言葉遣いが変化
「ナオヤ……か?」
ネグリジェみたいな薄着のマヤ様が、呆れたように首を傾げた。
「そんなところで、何をしている?」
うお、しまった。
この質問は想定してなかったぞ! 爆睡したら目を覚まさない方だと思ってたから。
「い、いえっ――その……まあなんというか」
「まさか……このように冷たい石廊下で寝るのが好きなのか」
「いやいや、そこまで変態じゃないです! 違いますよっ」
俺は憤慨して叫ぶ。
あ、しまった。どうせなら、このとんでもない勘違いに調子合わせておくべきだったな……でも、さすがになぁ。
それにしてもマヤ様は、あんまりエロ方向のことは疑わないようだ。
そこはほっとした。以前にも思ったが、まあこの方にセクハラするような命知らずは、この魔界にはいないからだろう。唯一、可能性がありそうなのが、俺くらいだ。
なんて考えている間に、マヤ様の声が少し落ち着いた。
「すると……警護のつもりか」
やむなく、俺は照れ隠しのつもりで肩をすくめる。
つか、とっさに「廊下で刀抱えて座り込んでる、説得力ある理由」ってのが、他に思いつかない。もう開き直って正直に言えばいいや。まさか、怒られもすまいよ(多分)。
「はあ、まあ。別にマヤ様の実力を疑うわけではありませんが、しかしいざという時には加勢がいた方がいいだろうと……あんな連中が相手だし」
「余計なお世話だっ――と本来は怒鳴ってやるところだが」
既に最初の叱声で騙され、びびりまくった俺に、マヤ様が微笑みかける。
「まあ……いい。むしろ、不思議なことにマヤは心地がよい……昔のマヤなら、絶対に先の通りに怒鳴ったはずなのだが」
なんでもいいから、余計な芝居を見せるのやめてください。寿命がまた縮みましたし。
しかもなぜか手を差し出され、俺は首を傾げてその手を握った。
途端に、工事現場の重機みたいなパワーで引き起こされ、胸に頭ぶつけそうになっちまった。
「どうせ警護するなら、中でするといい……ちょうどメイドも下がらせ、今は一人だ」
「ええっ」
それはちょっとヤバいのでは。
……そう思った俺に賛同するように、後ろの方で音がした。
マヤ様の私室から少し離れた控えの間で、ピンク髪の妖精っぽい女の子がドアを開けている。見覚えあるなと思ったら、いつぞや俺に忠告した、メイド頭のジャスミンだった。その後ろにも大勢のメイドが彼女の肩越しにこっちを見やり、まん丸に目を見開いて俺達を眺めていた。
「マヤ様……何かございましたか」
片手に短刀みたいなのを手にしたジャスミンが、エラいおとろしい視線で俺を見ている。
マヤ様は笑って手を振った。
「よい、下がれ。ナオヤが護衛に来てくれたらしい……どうせなら、中に入れと申したところだぞ」
「し、私室の中へですかっ」
ジャスミンの声に続き、『えぇーっ』と他のメイドさんまで騒ぎやがった。
そっちの方がよほど危ないじゃないですかっ、と言わんばかりの目で俺を睨みやがる。これだから美人はようっ。
「しかし、それはあまりにも」
とかなんとかジャスミンが言いかけたが、マヤ様はもはや聞いていなかった。
「皆は休むがよい――これ、ナオヤはこっちだ」
そっと離れようとする俺の手をクソ力で引っ張り、もう半ば強引に部屋の中に連れ込んでいたりする。
普通は立場的に反対じゃね?
「いや、あの」
目が覚めたようにジャスミンに口添えしようとする俺の前で、ドバンとドアが閉められた。このドア、そもそも力任せに閉められるような薄いヤツじゃないのに。
以前の執務室みたいな部屋を抜け、マヤ様が入れてくれたのは、なんとそのさらに奥にある寝室だった。
さすがに俺も、ここまで入ったことなかったね!
いや、俺に限らず、男は皆無だと思うけど。
天蓋付きの豪勢かつ巨大なベッドが窓側にあり、あとは同じく馬鹿デカい暖炉が壁にでんと存在してたりと、なかなか規格外れの部屋だった。
おまけにここの天井にあるのは、本当に蝋燭の火が踊る巨大なシャンデリアだぜぇ。
こんなトコに一人で寝てる十三歳の女の子って、色んな意味で凄すぎるな!
あと、今頃気付いたが、マヤ様が着ている白いネグリジェみたいなの、薄絹みたいな生地なのだな。……なにが言いたいかというと、うっすらと胸とか透けて見えるし、パンティーが黒いのも、ちゃんとわかってしまうわけだ。
こりゃ、むしろジャスミンが来て止めてくれた方がいいんじゃないかと心配したが……あいにく、もはや誰もノックすらしてこない。
マヤ様の決断に口を挟むのは、さすがのジャスミンもご免らしい。
――むうぅ。
「何を唸っている? ところで、飲みたいものはあるか、ナオヤ」
暖炉のそばにある巨大なキャビネットに近寄り、マヤ様が中から茶色い瓶を出す。
「ジャスミンや父上がうるさい故、普段は我慢しているが……マヤは、今は少し飲みたい気分だな」
「というと、酒ですかっ。俺もマヤ様も未成年なのに、まずくないですか」
「うん? 魔界に飲酒の制限などないぞ。全て自己責任だ」
小首を傾げたが、マヤ様はそれでも「では、紅茶に少しまぜるくらいにしておこう」と妥協した。まあ……それならいいか……いやよくないけど、一口くらいなら俺も大丈夫だろう。
もちろん慌てて俺も手伝いに立ち、見よう見まねで用意した飲み物をワゴンに乗せた。
それをマヤ様はベッドのそばまで動かし、自分はベッドにちょこんと横座りした。
「……隣に座るがいい」
ぱたぱたと、自分の隣を手で叩いた。
「と、隣ですかっ。いや、俺は隅っこのソファーにでも」
「――早く!」
途中でおとろしげな叱声を浴びてしまい、俺は即座に従った。
怒らせると先に手が出るからな、この方は!
でも……今回ばかりは「いいのかね」という気がしないでもない。
恐る恐る少し離れて座ると、いきなりマヤ様が距離をさっと詰めて、ぴったりと身体をくっつけてきた。
驚いて横目で見ると、上目遣いの目で言われた。
「本当に……マヤを守るために来てくれたの?」
あ、なんか言葉遣いが変わったような。




