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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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11-黒色のコンバット

 僕の放った右フックがローチに受け止められ、ローチの放った掬い上げるようなアッパーを僕が受け止めた。互いの手首を取り、組み合った。僕とローチの視線がかち合う。


 と、同時にローチの腹にあった複腕めいた飾りが動いた!

 本物の腕だったのだ!


「イヤーッ!」「グワーッ!?」「イヤーッ!」「グワーッ!」


 4本腕の攻撃を受け、エイジアの装甲がひしゃげた。僕が狼狽した一瞬を見計らい、ローチは鋭い前蹴りを放つ! 胸部装甲を打たれ、僕はたたらを踏んだ。


「いまの一撃で倒れぬとは……

 しかし、その傷ではそれ以上は動けまい!」

「動けるとか、動けないとかそんなの関係ない!

 お前を止めるか止めないかだ!」


 僕は叫び、ローチを睨んだ。

 ローチは一瞬視線を逸らすが、しかしすぐに構え直した。


 その時、エリヤさんの叫び声が聞こえた。ローチが振り向き、そちらを見る。パッセリーノを抱えたエリヤさんが飛び出したのか? ローチは掌を地上に向けるが、しかし影から飛び出してくる影があり! 緑色の戦士、アストラ! すなわちユキだ!


 ユキは両腕から伸びたブレードを振り上げ、全身のバネを使い振り下ろした。ローチはそれを紙一重の側転で回避、降り立ち追撃を行おうとしたユキを、虫の群れが襲った。


 虫の力ではアストラの装甲を貫くことは出来ない。だが、ヘルムの前に群がった虫が視界を塞ぎ、周囲を飛び回る羽虫が集中力をかき乱す。ローチは跳び上がり、空中から踵落としを繰り出す。ユキは寸でのところでそれを防ぐが、しかしローチは掲げられたガードを蹴り跳躍。ユキの背後を取り、首を刈り取る強烈な蹴りを放った!


 そこに僕はインターラプトを仕掛けた。叩き込まれた蹴りを手甲でガード、続けて繰り出された二段目の蹴りも防いだ。左手に電熱剣を生成、二撃目の蹴りを防がれ、体勢を崩したローチに向けて振り上げた。だがローチは異常な柔軟さでそれを避ける。


「厄介な力だ。貴様らはロスペイルではないようだが……」


 ローチは連続バック転で距離を取り、僕たちに問いかけた。

 答えはしない。


「いずれにしろ貴様らはここで倒す。そしてあの男を追う。そして、殺す」

「なぜそこまであの男に殺意を向ける? 目的は、あいつへの復讐か?」


 ローチは答えなかった。図星を突かれた、ということだろうか。


 ローチはためを作り、そして飛びかかって来た。槍めいた姿勢で繰り出される音速の蹴り。手甲で受け止めたが、しかし衝撃を殺しきれず僕は吹き飛ばされた。その脇からユキがローチに向かって襲い掛かる。


 ローチはすぐさま着地し、それを容易く受け流す。流水めいて滑らかな動き、おぞましい姿だが美しいとさえ感じてしまう。しかし、内から外へと受け流すあの動き、どこかで見たことがあるような気がする。僕は体勢を立て直しながら着地、二人の攻防を見た。マズい、ユキが焦れて来ている。


 ユキは右手を弓のように引き絞り、放った。

 強力だが読みやすい、単純な一撃。ローチは右手で手首を取り、左手で腰の辺りを掴んだ。そして自らの体を捻り、投げる! ユキは自らの運動エネルギーとローチの捻りによって容易く宙を浮き、背中から屋上に叩きつけられた。着地点に蜘蛛の巣状のひび割れが生じ、ユキが悲鳴を上げた。


(そうだ、あの動き警察格闘の……!

 そう、確かジュドーだとか……!)


 本来は相手を傷つけずに制圧するための技術だ。ローチはそれを殺すために使っている。呻き、意識を途切れさせかけたユキの頭部に、ローチは足を振り上げる。


「させるか、ローチ!」


 背部にスラスターを生成、装甲を極限まで薄くし推力を生み出すための燃料と成す。すべてはユキを救うため。僕の体が凄まじい勢いで前方に打ち出された。


 ローチは舌打ちし、クーデグラ・ムーブを中断。サイドキックで僕を牽制した。僕は短い跳躍でそれを回避、ローチの胸板に蹴りを叩き込む! ローチはたたらを踏むが、しかし浅い。蹴り足のウェイトが減っているせいで十分な衝撃を生み出せない!


「邪魔をするな、小僧!」

「弟が殺されかかってるのに、止まれるかってんだよ!」


 着地と同時に3本の腕が僕に向かってくる。複腕をも解き放ち、ローチは完全攻撃態勢に入る! 攻撃のスピードはともかく、密度は桁違いにローチの方が上。6本腕の連続攻撃に、僕は次第と追い込まれて行った。


「兄さん!」


 昏倒状態から回復したユキが叫ぶ。僕は全身のスラスターを分解し、装甲を元に戻した。そしてローチの攻撃を鎧で受け止める。装甲再展開に気を取られ、一瞬動きを止めたローチを弾き飛ばし横に転がった。ユキが腕を向ける。


 拳の部分から何かが打ち出された。ローチはそれを防ごうとするが、しかしその内一発が脇腹に突き刺さった。外骨格を貫き、ヒビを入れる。ローチは鼻で笑った。


「この程度の威力で、俺を殺せるとでも本気で……」


 そこで言葉を切った。傷口から茶色い触手めいたものが這い出て来たことに気付いたようだ。ローチはそれを掴み、引き抜いた。肉体に根付きかけていたそれを引き千切ったため、凄まじい痛みがローチを襲う。さしもの敵も絶叫を上げた。


「これは……樹木!?

 バイオプラントの種子を打ち込んで来たのか!?」


 アストラに備え付けられた力、僕たちはこれを『生命の樹』と呼んでいる。打ち込まれた種子は相手の肉体、あるいは地中成分を養分にして急激に成長していく。荒廃環境を回復するために作られた力だろうが、欠点が一つある。何にでも根付く代わりに、生命力が極めて弱いのだ。古代人はこれを戦闘に転用することを思いついた。戦慄すべき発想力。


 脚部に装甲を集中させ、ローチに回し蹴りを繰り出した。生命の樹にエネルギーを吸われたローチの反応は、一瞬遅れた。胸板に高速、大質量の蹴りを打ち込まれ、ローチは気色の悪い色の液体を撒き散らし、内臓をグチャグチャにしながら飛んで行った。


「まだ、だぁっ!

 私は、こんなところで、死ぬわけにはいかんのだァーッ!」


 だがローチは生きていた。背中の羽根を小刻みに動かし、低周波音を立てながら飛んだ。僕たちはそれを追おうとしたが、いつの間にかあたりに展開していた虫が行く手を塞いだ。一瞬足を止められ、それを突破する頃には、ローチは姿を消していた。


「やられたな……

 あのダメージなら、動き回ることは出来ないだろうけど」

「そうだね。

 あとはエリヤさんが、パッセリーノさんを病院に送るだけ……」


 ユキは苦し気に呻いてうずくまった。ウェアラブル端末にコードを入力し、変身を解除。ダメージを受けたというだけではない、色濃い疲労が見て取れた。

 これは生命の樹を発動したことによるだろう。持続時間の短い生命の樹を長時間維持するために、アストラは生体アンプルと呼ばれるものを血中成分から生成するのだという。もちろん、アンプルの濃度を高めれば高めるほど血は失われて行く。ユキは貧血に苦しんでいるのだ。


「ほら、ユキ。行こう」


 僕はユキの前に座り、背中を出した。

 ユキは薄く微笑み、僕の背にしがみついた。


「……子供の頃、兄さんによく背負ってもらったね。懐かしいや」

「今も昔も、変わりはしないさ。僕にとって、ユキはユキだからさ」


 ちょうどエリヤさんから連絡が入った。

 彼女は無事に病院まで辿り着いたようだ。


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