11-殺戮の宴
シティを覆い尽くす闇。それはどこにあっても例外ではない。大型バイク『スレイプニルMkⅢ』のライトが闇を切り裂き、ハイウェイをひたすら東に突き進んで行く。
『位置情報から逆算するに、そこから5kmってとこや。
周囲には監視カメラはないはずやけど、警戒しときぃ。
そういう場合は人の目があると相場が決まっとる』
「ナビゲーションどーも、エイファ。通信はどこまで確保出来る?」
『外にいる間は大丈夫や。地下都市構造体に入ったら……分からんな。
ジェイドの話やと、空間が隔絶しとるんやろう?
せやったらこっちでいくら細工しても無駄やろ』
つまり、中に入ったら自力で何とかする他ないというわけだ。クーはいま父さんのところに行っている、増援は期待できない。市長軍は確たる証拠がなければ動けない。
「今までにないくらいキツいシチュエーション、っていうことかな?」
「どうってことありませんよ。いままでなら仲間さえいなかったんだ」
そうだ、いざという時は市長軍の力を借りることも出来る。それは僕にとって心強いことだ。いままで経験したこともない戦いに、自然と心臓が高鳴って来る。
僕は視線を上げた。
エリヤさんの長い髪が風に引かれてたなびいていた。
「……聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「答えられる限りのことは答えよう。
何が知りたい、好みのタイプか?」
「聞きませんよ、そんなこと!
僕が聞きたいのは、朝凪幸三氏の話ですッ!」
茶化されそうになったので、慌てて軌道を修正した。
エリヤさんは口を噤んだ。
「すみません、エイファさんからいろいろ聞いてしまったんです。
だから、その気になって。
あなたが朝凪氏に育てられたことは分かったけど、10年以上前ですし……」
「どれだけ時間が経ったって、育ての親は変わらん。そうだろう?」
時間が経って親が変わってしまったら、その方が嫌だ。
「10年だ。確かに怒りや憎しみが減衰してしまいそうになる時は、ある。
そういう時は爺さんの笑顔と言葉を思い出すことにしている。
怒りが体に満ちて来るからな」
「……なんて言っていたんですか、朝凪さんは?」
「人を守り、人のために生きろ、さ。私はそれを実践している」
僕は言葉に詰まった。
エリヤさんは祖父との思い出を憎しみの炉にくべて戦っている。
(なあ、朝凪幸三。アンタは、こんな風になって欲しかったのか?
あんたの娘は、あんたの遺志を継いで戦っている。
アンタの言葉がこの人を縛っているんだぞ?)
僕たちはそれから言葉を交わすこともなく、現場へと向かった。
『パッセリーノ土地開発所有』『侵入禁止』『合法な』と書かれた看板がいくつも見えた。施設をぐるっとフェンスが取り囲んでおり、その上部には通電有刺鉄線が取り付けられている。入ろうとしたものをずたずたに引き裂くためのものだ。
「……虎之助くん、待ってくれ。
何だか、様子がおかしいような気がする」
それは僕も感じていた。護衛がいてしかるべきなのに、人の気配はまったくなかった。僕たちはフェンスに音もなく近付いて行く、監視カメラはないとあらかじめ分かっているので、最低限の警戒をしながら。だが、やがてそれが無駄だということが分かった。
「……頸椎をへし折られて、一撃で殺されているな。
グラーミンの護衛か」
エリヤさんが死体を見聞している間に、僕は周囲を探った。玄室を隠すために上物が置いてある。これだけでもかなり高価なものだが、地下都市に比べれば塵にも等しい。
「こいつらを殺して回るような奴に、心当たりはあるかな?」
「ええ、パッセリーノを殺した奴でしょう。市長軍を呼んできます」
敷地内で殺人事件があったとなれば、踏み入る理由にはなるだろう。僕は市長から渡された端末で彼らに緊急事態を告げ、建物の中へと入っていった。
不法侵入は簡単だった。僕たちの前に強引な侵入をした奴がいるのだから当たり前だ。白を基調とした品のいい壁紙、光を反射するフローリング材、掛けられた価値の分からない、しかし強い存在感を放つ絵画。そしてそれらを悉く彩る鮮血の赤。
「酷いな、これは。皆殺しって感じじゃないか。
セルゲイについたのが彼らの不運か」
彼らが持っているのは小口径の拳銃のみ、狭く死角の多い室内ではロスペイルに太刀打ち出来るはずはない。セルゲイはそんなことを知っていただろうに、彼らを配置した。生きた鳴子代わりに使っていたのだろうか? 怒りが湧き上がって来る。
その中で、一際はっきりとした血痕が地下まで続いていた。戦闘音は聞こえないので、恐らく彼らは地下に逃れたのだろう。僕たちはその血痕を追い、建物の地下スペースに入った。地下室の扉は既に開け放たれており、その先には白の玄室があった。玄室の奥のスペースは不可解に揺らめいている、あの中に入っていったのだろうか?
「地下都市を脱出する時に使ったものとよく似ている。
ポーターだったか?」
「覚えているんですか、エリヤさん?
正直、あの時は必死だったからこっちはよく」
「覚えているさ、あれくらいはな。
探偵にとっての必須スキルだ、いつでも冷静であれ」
そう言ってエリヤさんは煙草に火をつけ、一口吸ってからポーターに投げ込んだ。煙草は地面に落ちることなく消えて行った。僕たちは顔を見合わせた。
「正直な話をします、エリヤさん。
あの中に入るのはぞっとしない」
「ふっ、キミも恐怖を覚えることがあるんだな。
だったら、私から先に行ってやろう」
エリヤさんはボクが制止する暇もなく室内に入って行き、そしてポーターに身を躍らせた。ああ、まったく! ワケの分からないものに手を出すなんて! 冷静なんだかそうじゃないんだか分からない。
大胆と言うにも何というか、ああ!
僕もポーターに入った。
ぞっとするような冷たさを感じた後、僕は別の場所にいた。
「地下都市構造体……再びここに来ることになるなんてね」
「しかし、あの広い地下都市でどうやってセルゲイを見つけるか……」
僕たちは横開きの扉を開き、地下都市に足を踏み入れた。結論から言えば、どうやってセルゲイを探すのか、という問題はすぐに解決することになった。
なぜなら、地下では派手な爆発を伴った戦闘が既に開始されていたからだ。




