部分的にボロ負け
「あっはっは!」
「おぉ、これはこれはっ」
葬式会場みたいに静まり返った中で、陽気に騒いでいたのはマヤ様とカシムの二人だけである。いやカシムは笑顔で「いやぁ、また腕を上げられましたなっ」と感心したように言ってくれたのだが、マヤ様は両腕を腰に当てて顔を上向け、文字通り哄笑している。
そこまで笑わんでもと思うがなぁ。今更だが、この人には悪いことした……恥をかかすつもりはなかったんであって。
あと、誰も医者(ここでは薬師だが)を呼ぼうとしないのが、さすがに魔界である。
「うむ、よくやったぞ、ナオヤ」
マヤ様は上機嫌で、俺の肩に手を回し、グラグラと揺すった。
「久しぶりに痛快で楽しかった。見るがよい、あの血の気の引いた顔を。己の分を知るのは自分達の方だったな、この穀潰しの腰抜け共め」
死者に鞭打つ、この追い打ちセリフ! 容赦ないよ、この方。
まあ、この方らしいけど。
「い、いえ……そもそもこの方、実はほとんど戦の経験なかったんでしょ? いや、それを言うなら、カシムさん以外の他の諸将も」
俺は他に聞こえないよう、ひそひそとマヤ様に囁く。
「だって、ざっと見たところ、強面の顔は置いて、あんまり強いって気がしませんし。なんていうか、緊張感を感じないんですよ、見てても。だから、戦では後方指揮専門だった――とか?」
マヤ様を俺の顔をつくづく眺め、盛大にため息をついた。
……関係ないけど、野郎の息はひたすら臭いのに、この方の息はやたらよい香りがするなっ。思わずすーはーしたくなる……いや、殴られるからホントにしないけど。
「そろそろ、気持ちを入れ替えるがいい、ナオヤ」
マヤ様は俺の肩を結構な勢いで叩いた。
「あの者達は、正真正銘、実戦部隊を率いる諸将だ。彼らの実力が落ちたわけではない。逆だ、おまえの実力が途方もなく上がっているのだ、ナオヤ」
「……マジっすか」
俺、てっきりこの人達は全員、名ばかりの後方指揮かと。
なおも疑惑を表明しようとしたが、マヤ様はもう相手にせず、顎を落としたままの彼らを睨んだ。
「見ていたであろう。最近はなぜか忘れている者が多いかもしれぬ故、再度言っておくが。この魔界は、完全な実力主義だ! 文句がある者は幾らでもチャンスをやるから、名乗り出るがいい。別に全員でもいいぞ。ナオヤが相手をするであろう」
ざっと彼らを見渡し、即続けた。
「異論がないなら、とっとと去れ!」
――いや、なんで相手するのが俺やねんっ。
思わず大阪弁で思ったが、幸い「なら今度はわしがっ」などと名乗り出る者も、一斉にかかってくる気配もなかった。
なんか知らんが、みんな魂を抜かれたような顔でしおしおと出て行ってしまいやがんの。
いやぁ……さすがに全員でかかられたら、ヤバかったと思うけどなぁ。
首を傾げる俺には関係なく、諸将は全員が逃げるように退出してしまい、倒れていた大男は衛兵が来て左右から抱えて連れ出して行った。
三人だけ残った軍議の間を見渡し、マヤ様は機嫌よく頷く。
「うん、だいぶ風通しがよくなった! ほら、二人共、席に戻るがよい」
「いやいや、風通しよすぎでしょ! 二人しか残ってませんがっ」
あと、今退出していった人達も、別に納得してないと思うんだな。自分の私邸に戻ったら、早速ねちねちと悪巧みを初めそうだ。
言われた通りにまた座った俺は、いの一番にそれを指摘する。
マヤ様はあっさり頷いた。
「うん、マヤもそう思う。……だから、既に先制してある」
「は?」
「鈍いヤツだな、ナオヤ。マヤは馬鹿ではないぞ。姑息で小心なあヤツらが、何を考えているかくらい、教えてもらわずともわかる。だからカシムに命じて、既に屋敷へ兵士を派遣しておいた。そもそも、今回の件でも処罰せねばならぬしな」
「ええっ」
カシムを見ると、おっさんは重々しく頷いてくれた。
「確かに、部下を派遣しましたぞ。あの者達に限らず、一族郎党は連帯責任で全ての役職を解雇し、財産も半分を没収せよとの、マヤ様のご命令ですでな」
うわ、厳しいなっ。しかし……まあ、放置しとくと、絶対悪巧みしそうだしなぁ。殺さないなら、解雇と財産半分没収は妥当な線か。
所詮、俺はマヤ様至上主義なので、この方に悪影響がありそうな彼らに、さほど同情はしないのだった。まあ、ファルシオン伯の謀反を黙って見てただけでも、罪は重いだろうし。
「さて、ナオヤが納得したところで、今後の相談だが……その前に、おまえのレベルを見てみよう、ナオヤ。よいか?」
「え……ああ、俺は別に。普段は全然見てないんで、そういやそろそろ気になりますね。じゃあ、ステータス前面表示」
例によって、透過スクリーンみたいなのが目の前に出て、現在のレベルやら細かいステータスを教えてくれた。
めんどくさいので、HPとMPだけざっと見たが――。
「……レベル30で、HP5521、MP3140――て。なんか景気よく上がってるような。最後に強敵と当たったからかな」
「おおっ、これは。わしはとうとう及ばなくなったようですわい」
カシムがまたなぜか嬉しそうに言う。
そして、マヤ様はなぜか男のように腕組みして唸った。
「むう……想像以上だな。マヤも抜かれたようだ」
「ええっ」
つか、貴女もレベル設定なんかあったんですか!
俺が驚いて見やると、マヤ様はあっさりと見せてくれた。
「おまえ達には見せても差し支えあるまい。……ステータス前面表示」
「うわあっ」
「なんと!」
俺とカシムの声が重なる。
マヤ様のステータスはこんな感じだった。
『レベル28 HP15420 MP9870』
「ヒットポイントが万オーバーって!」
さすがは、魔王の一人娘っ。
この人の暗殺とか、ホントは心配ないんじゃないかーーっ。
「MPも桁外れじゃないですかっ。なんでこれで、俺の方がレベルが高いんです!!」
「よく見るがよい。他のパラメーターでは、筋力以外は全て負けている……」
なんだか面白くなさそうにマヤ様は言うが。
そ、その筋力値は、実に俺の八倍あるんですが!? 数字的にもクソ力が実証されたよっ。
いや、そりゃ確かに瞬発力とか持久力とか、他の細かいパラメーターは全部俺が勝ってるっちゃ勝ってるけど。
正直、この人が敵だったら、ヒットポイントの差だけで、俺なら絶対に逃げるぞ。
「ナオヤ殿は、才能値が圧倒的ですな。ダークプリンセスとのレベル差は、それが大きいでしょう。ここまで高い数値はわしも見たことがないですわい」
「は……才能値? そんなのあるんですか。前はなかったような」
「最初は全員不明ですぞ。計測可能になるまでに時間を要するのですよ、あれは」
「……マヤは一目で見抜いたぞ」
いや、自慢そうなマヤ様は置いて。
俺は顔をしかめてステータス画面を見直した。




