そこに見つけた顔を見て、顎を落としちまった。
というのも、予想の半分は当たりで、半分は大外れだったからだ。
とっさに「まさかあの女がっ」と思った通り、エスメラルダもいたことはいたのだが、あの真紅の戦闘スーツ女を庇うようにして、ミュウが立っていたのである。
しかも、いつになく長剣など持って。
そこまでならまだ、「俺の応援に駆けつけてくれたかっ」と甘い夢を見ることもできただろう。しかし……エスメラルダがミュウの背後に立ち、両腕でミュウの胸を抱き込むようにしているとなると、話は別だ。
敵にあんなエロチックな姿勢を許すミュウでもなかろう。なにせエスメラルダの畜生は、スーツ越しとはいえ、ミュウの両乳房を完全に手で抱え込んでいる。
お陰でミュウの胸が、女の腕に圧迫されて平べったくなっているほどだ。
だいたいミュウの目つきがもう、全然いつものあの子じゃない。
そ、そう言えば、廊下で俺について走ってたはずのミュウは、確かに途中から姿が見えなくなっていた。今思い出したが、しかしそれにしたって――あの茫洋とした目は。
「こ、これってまさか!?」
素っ頓狂な声を上げた俺の顔を見て、中庭に立つエスメラルダは噴き出して笑いやがった。
「あははっ。その間抜け顔を見ただけでも、この子を私の配下にして正解だったわね。この子ってまだ全然幼いのか、精神的に素直なのよねぇ……そういう子は私の駒にしやすいわけ。おまけにこの子って人間じゃないみたいだし、その面でもラッキーだったわ」
「も、戻せよ、馬鹿っ」
「無理ね、そんなの」
俺の叱声に対し、この女はあっさり言ってのけた。
「だってこの力は私の意志で発動はできても、解除することはできないし。本当にそうしたいなら、私を殺すしかないわ。あの弱っちいバルバレスが言った通りよ」
一体、どうやって聞いていたのか、こいつは上の階でバルバレスがぶちまけた話をさらりと述べてくれた。
しかも何のつもりか、背後からいよいよべったりとミュウを抱き締める。
なんかおっぱい揉みまくってるように見えるんだが、ちくしょうっ。
「ふぅん、そう大きくないけど、ちゃんと感触あるのね。どう、君も触りたい? 女の私が試しても、なかなかよい感触よ」
「貴様――」
「ナオヤ、いま行くぞっ」
「暴発するなよ、ナオヤっ」
今になって、上の方から声がした。
もちろん、唖然として様子を窺っていた、マヤ様とレイバーグである。
しかし俺は、もはやそっちを見もしない。既に刀を構えてエスメラルダを睨んでいたからだ。
代わりに、大声で怒鳴っておいた。
「そちらこそ、加勢は無用です。ここは俺に任せてくださいっ」
「そんなわけにいくものかっ」
マヤ様の慌てた声がしたが、もう俺は返事もせず、エスメラルダに向かってダッシュした。
「うふふっ。ショータイムになりそうじゃない? ミュウ、あいつを殺せっ」
エスメラルダの最後の命令に応じ、ミュウがダッシュしてきた。
「うわっ」
しかも、さすがに速いっ。
俺の超速モードがまだ継続中だったからよかったものの、そうでなければ最初の一撃で殺られていたはずだ。
むちゃくちゃ鋭い風切り音がして、俺の眼前を長剣が横薙ぎにする。
「ミュウ、おいっ。目を覚ませ!」
無駄とは思ったが、それでも俺は怒鳴った。
返事は単調で機械的なセリフであり、いつもの優しい声ではなかった。
「独立AIを戦闘モードに完全移行確認――敵一体を補足分析。機械化も生体強化の証拠も見当らず、肉体的には完全な生身と推定される。よって、全ての数値は普通人の予測範囲内を超えないと断定。装備ナシのノーマル状態で撃破可能!」
碧眼が、闇の中で光を放つ。
一瞬にしてミュウの長身が消失する。白銀の髪を舞わせ、ミュウがその場でさっと身を屈め、俺の足を払ったのだ。
「ちっ」
寸前で避けるはずが、人間の動きを超えた速度だったため、今の俺でも引っかかっちまった。もちろん、態勢を崩して背後に倒れ込みそうになりつつ、俺は既に後転で着地する態勢になりつつあった――が。
――そこで俺は見る。
すかさず跳躍したミュウが、まだ空中にある俺の直上にいるのを。
眉毛一本動かさないまま、ミュウは今度は右腕を大きく振り上げる。剣はいつの間にか放棄していて、代わりに上腕部に白く輝く刃が出ている!
これにはさすがに驚いた。
「は、初めて――」
見たなっと言う前に、もうミュウの腕が振り下ろされていた。
俺は空中で身を捻り、なんとかかわしたものの、上衣はすっぱり斬り裂かれてしまった。
しかも、皮一枚で避けたはずが、なんか痛みが走ったぞっ。
焦ったが、ミュウの腕を抱え込んで押さえ、俺達は二人してどさっと地面に落ちる。まだ自分が刀を握ってるのを確認し、俺は喚く。
「そ、そういう未来武器は、最初に教えてほしかっ――うおっ」
物凄いパワーで跳ね飛ばされた。
俺は優に十メートルは空中を滑空し、花壇に落ちてそこの花を台無しにした。しかし、柔らかい土に落ちただけでも、儲けものだろう。
これが固い中庭だったら、骨折では済まなかったかもしれない。
しかし、ミュウはまだ全然元気そうだった。
跳ね起きるや否や、風のように走り込んでくるのを確認し、俺も慌てて飛び起きる。そのまま、ニヤニヤと眺めるエスメラルダの方へ走った。
あのクソ女は中庭の奧にいるわけで、どのみち逃げるにしてもそっちへ行くついでだ。
「あははっ。馬鹿ね、君は。駒に勝てない人が、どうして私に勝てるのよ? それもこっちは二人掛かりだしねっ」
「この上、ミュウの加勢までしてもらうのかっ。ルール違反過ぎるだろっ」
わざとしく喚きつつ、俺は直前で進路を変えて全然別の方向へ走り出す。
「……往生際悪いわね、君も」
「うるせー!」
実はこの逃走は、マヤ様が下に降りてくる前に、とっとと別なステージに移るためである。
俺が戦ってる隙にマヤ様が殺されたら、たまらんからな。
振り返ってエスメラルダとミュウの二人が追撃するのを確認し、俺は一段とスピードを上げた。
しかし……どうしたらいいのかは、まだ全然思いつかない。
正直、かつてないピンチだった。




