出世を目指す――その8
「ああ、これは問題ないんです、ギリアム様」
ヨルンはお愛想笑いとともに手をぶんぶん振った。
「ナオヤの希望で、百名ほど奴隷を出荷することになってですね」
「待て。そこのナオヤもおまえと同じ奴隷長だったはずだぞ! 奴隷を使う権限などないっ」
とりつく島もなく指を突きつけたギリアムに、ヨルンは「いや、それがですね」とまた一生懸命説明してくれた。
大方の予想通り、説明を聞いてもギリアムは良い顔をしなかった。
それどころか、俺の手のリングをいちいち目を近づけて見た後、顔をしかめやがった。
「ナオヤが二階級特進の上、ダークプリンセスの直臣に取り立てられた、だと!?」
天動説を聞いたような顔で、オウム返しに言う。
「信じられんな、そのような与太話は」
しまいには、侮蔑の口調で断言しやがった。
「ダークプリンセスも当然、臣下をお持ちだが、それらのほとんどは魔王陛下を主君とする、いわば陪臣の立場だ。つまり、厳密にはあのお方の直臣ではない。完全な直臣もいることはいるが、魔王陛下が数年前に護衛としてつけた者が十名いただけだし、直臣とはいえ、魔王陛下の命令に従い、やむなく主君を変えただけだの話だ」
俺が横目で見ると、ヨルンは「確かにその通りだよ、ナオヤ。だから俺もそのブレスレットを見て驚いたわけだ」と両手を広げた。
「へぇええ」
意外とマヤ様の直臣って少ないんだな……しかも、父君の配下からお古を貰っただけの感じだし。俺はマヤ様に大いに同情した。
とーちゃんの旧臣なんて、いかにもやりにくそうじゃないか。
「……で、その十名は今もマヤ様に仕えているわけですか?」
試しに尋ねると、ギリアムはむしろ益々怪しむ顔つきで俺を見た。
「私がおまえを疑うのもそこだ。……実はその十名がつい先程、マヤ様ご自身によって直臣の任を解かれたそうだ。私も今し方、たまたま耳にしたばかりだがな」
そこでわざとらしくドスの利いた声を出した。
「つまり、今現在、ダークプリンセスに直臣はいない」
「ええっ!?」
ヨルンが素っ頓狂な声を上げたが、俺はろくに注意を払わず、ひたすら驚いていた。
そりゃ驚くよ……たった十名しかいない直臣を全員クビって、なんでまたそんな真似を? つか、そんなことをして、魔王陛下は怒らないのかね。
元々はあのお方の旧臣だったみたいだし。
つーか、そういうことなら、今の直臣は俺だけってことじゃないか……後は借り物の部下ばかりでさ。
俺が勝手に心配していると、何を勘違いしたのか、ギリアムが頷いた。
「思った通り、動揺しているようだな、ナオヤ。これはどうあっても、事の次第を確かめる必要がある」
決然と言い切る。
この人、すっかり俺が大嘘ぶっこいてると思ってるみたいだ。
「いや、しかし俺は――」
「言い訳は後で聞く!」
一言で切り捨てると、ギリアムはぎらっと俺を睨んだ。
「まずは、使いを出してダークプリンセスに問い合わせてみよう。お返事を頂くまで、奴隷の受け渡しは中止だ」
きっつい声で申し渡すと、身を翻して本当に出口の方へ歩いて行った……大股で。おそらく、衛兵でも呼んで、地上の王宮に使いを出すつもりだろう。
ついでに、ヨルンまで心配になったのか、腰の引けた顔で俺を見た。
「おい、まさかおまえ、ブレスレットをどっかでちょろまかしてきたんじゃないだろうな?」
「んなわけあるか、馬鹿!」
前から思ってたけど、本気で魔界の住人に信用ないな、俺。
ギリアムがケチを付けたため、彼女達との面談は一時中止となり、俺達――つまり、俺とヨルンとミュウは、出荷場の入り口付近まで戻った。
多少なりともスペースが空いてて、しかもマヤ様からの返事が来るのがすぐわかる場所といえば、もうここしかない。
そこには、使いを出し終わったギリアムも腕組みで立っていて、俺達が来ると口をへの字に曲げた。昇進は、あくまで俺の大嘘だと思ってるらしい。
まあ、どうせすぐわかることだけど……ち、ちゃんとわかるよな?
ギリアムはミュウが自由に動き回ってるのが気に入らないらしく、彼女の方をしきりに睨んでいたが、ミュウ自身は平然と無視していた。
さすがヒューマノイド、そういうところは淡泊だ。
「なあおい、ナオヤ」
ヨルンが囁きかけてきた。
「ダークプリンセスの件、ほんっっとうに間違いないよな」
「ないって! 俺がそんな大胆な嘘つくわけないだろーが」
「いや、俺もそうは思うけどよ……万一なんかの間違いだったら、俺達二人とも、コレもんだぜぇ?」
ヨルンは自分の首筋を、指でピッと横に引く。
よせやい……俺まで段々不安になってくるだろうが。
しかし、緊張の待ち時間は、まさにその瞬間に終わった。
だしぬけにドカンッという言語道断な音がして、俺達はミュウのみを例外として、全員飛び上がった。
分厚い出荷場のドア(鉄の補強付き)が、いきなり蝶番ごと破壊され、驚くほど遠くまで吹っ飛ぶ。なんと、俺達の眼前を超速で滑空し、ラインの通路の遥か向こうまで飛んでいき、やっと下に落ちた……相当に重そうなのに、アレ。
そして、もはやカマボコ型の空洞と化した壁の向こうにマヤ様がいて、ちょうど振り上げた足を下ろしたところだった。
皆が大注目の中、ゆっくりと空洞を通り抜け、マヤ様が出荷場に入ってきた。
後には十名近い侍女が付き従っていたが、みんなガタガタ震えているらしい。というか、度肝を抜かれていた様子のヨルンやギリアムも、多分怯えきっていたはずだ。
重厚なドアをペラい襖みたいに蹴り開けるパワーも凄いが、なにせマヤ様の顔が三歳の幼児でもわかるほど怒っていて、むちゃくちゃ怖い。
ギリアムでさえ、「ま、まさかダークプリンセス御自らいらっしゃるとは」などと呟くのみで、挨拶すら忘れていた。
ただし、実は俺だけは、マヤ様が足を下ろすその一瞬、パンスト越しに下着がちらっと見えてどぎまぎしていたりする。ちょうどよい位置に立っていた自分を、褒めてやりたい。
いつ着替えたのか、レース飾りのついた漆黒のゴスロリ衣装で、例によってフリルのついたスカートが短かったので、そのお陰だろう。
ちなみに、意外にも白だった。
「――ナオヤっ!」
「は、はいっ、すいません!?」
偶然見たのがバレたかと思って、また飛び上がりかけた。
「……なにを謝っているのか? 早くこのマヤに、妙な使いが来た説明をせよ!」
「はいっ」
俺は、腰に片手を当てて颯爽と立つマヤ様の元へ駆けつけた。




