遁走
直後に、寒気がするような閃光が直上を走り、奥へ抜けていった。多分、魔法だとは思うが、なんだよ、あのレーザーみたいな攻撃はっ。
「ああっ」
悲痛なネージュの声に、俺は慌てて身を起こす。
「どうしたっ」
「み、見て、あの人が」
俺と同じく伏せていた彼女が、前方を指差す。
そこで俺は見た。
新参の刀傷の若者……あのラウルが、こちらに背中を向けて仁王立ちしているのを。多分、俺みたいに避けるのではなく、むしろ立ち向かおうとして振り向いたんだろうな、後ろを。
しかしその結果、まともにさっきの閃光を浴び、頭を持って行かれたらしい。
顎から少し上を残して、綺麗に頭が消えている。
呆然と俺達が見守る中、ゆっくりと傾いで倒れてしまった。もちろん、とっくに死んでいるだろう。
「くそっ。せっかく仲間になったところだったのに!」
歯噛みした俺をあざ笑うように、遠くから声がした。
「望まぬ客人が誰かは知らないが、ゆっくりと料理してやるから、待っているといい」
随分と楽しそうな声だった。
おそらく……こいつがバルバレス……エスメラルダ以外にもう一人いたという、男のリベレーターだ。
「ど、どうする、ナオヤ」
壁に張り付いていたヨルンが、緊張した声で訊く。
「逃げるか……それとも全員で特攻するか?」
「今は逃げる」
俺は身も蓋もなく言い切った。
身を起こそうといていたマヤ様がさっと俺を見たが、俺はそれを目で制し、ネージュに指示する。
「ネージュ、透明化の魔法を――城に戻る時に使ったインビジブルを頼むっ。俺達全員を対象に。それからエルザっ……エルザっ」
返事がないので二度呼ぶと、後ろの方で泣きそうな声が答えた。
「ちょ、ちょっと洩らしちゃった――なに?」
「……シールドはもう突破されたけど、他になにか防御魔法はないか? 例えば、幻覚を見せるとか」
「それなら、ダブルの魔法があるけど? ええと、あたし達の姿を何名も幻像で見せるヤツ」
「それでいい、それを通路の中央に投影してくれ。頼むっ」
俺は早口で即席の作戦を説明した。
エルザのダブルの魔法で俺達の姿を幻像として何名も見せ、そいつらは通路の中央を走らせる。そして実際の俺達はネージュのインビジブルの魔法で透明化し、なるたけ通路の端っこを通ってダッシュで撤退するという。
マヤ様はよい顔をしなかったが、「明日のために今日の屈辱に耐えるんですよっ」といつぞやのアニメ格言を吹き込むと、ようやく頷いてくれた。
「わかった。ここは苦渋の決断だな」
「そういうことです!」
――まあ、まだ逃げられると決まったわけじゃないですが、という部分は喉の奥に呑み込み、俺は即座にネージュとエルザに告げた。
「じゃあ二人共、すぐ頼むっ」
「わかったわっ」
「やってみる!」
二人同時に簡単な詠唱に入り、たちまち魔法が実行された。俺達に折り重なるようにして総勢数十名くらいの俺達(の複製が)できてしまい、ちょっと驚く。
「ネージュ、透明化してるよな?」
「してるしてるっ。前にも言ったでしょ? インビジブルの魔法がかかった者同士は、ちゃんと見えるようになってるの」
「よし、じゃあ全員、通路の両端に分かれて――大急ぎで撤退だ!」
俺の言葉に、みんな異論なく左右に分かれた。
「なるべく、中央には寄るなよ。例の光線モドキが来たら避けられないから」
そのまま、通路の壁に張り付くようにして逃げていく。正直、背後にしか光源がないんで暗くて暗くてたまらんのだが、さすがに魔法の明かりなんかつけたら一発で狙い撃ちされるだろう。
もちろん、通路の真ん中には、エルザがダブルの魔法で生み出した幻像の俺達が、固まるようにして併走している。
「もしも足音が気になるようなら、靴を脱いで逃げてもいいぞっ。この際、体裁より命が大事だからさ!」
俺の言葉に、エルザが早速靴を脱いでしまう。
未だに意識を取り戻さないレイバーグを背中で揺すり上げ、俺は彼女を待ってやった。
「急げよ……ほら、マヤ様も早くっ」
二人を先にやり、自分は最後尾を走る。ミュウが俺の後ろにつこうとしたが、それも阻止した。ここはやはり俺が最後の方がいい。
ギリアムが憤然として「私が最後尾を守りますっ」と言いかけたが、俺は断固として首を振った。
「一番生存率が高そうなのは、俺だ。いいから急げっ。今はそれが一番なんだから。多分あいつ、連続ではさっきの攻撃はできないと思うし」
そこまで言ったせいか、以後はギリアムも黙って遁走に励んだ。
必死に耳を澄ませていたが、ヤツはまだ追ってくる。ちゃんと足音がするのだ。ただ、一つだけ救いがあるとすれば、足音からして走ってるわけじゃないってトコか。
なんで余裕ぶっこいてるのか知らんけど、向こうは歩いてるみたいなんだな。
「自分から来たくせに、ドブネズミみたいに逃げ回るのか、人間!」
いきなり、ずっと後方から嘲笑の声がした。
「涙ぐましい努力で逃げようとしているようだが、そこまで私が怖いのかな!?」
「おのれ、このマヤにその大言は許せぬ!」
マヤ様がささっと振り向いたが、俺は問答無用で背中を押した。
「いいから、今は退きましょうっ。あんな挑発セリフが出るってことは、今のやり方で逃げられる可能性があるってことです! 生きている限りはいつかラウルの仇も討てるし、今の大言を後悔させてやることもできます。まだ勝利の可能性があるってことですよ! 少なくとも、俺は肉の盾で生き残る大切さを学んだつもりですっ」
いつになく必死で説き伏せると、ようやくマヤ様はまた走り始めた。
「わかった……近々二人で、ヤツを後悔させてやろうぞ、ナオヤ」
「ええ、もちろん!」
俺は闇の中で大きく頷く。
言われるまでもなく、そのつもりだった。




