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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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11-対話

 変身を解除した僕は市長軍のバンに詰め込まれ、どこかへと移送された。道を覚えようとしたが、無駄だった。頭に布をかぶせられ、何度も方向転換を繰り返されてしまったからだ。


 手錠を掛けられ、両脇を兵士に支えられ、僕は歩かされた。

 まるで犯罪者の待遇だ。


「僕はどこまで連れて行かれるんでしょう?

 実刑になるんでしょうか?」


 問いかけたが、返答はなかった。

 仕方がない、黙って歩くことにしよう。


 足音が嫌に高く響いた。リノリウムの床を叩く感触。

 まさか市庁舎に?


「OK、お前たちは外に出ていてくれ。

 彼の尋問は俺がやる……心配はないさ」


 頭にかぶせられていた布袋が盗られると、眩いばかりの光が僕を襲った。掛けられた手錠が外され、座るよう促された。僕を案内した兵士が悪戯っぽい笑みを浮かべて、退場していく。僕は対面に座った人の顔を、真正面から見据えた。


「……お久しぶりです。

 正直、こんなところで会うとは思っていませんでした」

「俺もだよ。

 キミとこんな形で会うことになるとは思っていなかったんだ」


 僕の視線の先には市長、ジャック=アーロンがいた。


「なぜ市長がこんなところに? 市政をほったらかしにして?」

「市長軍の司令官は市長である俺だ。

 ちィと檄を入れて帰ろうと思っていたんだが……予定が狂った。

 あいつらを率いて戦うことになるなんて、俺も思っちゃいなかったよ」


 市長は苦笑しながら言った。

 もはや隠す気はさらさらないようだった。


「あなたがロスペイルだということは、公知の事実のようですね。

 少なくとも軍では」

「そうだ。

 半面、キミがあの銀色の戦士だということは限られた人間しか知らない」


 市長はあの時、父の部屋で会った時と同じような、柔和な笑みを浮かべている。反対に、僕は緊張感に呑まれかけていた。ドライバーはいま手元にはない。


「まさか、怪物にこの街が支配されていたとは知りませんでした。

 いえ、想像をしていたとはいえ、まさか……

 あなたのような方がロスペイルだったとは知らなかった」

「キミにそう思ってもらえるほど、評価されていたというのは喜ぶべきことだ」

「茶化さないで下さいよ。僕をこんなところに呼んで、何が目的なんですか?」


 精一杯の虚勢を張って、市長を真正面から睨んだ。市長はそれを受け止める。


「協力してほしいんだよ、虎之助くん。オーバーシアを滅ぼすために、ね」

「残存するロスペイルを滅ぼして、どうしようと言うんですか?

 いえ、決まっていますね。

 あなたたちが真にこの街を支配するために、ということですよね?」


 市長は首を横に振り、ぬっと僕に顔を近付けて来た。


「ここにはほかに聞く者はいない。だから、お前さんに伝えられることがある」


 伝えられる(・・・)? 本来は伝えられない、とでも言うつもりなのだろうか?


「この街を支配するのはメガコーポと市議会、そして市長。

 そう思っているだろう」

「違うんですか。この街の権力者を誰か問えば、誰だってそう答えますよ」


「実際のところはそうじゃない。

 この街を支配しているのは、賢人会議と呼ばれるたった2人の人間だ。

 いや、人間じゃないな。太古から生き続ける化け物どもだよ」


 さすがに、僕は言葉を失った。

 太古から生き続ける? そんなことがあるわけがない。


「虎之助くん、キミは地下都市構造体でそれを見ているはずだぜ」

「地下都市があるってことも、あんたたちは知っていたのかよ……!」

「そうだ。キミたちはそこから一人の少女を盗み出した。

 恐らくはそれと同じ存在だ」

「……地下を襲ったという災害を、何らかの手段で生き延びた人間?」


 アリーシャは大量のトラップと誰にも傷つけられぬ要塞に守られていた。ならば、同じものを使って命を長らえているものがいても不思議ではない、ということか?


「賢人会議は過去のハイテックを知る。そして、自身もロスペイルなんだ」

「やっぱり、この街はロスペイルによって支配されているってことですか」

「ああ、そうだ。そして俺はそれを変えたい。

 この街を人間の手に取り戻したいんだよ」

「そんなことをして、あなたにメリットがあるとは思えないんですが……」


 ここまで深く賢人会議とやらのことを知っているのならば、彼もまた賢人会議に深く関わる人間なのだろう。傀儡として。長らくそうして来た人間が、どうしていまになってそれを倒そうとしているんだ? 市長は僕の目を正面から見て言った。


「俺はな、虎之助くん。この街のことが好きなんだ」


 いつか、こんなセリフを聞いた気がする。

 そう、父さんの事務所だったか。


「この街は汚れているし、決して平和じゃない。

 だがな、それはこの街に美しいものが残っていないって意味じゃない。

 俺はそう言うものに助けられてきた。だから気に入らねえンだよ。

 そういう美しいものを蹂躙して、平気な顔をしているクソ野郎どもがな」


 市長は鋭い笑みを僕に向けて来た。


「あいつらの喉笛を食い千切る。

 そのために俺はあいつらに従っている。それが答えだ」


 その場凌ぎと取ることも出来る言葉だった。だが、彼の言葉には強い真実味があった。あるいは、彼なら変えることが出来るのではないか、と言う期待が。


「……協力してほしい、って言ったよな。

 いったい、何をさせたいんだ?」


 敬語を作るのも忘れて僕は市長に問いかけた。

 ニッ、と市長は微笑む。


「それは協力する、って意思表示だと見ていいんだな?」

「ああ。もしあなたが人を蹂躙する怪物なら、その時は僕が殺す」


 そうなって欲しくはなかった。

 それを聞くと、市長は柔らかな笑みを作った。


「賢人会議はオーバーシアとの対立姿勢を露わにしている。

 恐らく、あいつらが賢人会議にとって不利なものを持っているんだろう。

 元々あいつらは協調関係にあったんだがな」

「街を壊そうとする怪人と、街を支配する怪人の共闘、か。

 まったく、知って見れば分かるけれど……

 この街はロスペイルによって支配されていた、ってわけか」


 ならば、当面の間はオーバーシアとの戦いに集中しておいた方がいいだろう。オーバーシアと敵対関係にある賢人会議はそこに干渉してくるかもしれない。


「それなら、市長。聞いておきたいことがあるんです。

 セルゲイ=グラーミンという男をご存知ですね?

 市議会に在籍しているから、知らないはずはないと思いますが」

「ああ、よく知っている。

 あの爺さん、こっちの足を引っ張ってくれてるからな」

「彼についての情報が欲しい。

 彼はいま、ロスペイルに追われています。

 状況から考えて、オーバーシアが関わっている可能性は高い」


 使えるものは何だって使ってやる。

 例えそれが、市長だったとしても。


「任せろ、虎之助くん。

 キミたちが手に入れられないものを手に入れて来てやるよ」


 ……市長軍からはあっさりと解放された。それどころか自分の足で施設の外に出る許可さえももらえた。『ハイ』と言わなかった時どうなったか、少し背筋が寒くなった。


「もしもし、エリヤさんですか?

 ええ、こっちは大丈夫です。心配を掛けました」


 僕はすぐにエリヤさんに連絡を取った。市長からは口外しないように言われているが、勘のいい彼女のことだ。すぐ気付いてしまうだろう。


「それで、どこに集合しますか?

 事務所、完全にやられちゃったじゃないですか」


 コンバットがこれでもかと言うほどボコボコにしてくれたし、爆発四散痕の残った場所で仕事をする気にもなれない。回収すべきものは色々あるだろうが、いまはあそこに近付かない方がいいだろう。余計なことを聞かれたくはなかった。


『ああ、それなら私の部屋に集まっているよ。

 キミも来るといい、場所は……』


 エリヤさんからだいたいの場所を聞き、僕はそちらに足を向けた。そこはサウスエンドの開発地域近くにあるということだった。近くにマーセルもある、寄って行くか。


「……うん、大丈夫。ただの仕事。ただの仕事だから大丈夫……」


 僕は心を落ち着けようとした。

 いつだろうと、女性の部屋に行くというのは一仕事だ。


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