貞操の危機
……ところがである。
よい気分になり、捜索の手はずも整え、「さて、満月までが勝負だぞ」と心に誓ってから床についたその夜――俺は、ドアを連打する音で目覚めた。
寝ぼけた俺がベッドから這い出す前に、どうやらミュウが先に応対してくれたらしい。
しばらくして、珍しく焦ったような足音が部屋に飛び込んできた。
「ナオヤさんっ」
「ど、どどうしたっ」
ミュウの慌て振りに、俺まで青くなって身を起こす。
「レイバーグさんが襲われてるそうですっ」
簡潔なセリフを聞いた瞬間、本気で血の気が引いた。
「ま、まさか相手は」
「はいっ」
ミュウはあっさり頷いてくれた。
「おそらくはリベレーターが城内に侵入して、あの人の部屋で――」
皆まで聞かず、俺はベッドから飛び出した。
壁際に立てかけた刀を着物みたいな夜着の帯にぶち込み、部屋を飛び出す。
「ナオヤさんっ」
無論、その後を追ってミュウが駆けてきた。
俺は振り向きざまに短く尋ねた。
「相手は、本当にリベレーターなんだね!?」
「まだわかりませんが、急を告げに来たメイドの方の話だと、黄金色の目をした男性だったそうですので」
「そりゃ、確かにリベレーターだ!」
くそっ、なんてこったい。
やけに何事もなく帰れたと思ったら、尾行されてたのかっ。
機械式エレベーターだと動くのが遅くていらいらするので、俺は階段を二段飛ばしに上がり、レイバーグのいる十階へ急ぐ。
昼間の面会の後、護身用にダガーを届けておいたから、簡単には殺られないはずと思いたいが、相手はあのリベレーターである。
レイバーグは既に一度敗れているし、しかも今のあいつは本調子じゃない。
十階へ着くまで気が気ではなかったが、着いたら着いたで、石廊下にいた警備兵達が一斉にこちらを振り向いた。
数は、およそ五名はいただろうか?
当然、俺がつけていた護衛である。
「おいおい、こんなところでどうしたんだよ? レイバーグの護衛はどうなって――うおうっ」
いきなり問答無用で斬りつけられ、俺は危ういトコで仰け反って避けた。
「ナオヤさんに何をするんですっ」
「いきなり何を――」
俺が咎めるより先に、飛び出したミュウが相手の腕を掴んで、気安く壁に叩き付けた。息が洩れるような声がして、そいつは廊下に潰えてしまう。
しかし、残り四人が抜剣して即座に襲いかかってきた。
「ちくしょう、読めたぞ!」
やむなく俺も抜刀して、相手の剣撃を受ける。
警備兵の据わった目つきを見て、事の真相を理解したのだ。
「こいつら、リベレーターに操られてる!」
「で、では?」
とっさに剣撃を避けたミュウが、俺に指示を求めた。
「決まってる! 殺さないようにして、なんとか気絶させてくれっ」
「わかりましたっ」
俺とミュウは頷き合い、二人して一斉に攻勢に転じた。
俺は風のように相手の懐に躍り込むと、身を捌いて斬撃を避け、同時に相手の首筋に峰打ちで剣撃を叩き込む。
あるいは、ちょっとダメージが増すが、剣腹で横から殴りつけるようにこめかみをぶっ叩くなどして、次々に倒していく。
さすがに相手は自分より格下だし、そうそう苦労もしなかった。
俺が三名にミュウが一名を片付け、無事に残りを気絶させた。
「……ナオヤさん、凄い」
俺を見て、ミュウが目を丸くした。
「なにが?」
「だって……戦闘用に造られたわたしより、素早く片付けてます」
「最近、敵の動きが凄くスローモーに見えるんだよ。そのお陰かな」
照れ隠しのように呟き、次の瞬間、俺は慌ててまた走り出した。
そんなことより、レイバーグだっ。
ノックを省略してヤツの部屋を開けると、苦痛に顔を歪めるレイバーグがいきなり見えた。
そして正面の窓を背に、そんなヤツを羽交い締めにして、首筋に剣を突きつけている男がいる。
「おや……もう私の手駒を片付けたのかな? 意外と早かったが」
金貨みたいにぴかぴかした不気味な瞳の男が、俺達を見て、ニイッと笑った。
着ている服は、こちらの世界でよくある裾の長いスーツ姿だが、もちろん、こいつがバルバレスだろう。
「ああ、そうか……地下で会い損ねた時はよく顔が見えなかったが、君がナオヤ・マツウラだろうな。そういえば、エスメラルダが随分と残念がっていた。君を殺せなかったと」
何が愉快なのか知らんが、バルバレスは喉の奥で笑った。
「では、私の獲物としておこう。たまにはエスメラルダの鼻を明かすのもいい」
「バルバレス……だよな?」
俺は慎重に刀を下段に構え、相手の出方を窺う。
「レイバーグをどうする気だ!?」
「この、背伸びした可憐な少女か」
細い喉元に肘を回すようにして締め上げている相手を、バルバレスは舌なめずりするように見下ろした。
「いや、あの夜に犯す予定が狂ったのでね……取り返して改めて犯すんだよ、もちろん。ついでに君とその女は殺して行くかな」
こ、こいつ……エラい堂々と言いやがる。
もうなんていうか、最初から腹が真っ黒じゃないと、なかなかこんなセリフは出てこないな。某アニメに出てくる、腹黒の伯爵みたいな顔しやがって。
「俺が、あっさり行かせると思うか!?」
睨み付けたが、向こうは涼しい顔だった。
「確かに君は奇妙な男だ……それを言うなら、この子もね。我々の瞳に心を縛られないのは、それだけでも大したものだよ。しかし、かといってやはり単なる人間ではね」
「勝ち目がないってか!?」
調子よく答えながら、俺はレイバーグの必死な目つきに気付いていた。
なぜかこいつ、さっきから下の方を見て、ちらちら合図を送っているんだな……それで俺もこそっと視線を移動させ――やっとヤツの狙いを理解した――気がした。
い、嫌な予感がする……この馬鹿、無茶なこと考えてやがるな!?




