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酔っ払いの決まり文句

 


 俺が反射的に見返すと、マヤ様はバツが悪そうな顔で笑った。


「心が動いた時など、マヤはたまに話し方が変わることがあるそうだ。父はともかく、ジャスミンにはよく指摘されるな。直した方がよいのではと」



 そこでマヤ様は、じっとりと俺を横目で見た。

「どうせナオヤには通じてないだろうから、ちゃんと説明してやろう。つまり今のマヤは、自分の意思で警護に来てくれたナオヤに、心が動いたということだ」

「そ、そうですかっ。いえ、さすがに俺もそのくらいは察しがついた――はずですが」

 とはいえ、言われないと「でも、それはないよな」と思った可能性はある、うん。

 俺は必ず、まずネガティブ方向に考えるからな。

「しかしマヤ様なら、一言命令すれば、それこそ山のように護衛が駆けつけてうわあっ」

 いきなり最後が妙な声になったのには、理由がある。

 マヤ様がそっと頭を俺の肩にもたれかけて来たからだ。

 お陰でこの方独自の香りプラス、香しい金髪のほのかな香りまでして、俺は頭がくらくらした。


「な、なんですか」

 などと訊く俺もたいがい馬鹿で野暮かもしれないのだが。

 ……ひたすら、紅茶のお代わりを馬鹿デカい急須きゅうすモドキからカップに継ぎ足すマヤ様も、たいがい反応がおかしいと思う。

 あと、いちいちカップにドバドバと茶色の瓶から酒を継ぎ足してるが……俺が一口飲んだ感じじゃ、この酒は相当キツそうだぞ。

 しかも、それじゃ紅茶に酒を入れてるんじゃなくて、酒に紅茶をちょっとだけ足してる感じだ。


「マヤを恐れる者は山ほどいるが、マヤを心配する者はごく少ない」


 考えていると、いきなり身も蓋もなく断言された。

「一部のメイドと父上、それにナオヤくらいだろう」

「……確かに、なぜか怖がる人が多いですね」

「魔界の覇者の娘としては、別にそれで当然だがな」

「かもしれません。しかし正直俺は、本気で怖いと思ったことないですよ」

 至近からじっと見られたので、慌てて言い足す。

「つまり、叱責を受ける時以外は」


「知ってるわ」


 また口調が変わり、マヤ様が吐息みたいな声で答えた。

「だからマヤは、ナオヤがそばにいると安心できるのよ……自分を恐れる者達の中心にいたいとは思わない」

 俺が微妙な表情で考え込むと、今度は一転してけらけら笑い、乱暴に俺の髪をかき混ぜた。

「あっはっは! 本当に駄目だな、ナオヤはっ」

「な、なんですかっ」 


「別にぃ……ただ、ナオヤの考えていることは読みやすい。今は、『すると俺がこの方と上手くやれているのは、この方を恐れないせいかぁ?』とかじくじくと悩んだでしょう?」


「い、いやぁ」

 うわ、図星だよ、おい。

 マジで俺は読まれやすいらしいな。これは今後、注意せんと。


「もちろん、そんなものは理由の一つでしかない」


 ちらりと俺を見やり、

「でも、真の理由は教えてあげない。腹が立つから」

 わけのわからんことを囁くと、マヤ様はまたカップの紅茶をあおろうとする。既に空だとわかると、いきなり暖炉の方へカップを投げつけた。


「わっ」

 高そうな装飾付きのカップが、派手な音と共にバラバラになったのを見て、俺は一人で冷や汗をかく。当のマヤ様は全然気にせず、今度は茶色のボトルを唇に運び、いきなり「んぐんぐんぐっ」と、可愛くも豪快にラッパ飲みし始めた。


「ちょっとちょっと」

大事だいじない……案ずるな……オールオーケーだ」


 マヤ様はちゃんと視線が定まった表情で、その実、酔っ払い特有のセリフを吐く。

「ほら、指も震えていない!」

 わざわざ白い手をパーの形に開いて見せつけた。

「ふふん……マヤは酒が強いのよ……みんな感心するもん……記憶が飛んだ後で」

「だ、誰の記憶が飛んだ後ですか」

 真面目な質問だったのに、今度はいきなり立ち上がり、キッと睨まれた……高みから見下ろすようにして。

 ていうか、そのネグリジェは胸の先端が透けてたりするんで、青少年の教育に良くないと思う……いや、この場合は俺のことだけど。

 それとあと、ぎらぎら光る瞳が俺を見つめてて、すげー怖いんですがっ。


「ナオヤが来る前までは、無敵のマヤだったのに……もはや今はそうじゃない……今のマヤは弱い。ナオヤに対してだけ、ひどく弱くなってしまった……どうしてくれるの」


 ぶつぶつと呟くマヤ様に、俺はあせあせと進言した。

「えぇと、レベル差のことでしたら……どうせ大した差でもないし、パワーは今でもボロ負けだし」


「そっちの強弱じゃないわ、この大馬鹿者めぇええ」


「うわぁ、すいませんっ」

 いきなり腕を掴まれてベッドの上に放り投げられ、俺は心底、びびった。

 酔ってる、この人絶対、酔ってるよ!

「あのですねぇ、そろそろお酒を控えて」

 人が忠告してるのに、マヤ様はまた豪快にボトルをラッパ飲みし、かつ空になったらしいそれを、暖炉に投げつけて割った。

「ちっとも効かないわ、最近の酒はっ」

 い、いちいち割らんでも。

 だいたい、めちゃくちゃ効いてますがな。もはや泥酔状態ですがな。


「マヤは――酔ってない」


 据わった目で言うと、自分もベッドに上がってきた。

 うん、酔っ払いはみんなそう言うんだよ。



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