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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第四章:追放者の果実
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12-Sideトラ:血の盟約

「……ん? あ! 久しぶりじゃん、結城さん。

 こんなところで会えるなんてね」


 黒い獣、アルクトドスロスペイルこと御桜優香さんは僕の方を見てニッ、と口の端を歪めた。その言葉が、目の前にいるものが彼女だと否応なく僕に認識させた。


「貴様……『黒の死神』か! なぜこんなところに!?」

「散歩中だったんだよ。そうしたら、はしゃいでるのがいた。

 だから来たんだ」


 ゆっくりとセプテントリオンを飲み下し、御桜さんは敵を見据えて行った。


「手前らを、食い尽くしてやるためにさ」


 あまりに強い眼力を受け、キャメルがヒッ、と息を飲んだ。彼女の変化に驚いているのはキャメルだけではない、僕もだ。彼女と会わなかった一月の間にいったい何があった?


 キュラキュラキュラキュラ、奇妙なキャタピラ音が聞こえて来た。突き刺さった船の影から大柄な砲台と、それにそぐわぬ小さなキャタピラが顔を出したのだ。あれが何か、考えるよりも先に砲が放たれた。紙一重で砲弾を回避、背後にあった倒壊しかけていたビルの柱に命中し、白煙と轟音を上げながらビルが完全に倒壊した。


「リモートか。いや、マシンだっけ?

 どうでもいいけど、厄介な敵が来たらしいな」


 俊敏な動作で繰り返される砲撃を回避しながら、御桜さんは僕の隣まで来た。


「色々話したいことはあるだろうけどさ、ここじゃ無理だ。

 一緒に来てくれないかな、結城さん?

 安全な場所を知ってるんだ、一先ずそこまで行こう」

「……分かりました、御桜さん。

 しばらくの間、よろしくお願いしますよ」


 僕は側転を打ち、御桜さんは地を蹴り、放たれた砲弾を回避した。スレイプニルは既にバイク形態に戻っており、僕をシートに乗せるとともに激しいエンジン音を上げた。アクセルターンで一気に車体を反転させ、走り抜ける御桜さんに続いた。


「ッハッハッハ! 逃げろ逃げろ、逃げ遂せろ!

 貴様らはどうせ我々には敵わんのだ!

 アウトラストの地を支配するのは我々だ!

 『血の盟約(ブラッドクラン)』だ!」

「……貴様らは必ず排除して見せる。

 それまで、首を洗って待っていろ……!」


 背後で僕たちを嘲笑うキャメルに向けて、僕は言った。




 廃墟と化したビル群、あるいは屋敷や邸宅の間を潜り抜け、僕たちは辛くも砲撃をかわし安全地帯へと避難した。安全を確認した御桜さんは、変身を解除した。


「来るなり手荒い歓迎を受けたみたいだね、結城さん。

 でもこれがアウトラストさ」

「御桜さん、あなたはいったい……これまでどうしていたんですか!?」


 思わず怒鳴ってしまったが、御桜さんは困ったような笑みを浮かべるだけだった。


「市長軍の締め付けが強くなってきてね。

 あいつらからすれば、あたしだって殺人犯に変わりはない。

 もう、シティに居続けることは出来なかったのさ」


 僕は言葉に詰まった。シティとオーバーシアの強行対立路線が、彼女の居場所を奪ってしまったのだ。複雑な感情を表に出してしまった僕に向けて、御桜さんはまた笑った。


「そんな顔しなさんな、結城さん。

 あたしはこれでも満足しているんだからさ」

「でも、こんな世界の果てまで行かなきゃならなくなるなんて、そんな!」

「いいんだって。

 父さんも母さんも無事、あたし以外のみんなはハッピーなんだ。

 そしてあたしは、あそこにいたんじゃあいつらに復讐なんて出来はしない。

 だから、あたしはここにいるのが一番いいんだ。

 あいつらをぶっ殺してやるためにはね」


 それは悲壮な、捨て鉢な覚悟だった。

 何かを言おうとしたが、その前に遮られた。


「それより、行こう。ずっと立っているわけにはいかないでしょう?」


 それはそうだ。御桜さんは彼女の『隠れ家』に案内してくれた。名前の削り取られた『商店街』と書かれたノボリを潜り、僕たちは地下へと向かった。タングステン灯が時折バチバチと光りを放った。かつては地下街だったのだろうか。


 空いたスペースや道端には襤褸布を纏った人々がたむろしている。サウスエンドと違うのは子供の姿もちらほらと見られるということだ。地下街はところどころが崩落しており、瓦礫に飲み込まれた人がそのまま放置されているような場所もある。


「これって、さっきの連中がやったってことですか?」

「ブラッドクランね。

 ああ、この辺りを根城にして暴れ回ってるって、婆さんから聞いた。

 あいつらは昔っからロスペイルの力を持っていたらしいよ。

 ここまで暴れるようになったのは最近だって聞いたけど……

 おっと、ここだ。同じような景色で忘れそうになる」


 御桜さんは分厚い鉄扉を押し開けた。中にはゴウゴウと音を立てて震える機会と、それを見守る老婆がいた。彼女は振り返るなり怒鳴って来た。


「オイ、お嬢ちゃン!

 勝手に出て行くなって言っておいただろうが!」

「悪い悪い、婆さん。ついムシャクシャしててね。

 でも、収穫はあったんだよ」


 老婆は落ち窪んだ眼窩の中にある、鋭い目で僕のことを射抜いた。


「ブラッドクランのガキか?

 こんなもん連れて来たって何にもならないだろうが!」

「違うって、婆さん!

 えーっと、確かこの前言っておいたよね? エイジア!」


 エイジアの名を聞いた途端、お婆さんの目がかっと見開かれた。そして、彼女は僕のことを見た。それどころか、近付いて来て両手で顔を触って来たりする。


「確かに、面影はある……しかし、まさかあの男の予言通りに事が……」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの、どうしたんですか?」


 僕はお婆さんを制して話を聞くことにした。

 彼女はいきなり取り乱したことを恥じ、一つ咳払いをしてから答え始めた。


「いきなり悪かったね、若い人。私の名は三波(みなみ)秋奈(あきな)

 この地下都市を束ねさせてもらっている……

 もっとも、あたしに出来るのは食事の世話ぐらいだがね」


 そう言って、彼女は背後にある機会を軽くたたいた。あれが食事を?


「旧世代のソイフード生成器だ。

 人工農園で定期的に作られたものが上のパイプを伝ってこの機械の中へ。

 それを成形してクソマズい食い物を作り出すって寸法さ。

 私は調子が悪くなったこいつを弄ってやるのが仕事なんだ」

「旧世界の機械を……直せるんですか!?」

「応急手当がせいぜいだがね。まあ、旧世界のアイテムはよく保つ。

 だがこいつを狙ってくるクソどもも多くいる、ってことさ。

 ブラッドクランの連中なんかその最たるものだ」


 僕たちが最初に出くわした連中は、この集落にも攻撃を仕掛けて来ているらしい。如何にロスペイルと言えど、無補給で生きて行けるわけではないのだから当たり前だが。


「あの、ところで予言っていったい何のことなんですか?

 さっき言ってましたよね」

「ああ、そのことか。この言葉を聞いたのは……そう、20年は前のことだ。

 ふらりとここに現れたある男が、ロスペイルを倒してこう言ったんだ。

 『いずれこの地にはブラッドクランを名乗る連中が現れる、準備しろ』と。

 誰も聞かなかったが、私は信じた。そして、そいつはこうも言っていた。

 『エイジアが現れるのを待て』、と」


 ロスペイルを倒し、ロスペイルの出現を予見する。まさか、それは。


「もしかして、その人の名前って朝凪幸三というのでは……」

「ああ。やはりあんたは、あの人の縁者だったってわけだね」


 どうなっているんだ、これは?

 朝凪幸三氏は、この地にブラッドクランが来ることさえ予見していたのか?


 今更ながらに思う。朝凪幸三とはいったい何者なんだ?


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 『死出の谷』、アウトラストの住民からそう呼ばれる場所がある。旧世界の戦艦が打ち上げられた魚めいてひしめく場所であり、処理されていない不発弾が多く転がっている。だからこそ、人々はそこに近付かない。近付くものがあれば、それは人間ではないということになる。そして、それは実際真実であった!


「ナルニアの父上! 申し訳ありません!

 大変申し訳ありません!」

「ザッケンナコラーッ!」「グワーッ!?」


 彼がそこに辿り着いた時、『父』は神聖な瞑想の最中であった。


「テメッコラーッ! 瞑想だぞ、乱れたらどうすんだ!」

「気にすることはない、問題はないからな。

 それよりもどうしたのだ、キャメル?」


 飛び込んできた男、キャメルロスペイルは息を切らせ、報告を行った。


「セプテントリオンが死にました!

 我々は銀の鎧を着たおかしなやつを追跡していたのですが……

 そこに黒の死神が現れて! マシンのおかげで帰って来れたんですが、俺!」

「落ち着きなさい。セプテントリオンが死んだ……銀の戦士、ということは」


 ナルニアは隣を見た。血塗れの白衣を着た男が、そこにはいた。


「恐らく、報告にあったエイジアだろう。

 セプテントリオンも不幸なものだ」

「皆、兄弟に黙祷を捧げよ。

 生まれは違くとも、死すときは同じと誓った兄弟が死んだ。

 彼の魂に神の祝福があらんことを……

 そして殺人者の魂に呪いあらんことを!」


 身近い黙祷を終えると、ナルニアは油断なく室内の兄弟を見渡した。


「来るべき時が来た。我々の聖戦がこれより始まるのだ。

 手抜かりはないな?」

「問題ありません。

 兄弟スクイッドがシティ内部に潜伏しております故」


 ナルニアは満足げな笑みを浮かべ、再び聖像の前に跪いた。


「主よ、我が罪をお許しください。

 私はこれより、世界を救います故……」


 狂気的な儀式を5人の兄弟、そして1人の師父が見守った。


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