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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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11-激突する理性と本能

 敷地内で繰り広げられる戦いと、その場だけは無縁であった。荘厳な雰囲気さえも醸し出す市庁舎中庭。バイオツツジに群がる羽虫が光を反射し、幻想的な光景を作り出した。


「不謹慎かもしれませんが、わくわくしますよ。

 こういうのを見ているとね」

「ふん、所詮はバイオテックが作り出した偽りの風景。

 この街の象徴だ」


 セルゲイは手を出し羽虫を誘い、そして握り潰した。


「偽りの花々に群がる羽虫。それがシティに暮らす人間だ。

 私はそれに少しだけ早く気付いてしまった。

 だからこそ、私はこうして……」

「こうして悪事を働いているというのか? セルゲイ=グラーミン」


 中央に置かれたオブジェクトの上に、黒い影が降り立った。

 ローチロスペイル。


「表は陽動か。

 すべては私を殺すために、貴様らが仕向けたというわけだ」

「落ち着いているな、セルゲイ。

 あの世に逝く覚悟が決まったものと見える」


 ローチは指を鳴らした。彼の合図一つで敷地内の虫は一斉にセルゲイに飛びかかり、彼を骨すらも残さず食い尽くす――はずだった。虫は少しも動かなかった。


「何だと……ぐっ!? この、不快な音ッ……! 何だ、これは!」


「モスキート音というのを聞いたことがあるだろう?

 特定の年齢の人間にしか聞くことの出来ない帯域。

 全域にスピーカーを配置してもらったが、正解だったな」


 議事堂側の扉を開き、一人の男がその場に現れた。

 結城虎之助が。


「お前の能力は、音波による昆虫の操作だ。

 だから似たような音域の音を発生させて、相殺したんだ。

 どの帯域かはよく分からなかったから、結構滅茶苦茶に発してるけどな」

「クソッ、こんなっ……! こんなもので私を、止められるとでも!」


 ローチは血走った目で虎之助を見た。

 彼はそれを真正面から見据える。


「もう止めにしてください、パトリック=ローマン巡査」



 その名を聞いた時、ローチが、そしてセルゲイがビクリと震えた。


「あなたはセルゲイを追い、そして消された。

 目的はその復讐、そうですね?」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 どうやら間に合ったようだ。対峙する二者を見て、内心でほっとした。

 同時に、ローチが完全に戦闘態勢に入っているということに気付いた。キチン質の外骨格の上から防弾ベストと思しきものを着込んでいる。対ロスペイル戦でああいう装甲はほとんど役に立たない、ウェポンベルトとそこに付随する火器こそが目的なのだろう。


 ローチは手を頭で押さえ、ゆらゆらと揺れた。

 そして、僕を逆の手で指さした。


「なぜ、お前がそのことを知っている?

 消されたはずだ……すべての証拠は!」

「ところが、すべての証拠を消すことは出来なかった。

 確かに、電子データ上あなたは存在しないことにされてしまった。

 だが、紙媒体のデータには残っていたんです」


 僕は茶封筒に入れられたリストを見せた。

 警察在職者の名簿だ。


「古い名簿が残っていました。

 あなたの技を見て、警察関係者だと当たりをつけて探したのが功を奏した。

 翌年の名簿では、あなたの名前が不自然に削除されていました……

 それ以外の人間には、不詳だの死亡だのと理由が付けられていたのに。

 残ったデータから、あなたを見つけることが出来たんですよ。

 パトリック=ローマン巡査」

「止めろ! その名を呼ぶな! 俺はローチだ、ただのローチロスペイルだ!」


 ローチは激しく狼狽し、拳を振り回した。

 銅のオブジェクトが殴られ歪んだ。


「パトリック……お前なのか?

 お前は、あの時確かに、私が殺したはずだぞ……!」


 セルゲイは未だ夢心地、現実を認識し切れていないようだった。夢遊病者めいてフワフワとした口調で放たれた言葉を受け、ローチは激高した。


「ああ、そうだ!

 俺はパトリック=ローマン! 貴様に殺された警察官だッ!

 愚かだったよ、身内に犯罪者などいないと信じ切っていた!

 そんなことなどあり得ないと、いま考えれば分かるのにな!

 警察は汚染されていた! 貴様はそれに浸かったクズだ!」


 激しい憎悪をぶつけるように、彼は自分の胸を掴んだ。

 胸部装甲が音を立てて軋んだ。


「村上佑、マリオ=パッセリーノ、この二人は既に殺してやった。

 そして最後は貴様だ、セルゲイ。なぜ貴様を最後に選んだのかは……

 分かっているだろうな。復讐のためだ!

 貴様を絶望と恐怖の中殺し、私の復讐は成し遂げられるのだ!」


 駆け出そうとしたローチの背中に、僕は50口径弾を撃ち込んだ。地下都市でローチが使い、投げ捨てたものだ。背中の強力な外骨格が銃弾を受け止め、震えた。


「……止めるな、探偵!

 何なら貴様から殺してやってもいいんだぞ……!」

「殺させない。僕の目の前で、一人として。

 そいつには人として裁きを受けてもらう」


 ゲストルーム側の扉が開かれ、一人の男が現れた。

 刑事、片倉さんが。


「セルゲイ=グラーミン。贈収賄および不正取引。

 並びに殺人教唆等の容疑で逮捕する。

 お前の屋敷から証拠は挙がっている。言い逃れは出来んぞ」


 セルゲイは雷に打たれたように震え、そして諦めた。


「なるほど、結城弁護士はこちらを足止めするためのダミーだったか。

 だが、正当性のない証拠で起訴をすることは出来まい。

 そんな無法がまかり通るとでも?」

「安心しろ、裁判所から令状は出ている……

 いろいろな人の口添えのおかげでな」


 市長軍がセルゲイを拘束したのでは、やはり角が立つ。だから、その手の捜査の専門家である警察に任せることにした。セルゲイへの意趣返しという意味もあるが。


「……やられたな、これは。

 ようやく私も、年貢の納め時を迎えたというわけか」


 ローチは震えながらそれを聞いていた。

 そして、激しい憤怒を露わにした。


「……こんな茶番を見せつけて、いったい何のつもりだ……!?」

「セルゲイ=グラーミンは逮捕される! 法の裁きを受けるんだ!

 あなたの怒りは分からないでもありません。

 ですが、人の罪は人が裁くべきだ……!」

「ふざけるな! 15年、15年待ったんだぞ!

 俺は、こいつを殺すために!」


 ローチの体を危険な殺意が駆け巡って行く。僕は銃を乱射しローチに近付いた。不意を打てなかった銃撃は8本の腕によって弾かれ、止めようとした僕は投げ捨てられた。


「応報を下す権利は俺にだけある!

 貴様は惨たらしく死なねばならないのだ!」

「父さん、セルゲイを頼む。こいつは僕が止めるから!」


 父さんはセルゲイを庇うようにして立ち、室内に戻っていった。ここを突破されれば、市長軍だって二人を守り切ることは出来ないだろう。僕はキースフィアを取り出した。


「貴様に何が分かる! 貴様に俺の復讐を止める権利などない!」

「そうかも知れないな。僕もお前も、所詮は同じ穴の狢なのかもしれない。

 お前が自らのエゴを通すために戦うように、僕も僕のエゴを通すために戦う。

 僕の目の前で、もう誰一人だって死なせるものか!

 人の世界をお前たちの好きにはさせない、ロスペイル!」


 キースフィアを挿入。僕の体が光に包まれる。


「変身!」


 エイジアへと変わり、構えを取る。

 ローチは僕を見て、自嘲気味に笑った。


「人の世界を人の物に、か。素晴らしい理想だ。

 だがそれを貫き通せないといつか知る」


 そして構えを取った。8本の腕が僕を押し潰そうとするかのように、威圧的に向けられた。ありとあらゆる死角を手数によって潰す、ローチのアーツだ。


「それにな。俺はもう裁きを人に任せるには遅すぎるのだ。

 そんな気持ちなどとうになくなってしまった。

 俺は自分の手で決着をつけなければ気がすまなくなってしまった」

「……残念だ、ローチ。ならば、あなたは僕の敵だ……!」


 敵意と殺意がぶつかり合い、そして弾けた。

 僕は熱弾を放ち、ローチは銃を抜いた。


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