11-教主の目的
ユキの放った二振りのブレードがロスペイルの胴体を真っ二つに切り裂いた。事前に生命の樹によって足を絡め取られていた2体は、持ち前の俊敏さを生かすことさえも出来ずにそれをまともに食らい、そして青い燐光となって消えた。
「ほー。ラプトルとクロックが死んだか。
どっちも弱くはないはずなんだけどなぁ」
クーデリアのチェーンソーブレードによる連続攻撃を巧みに捌き、後退しながらジェイドはつぶやいた。回転切断を行うブレードをまともに受け止めることは出来ない、だから彼は刀身を横から弾いた。圧倒的な切断力を持つのは刀身だけだからだ。
「さっきからちょこまかと……やる気あるんですか、本当に!?」
「はっはっは、やる気を見せてしまっていいのかな?
キミもやっちゃうぜ?」
「それはどうですかね! あなたなんてケチョンケチョンにしてあげます!」
大振りな一撃をジェイドはバックジャンプで回避した。床に打ち込まれた斬撃がコンクリートを容易に切断し、煙を舞い上げた。ジェイドは槍を振り下ろそうとしたが、すぐに取りやめる。屈んだクーデリアの後ろからユキが狙いをつけていたからだ。
「そういうのは、バレバレな攻撃をしないのが重要なんだよなぁ……!」
ジェイドは光線を放ち生命の樹を撃ち落とした。タイミングを見計らっていたのか、ほとんど同時に市長軍が銃撃を開始する。連続側転で時間と距離を稼ぐ、と。
(……! ローチがやられた?
マジか、虎之助くんがやりやがったのか?)
ローチにはデータリンクを敷いており、彼のバイタル、精神状態はすぐ分かるようになっていた。彼が地下にローチを放った時から、ずっと監視していたのだ。この場至るパターンを見間違えるはずもない。ならば、ローチは確かに爆発四散したのだ。
「参ったなあ、そろそろ潮時ってやつ?
やっておきたいことはあったんだが……」
視界の端でユキが両足に力を込めているのが見えた。ジェイドがそれに対応しようとした、まさにその瞬間、ユキが飛んだ。銃弾めいた勢いで一直線に突き進んで来る。すれ違いざまに放たれたブレードを辛くも受け止めるが、背後に回ったユキへの対処を行う暇はなかった。意識の速度よりも早く放たれたバックキックを受け、ジェイドは吹き飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がりながら損傷度をチェック、まだ戦えるくらいだ。
(エイジアと違って瞬発力重視みたいだな。
さすがにこっちの知覚能力を越えられるとキッツいなぁ。
ま、今日はこのくらいでいいとしておこうかな……)
ジェイドは銃撃を避けるために更に転がり、壁際へ。そして素早く立ち上がると、窓枠を掴みパルクール動作で市庁舎の屋根へと上り始めた。
「んじゃ、そろそろ帰るよ。
楽しませてもらったからね、アリガト」
どこまで本気か分からぬ声色でジェイドは言った。逃がすクーデリアではない。彼女は電灯を蹴り、窓枠を蹴り、鮮やかなムーンサルト跳躍を打った。そして、屋根に着地。
「逃がすと思っているんですか?
あなたはここで倒します」
「参ったな、キミは。
あの爺さんといい、キミといい、地下の関係者は手に負えない」
たち? クーデリアは内心で首を傾げた。自分はともかく、あの爺さんとはいったい? それは、彼がノートを持っていた朝凪幸三氏のことなのだろうか?
「キミとはもっとゆっくり話したい。言いたいことが山ほどあるからね」
「ナンパのつもりですか? 残念ですけど、あなたは全然好みじゃありません」
「そりゃ残念。僕にとってみれば、キミはとっても魅力的な女の子なのに」
ジェイドはいつの間にか持っていたカードを槍でスキャンした。クーデリアが反応した時には、『SONIC』の機械音声が流れていた。彼の装甲が変形し、航空力学を考慮した流線形ボディへと変わる。彼は飛んだ、シティの闇の中を。
「んむー……逃がしましたか。ここからじゃ……
さすがに狙えないですね」
クーデリアは諦め武器を下ろした。彼の言葉には少しも心を動かされなかったが、しかし違和感は残った。ジェイドという男が残した棘が彼女に刺さった。
「……まあいいです! さっさと帰りましょうか!」
もっとも、そんな細かいことを気にしないのが彼女のいいところなのだが。
◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆
戦いは終わった。傷は深く、死人も多く出た。
それでも成果はあった……はずだ。
「彼の情報を残しておくように指示したのはあなただそうですね。
セルゲイさん」
僕は魂が抜けたような表情で座り込むセルゲイに問いかけた。彼は鬱陶しそうに僕に視線を向け、そして自嘲気味に微笑んだ。弱々しい表情だった。
「私にどんなメリットがあるんだ?
逮捕のリスクが高まるだけ、そんなことはしない」
「見つけ出してほしかったんじゃないですか?
あなたが犯した罪の片鱗を……そして、出来ることならば裁いてほしかった。
犯した罪に耐え切れるほど、人間は強くない」
「私は耐え切った。だからここまで権力を維持することが出来た。違うかね?」
「仕方なかったと正当化することで、あなたは罪の意識に耐えようとした。
もたらされる金と権力が、あなたを罰から覆い隠していった。
それでも、あなたは裁きを望んでいた。
少なくとも、僕はそう解釈しています。あなたがそれを否定したとしても」
セルゲイは力なく笑った。
彼は恐らく真意を語らないだろう。それでいい。
「どうしてオーバーシアに協力したんですか?
金が欲しかったからですか?」
「そうだ。
警察官の安月給に嫌気がさし、退職を考えていた時彼らが現れた。
実際提示された金額は魅力的だった、プライドを吹き飛ばすには十分なほど。
気が付いたら、抜けられない領域にまで私は踏み込んでいたよ。
彼らの犯罪を隠蔽したり、パートタイムの殺し屋になったこともある。
親友を殺せと言われた時、私は逆らえなかった」
「長年に渡り、あなたはオーバーシアに仕えて来た。だが、ロスペイルではない」
オーバーシアに関わる者の多くがロスペイルになっていた。例外と言えばトルニクスくらいか? その理由についても、彼は滔々と語ってくれた。
「当たり前だ。
人間のロスペイル化技術が確立したのはいまから6年ほど前なんだ。
我々はその前からオーバーシアの手先として働いていた。
そして、やがて彼らにとって替えの利かない存在になっていた。
そんな手駒を失うリスクは取らなかった」
ならば、ダイナソアやクローカーは捨て駒ということか。
哀れな連中だ。
「あなたのボスは誰なんですか?
誰が、オーバーシアを指揮しているんです……!」
教主の名。それこそが、僕たちの知りたかった情報だ。
「教主の名はオーリ=ガイラム。
キミも会ったことがあるだろう、あの男さ」
彼が……
長年に渡り、この街を裏から支配して来た、オーバーシアの長。
「奴はいったいどこにいるんだ?
最終的に何を成そうとしている?」
「それは私にも分からん。
知っている奴は、オーバーシアの大幹部くらいのものだろう。
だがいずれにしろ……
あいつはこの街の住人すべてをロスペイル化する気だ」




