12-Sideユキ:日和見烏の襲撃
ZRRRRRR!
けたたましい警報ベルが歓談の時を妨害した。エリヤは『46番目の密室』を丁寧に机に置き、立ち上がった。火災ではない、すぐにアナウンスがあった。
『え、エントランスにテロリストが現れました!
みなさん速やかな避難アバーッ!?』
アナウンスが途切れ、それから断続的な発砲音があった。エリヤは舌打ちし、クーデリアは掌大の金属塊、MWSを握った。ユキはアリーシャの不安げな手を強く握る。
「やれやれ、ロスペイルか。
ユキくん、アリーシャちゃんのことは頼んだよ。
クーちゃん、こんなところまで来やがったクソ野郎をあの世に送り返すぞ」
「もちろんです、エリヤさん! それじゃあ、行ってきますねアリーシャちゃん」
アリーシャは不安げな表情を作り、頷いた。クーデリアはサムズアップし、エリヤは無手のまま地を蹴った。初夏を飛び越え最短距離でエントランスホールへと向かったのだ。扉のすぐ前にいた武装ロスペイルの首を手刀で刎ね、周囲の状況を確認。持ち物検査で預けた刀は受付の向こう側にあった。
地を蹴ろうとしたエリヤの眼前で、弾丸が躍った。
「ほう、気まぐれで人を襲いに来てみれば……
厄介な客もいたものだな」
虚無的な口調で、エリヤに語り掛けるものがいた。
それは、黒いロスペイルだった。節くれだった手足と黒い羽毛に覆われた体、鋭いくちばし。背中には肩から腰まで伸びる大きさの翼があった。クロウロスペイル、手には二挺の大型リボルバーが握られている。
「只者ではあるまいな、貴様。
オーバーシアのロスペイル、それも『十三階段』か?」
「俺が『十三階段』? 冗談はやめていただこう、お嬢さん。
所詮俺は日和見のカラスに過ぎん。
他の信心深い連中を差し置いて昇進など……おこがましい!」
エリヤの影から二挺のガトリングガンが飛び出し、火を噴いた。強力な連装ガトリングガンをクロウは側転で回避、回りながらトリガーを引く。放たれた2つの弾丸を、エリヤは屈んで回避。その軌道上にいたクーデリアはガトリングガンの一つを盾に戻し、防いだ。しかし、巨大な弾丸の衝撃力を殺すことは出来ずカーペットの上を滑った。
「特注の20mm弾、ってやつか。
虎之助に撃った奴のリボルバー版……!」
よく見てみると、リボルバーは通常の銃の倍以上に長かった。各部位を強化しなければ、20mm弾の衝撃に銃自体が耐えられないからだろう。結果としてそれは人間に扱えるものではなくなり、ロスペイルこそが真価を発揮出来るものとなった!
エリヤは姿勢を低くしながら走り出した。それを妨害しようとするのは、大剣と盾を持った大柄なロスペイル。恐らくは機械化手術によって筋力をブーストしているのだろう。全身を機械化するという荒業は、生命力に優れたロスペイルならではだ。
水平に抜き放たれた刃を、エリヤはベリーロール回転で回避。勢いを殺さずに突き進む。クロウは空中で軌道を変更出来ぬエリヤを20mm拳銃で狙ったが、それをクーデリアが横合いからのインターラプトで防いだ。チェーンソーめいて回転する刀を、さしものクロウもバックフリップで回避。更に踏み込んで来るクーデリアを弾丸で迎撃した。
「あなた、『十三階段』とかいう人よりも強そうです。
本当に下っ端さんなんですか?」
「ま、歳の甲を重ねていることは確かさ。
生きて来た年月は容易に人を裏切らない」
クロウは左の銃をクーデリアに向けて突き出し、もう片方の銃を耳元に持っていく奇妙な構えを取った。人間の近接戦闘パターンだけではない、あのバカバカしい反動をも利用してくるだろう、とクーデリアは直感し、身を固くした。
一方で、エリヤは放たれるライアットガン攻撃をジグザグ走行で回避。カウンターの中に飛び込み最後の散弾をかわした。木製だったなら貫通していただろうが、ここが古い石造りであったことが幸いした。弾丸は石壁を砕くだけに留まったのだ。
エリヤは刀の鞘を掴んだ。と、その時死んだ受付嬢と目が合った。無念を抱えて死んだものを思いながらも、エリヤは一呼吸し意識を調律した。己の体を、心を、単に相手を殺すための存在へと昇華させるのだ。エリヤは座ったままの姿勢で跳躍した。
ライアットガンを装備したロスペイルは、人が一跳びであれほど跳躍するとは微塵も想像していなかった。上空へと銃を向けるのが少し遅れた、そしてそれが致命的な隙となった。刀を抜き放ったエリヤはそれを、銃を持ったロスペイル目掛けて投げた。クルクルと回転しながら刀身はロスペイルの首へと吸い込まれ、そして刎ね飛ばした。
「オイオイ、マジか。
人間離れしているとか、そういうレベルじゃないな。
あいつもまさか、ロスペイルなんじゃないのか?
さすがにあれはないだろう、あれは」
「思っていたよりもお喋りなんですね、あなた。
さすがに不愉快になってきましたよ!」
鋼鉄のシールドをガントレットめいて巻き付け、クーデリアは近接格闘を繰り出した。クロウは銃身をも手の延長として扱う特異な格闘スタイルによってそれを捌いた。クーデリアの左フックを、クロウは左手で内側から弾いた。そして軌道上にあったクーデリアの顔面目掛けて発砲! 彼女は首を振ってそれをかわすが、しかし!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
横向きにして放った銃の反動でクロウの体が高速で回転!
遠心力を乗せた右グリップアタックをクロウは放つ!
クーデリアは身を屈めてそれを回避!
続けて放たれたローキックをバック転で回避!
逃げる彼女を追う弾丸を連続バック転で次々に回避!
バック転を繰り返すクーデリアを、大剣を持ったロスペイルが狙う! 着地に合わせて掬い上げられた剣が彼女を狙う! 回避は不可能、クーデリアは開きとなるのか!?
「イヤーッ!」「グワーッ!?」
そうはならない! ムーンサルトめいて跳躍したエリヤは天井を蹴り強引に軌道を変更! 更に空中で半回転し、ロスペイルの頭部に断頭踵落としを叩き込んだ! 首を体に埋没させ、大剣を持ったロスペイルは爆発四散した!
「ふん、さすがはオーバーシア重点警戒目標。
やるものだ、一瞬とはな」
クロウは両手を万歳姿勢に上げ、リボルバーの弾倉から薬莢を排出した。その隙を見逃す二人ではない。エリヤは無手のまま突進し、クーデリアは銃を再形成した。しかし。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
突如クロウは翼を広げその場で回転!
抜け落ちた羽根が弾丸めいた勢いで二人に迫る!
二人は回避動作を取らざるを得なくなり、攻撃の機会を逸した。
「2対1で貴様らに勝てると己惚れてはおらんよ。
ここは退かせてもらうとしよう」
スピードローダーによってすぐさま給弾を終えた終わらせたクロウは、翼をはためかせ飛んだ。天井付近にあったステンドグラスを突き破り、外の世界へ。登場から5分も経っていない、この様子では市長軍もここには来ないだろう。
「……あいつらいったい何のためにこんなところを襲った?」
「うーん、でもあいつらの行動に意味を求めるのは……
あーでも、結構意味が……」
クーデリアはこれまで起こったオーバーシア犯罪について回想した。一見して意味不明であっても、そこには意味があった。考えれば理解することの出来る邪悪な意味が。そして、彼らの行動の意味をエリヤはすぐに理解し、舌打ちした。
「……しまった、あいつらの目的はアリーシャちゃんだ!
こっちはただの陽動だよ!」
「あっ!? で、でも、ユキくんがついているんです!
きっとまだ大丈夫ですよ!」
「だったらいいんだがな!
こっちには手練れのロスペイルがクロウしかいなかった。
だったら、アリーシャちゃんの方に戦力を集中させているかもしれん!」
彼女にどれほどの意味があるのかは分からない。だが、少なくともオーバーシアは意味を見出している。助け出さなければ、彼女の身に何かあってからでは遅いのだ!
クーデリアとエリヤは同時に駆け出し、図書館内部へと戻っていった。




