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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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11-死に際の懺悔

 最近よくここに来るな、と思いながら僕は病院を見上げた。まあ、シティに闇医者や診療所多数あれど、高度医療が行える病院はここくらいしかないので仕方ないのだが。ICUの前に直行した。エリヤさんが壁に背を預け、イライラと爪先で地面を打っている。


「おお、虎之助くんか。

 パッセリーノ氏はこの中だ、いま集中治療中」

「助かるんでしょうか、彼は。

 ユキに聞きましたけど、危険な状態なんですよね」

「ショック症状を起こしていたから、蘇生するかどうかはよく分からん。

 さて、それじゃあ外で待っているよ。

 いい加減煙草を吸えなくてイライラしているんだ」


 そう言ってエリヤさんは出て行った。イライラしているのは煙草のせいだけではないだろう。僅かに残った手掛かりが死んでいこうとしているのだから。


「エリヤさんから軽く事件のことは聞いていたけど……

 まさかこんな」

「よくあることだよ。人死にも、犯罪もね。

 ごめん、ユキ。巻き込んでしまって」

「いいんだよ、兄さん。ボクの方から関わりたいって言ったんだから」


 ユキは強い。

 こんな状態なのに、僕のことを励まそうとしてくれているのだから。


 20分くらい取り留めのない話をしていると、『手術中』のランプが消えた。僕はユキにエリヤさんを呼んでくるように頼み、そこで待った。すぐに看護師が出て来た。


「あの、パッセリーノさんは大丈夫なんですか?」


 僕が問いかけると、看護師は目を伏せて顔を横に振った。

 クソ、これで振り出しか!


「パッセリーノさんはもう助からないでしょう。

 彼もそれが分かっているんです。

 最後にあなたたちに言っておきたいことがある、と」


 マリオ=パッセリーノの最後の言葉? 彼の命が危ないのは分かっている、だがなぜ僕たちにそれを伝えようとする? 単純に僕たちが一番近くにいるからだろうか?


 僕は手術室の隣、控室に通された。ストレッチャーに寝かされたパッセリーノ氏が僕を見上げて来た。ピンと天を向いていたカイゼル髭は、いまや力なく下を向いている。彼は僕を手招きした。死神にあの世まで案内されているような気分になって来た。


「わ、たしの家に、踏み込んできた、探偵たちと言うのは、お前だな?」

「ええ、あなたのではなく女学生のものでしたが……僕たちに何か?」


 彼はプルプルと震えた手つきでポケットからメモを取り出した。


「彼を、セルゲイを……セルゲイ=グラーミンを、守ってやってくれ……」

「誰だって? セルゲイ=グラーミン? そいつはいったい何者なんだ?」


 いきなり知らない名前が出て来た。彼は僕の質問が聞こえていないのだろう、そのまま話を続けた。とりとめがなく、酷く聞き取り辛い話だった。


「彼と私はかつてのつっ、罪を共有している。

 共有こそが成功の道筋だったんだ。

 私たちの間で罪が完結すること、それが条件だったんだよ。

 だから私たちはその条件を受け入れたんだ。

 だが、あっ、あいつ。あいつが、妙な探りを入れて来やがるからッ……!」


 パッセリーノは焦点の合わない目で僕の顔を見た。

 彼の表情が驚愕に変わった。


「お前は……! いや、まさか、そんなはずはない!

 どうして、どうしてそんな!」

「どうしたんだ、パッセリーノさん。僕の顔に何か付いているのか?」

お前はあの時殺したは(・・・・・・・・・・)ずの(・・)!」


 パッセリーノは真剣そのものだった。


 殺した? 僕を?

 バカな、ただの見間違いか、他人の空似に決まっている。

 だが、その表情は真剣そのものだった。


 僕が声も出せずにいると、パッセリーノの体が大きく痙攣した。ショック症状だ、慌てて看護師と医者を呼んだ。彼らは瞳孔のチェックや注射、点滴の注入など、出来る限りの処置を施した。だが、すぐにそれは無駄なものとなってしまった。


「残念ですが……お亡くなりになりました」


 なんてことだ、事件の核心に関わる重要な証人だったというのに。少し遅れてクーとエリヤさんが入って来た。僕は二人を部屋の外に押し出し、病院を後にした。


「チッ、パッセリーノの野郎が死んじまうとはな。

 とんだ無駄足だったわけだ」


 不機嫌に煙草を咥えながらエリヤさんは言った。お爺さんのことが関わっているとはいえ、荒れ過ぎだ。とはいえ、僕としても似たような心持ちなのだが。


「完全に無駄ってわけじゃないと思います。

 死ぬ前に、パッセリーノが言っていたんですよ。

 セルゲイ=グラーミンを守ってくれって。

 誰だかは分かりませんが……」

「セルゲイ=グラーミン? あのセルゲイか……なるほど、これは」


 僕は名前を聞いても分からなかったが、エリヤさんには心当たりがあったようだ。


「勉強不足だなァ、虎之助くん。

 ニュースを見ているのにセルゲイの名を知らんのか?」

「ニュース? いえ、ちょっと待ってください。あれは、確か……」


 言われてみれば、何となく聞いたことがある気がする。

 あれは何のニュースだったか。


「セルゲイ=グラーミン、市議会議員だ。

 16期連続当選をこの間果たしたばかりだろ」


 そうだった。このまま順調に行けば生涯議員でいるのではないか、と目されている古老だ。しかしセルゲイと二人とではかなり年齢が離れている。まさか知り合いだったとは。


「まさに盲点だったな。

 対等な関係だと思っていてはセルゲイには辿り着けない」

「パッセリーノと村上は、セルゲイに使われていたってことですか?」


 彼らがネンゴロ関係にあったというより、そちらの方が信憑性がありそうだが。


「二人がセルゲイの舎弟だったか、あるいは親方と関係があったのか。

 それは分からんし重要ではないが、三人は繋がっていた。

 セルゲイなら二人の仲介が可能だ」


 セルゲイ=グラーミンは都市警察機構上がりの議員だ。いまでこそ市長軍の権限が拡大されているが、平時であれば警察の方がより多くの事案を任されることになっている。


「あいつなら公示価格を知ることも、どこを買い上げるか知ることも容易い。

 インサイダー情報を流し、買い取らせ、探って来たものを始末させる。

 そしてリベートを受け取る……

 こうして見てみると、ごくごく単純な官民癒着事件と言う風情だな」

「そこにどうして、朝凪さんが関わったのか……そこに鍵がありそうですね」


 僕は朝凪幸三氏と直接であったことはない。だが、聞いていたスタンスは僕のそれとそれほど変わらないもののように思える。人間の犯罪には深く関わらず、裁きは司直の手に任せる。もしすることがあるとするならば、それは協力することくらいだ。


「さあな、爺さんが死んだ理由はまだ分からん。

 セルゲイに聞くしかあるまい……」


 そう、これ以上は想像しても仕方がないことだ。分かっていることと言えば、彼が関わっていることと、放っておけばローチに殺されるということくらいだ。疑問に答えてもらえるかは分からないが、しかしセルゲイを守ることは秘密に肉薄することに繋がる。


 僕たちは事件の調査を再開した。

 パッセリーノの最後の言葉については、伏せておくことにした。

 あの意味を考えるのは、僕だけで十分だろうから。


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