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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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11-毒持つ虫たち

 パッセリーノ氏は途中でヤクザリムジンを乗り捨て、徒歩でウェストエリアに向かった。そこまでは監視カメラの映像に残っているが、そこから先は発見出来なかった。ウェストエリアは強固なセキュリティを敷いており、また通常のネットワーク回線から隔絶している地域がある。僕たちがこれから向かう、高級学生寮などその典型的な場所だ。


 情報はここで握り潰され、警察でさえも手に入れることが出来ない。だから、僕たちは昔ながらの手法でやらざるを得なくなる。つまり、足で稼ぐということだ。


「この辺りに来るのは久しぶりだな。

 相変わらず、気持ちがよくない光景だ」

「こういう景色でリラクゼーションを得られる人の気持ちはよく分かりません」


 僕とエリヤさんはため息を吐きながら、不自然な自然の中を進んで行った。待ち合わせをしていたユキを探し、キョロキョロと周囲を見渡す。壁にもたれかかり、あちらも辺りを見回していた。小さなバッグを両手で持つ仕草が、何となく可愛らしく見えてしまう。


「お待たせ、ユキ。悪いね、試験時なのに呼び出しちゃって」

「ううん、いいよ兄さん。ボクもちょっと気分転換がしたかったからね」


 もしかしたら気分転換にはならないかもしれないな、と思いつつもそれを飲み込んだ。敷地内のセキュリティはしっかりしているが、学生ならば苦も無く侵入することが出来る。エイジアの力を使えばその程度のことは容易いが、しかしやはり正規のルートで入っておいた方が面倒がなくていい。市長軍を呼ばれると面倒なことになりかねない。


 学生証を見せると、厳めしい顔をした警備員は入るように促してくれた。僕たち学生でない人間も入れてくれたので、結構弛んでいるのかもしれない。


「さて、どこにいるのかな?

 えーっと、週刊誌のアングルから考えると……」


 この棟から出て来たのはすっぱ抜かれているが、どこから出て来たのかはいまいち分からない。プライバシーに配慮して顔が隠されているので、彼女が誰かも分からない。


「あ、見て兄さん。肩章が付いているよ、制服に。

 これって確か高等部3年生のだよ」

「そうなのか? なら、3年生の棟を探してみるとしよう。えーっと……」

「そんなものを探さなくても、場所を特定出来るかもしれんぞ。

 見てみろ、虎之助くん」


 そう言って、エリヤさんは白い壁を指さした。

 黒い線が伸びている……否、違う! これは虫だ。

 虫が列をなして壁を這い回っているのだ! そしてその先には……


「ッ! あそこから侵入したのか!

 ユキ、エリヤさん、行きましょう!」


 僕は血相を変えて走り出し、階段を上った。最上階である3階にある角部屋、扉を押してみるがチェーンが掛かっている。緊急避難だ、僕はチェーンカッターを取り出した。掌大のカッターで、小さい刃だがそれなりに太いチェーンを切ることが出来る。


 扉を蹴り開け、奥の居間に。窓からは虫が室内に侵入しており、それが人に纏わりつき、まるでモザイクが掛かっているような状態になっている。パッセリーノ氏か、と思ったが違った。いまに踏み入った時、パッセリーノはダイニングで震えていた。ピンと張ったカイゼル髭、深いクマの刻まれた目元、不自然な頭髪。間違いない。


「んんっ……? 何だ、貴様らは。

 退け、邪魔だ。そいつの前に立つな……!」


 おぞましき虫のロスペイル。キチン質の外骨格に身を包んだゴキブリめいた姿をした怪物だった。本物の虫と違って複腕はなく、腹に図柄として刻まれているだけ。赤いぎょろりとした目が僕たちを睨む。それを真正面から受け止め、キースフィアを取り出した。


「エリヤさん、そいつを頼みます。僕はこいつを倒す!」

「小僧! 邪魔立てをするなら子供とて容赦はせんぞ!」


 ローチロスペイルが掌を僕に向けた。すると、羽虫と地虫が僕に向かって来る。キースフィアをバックルに挿入し、変身。全身に赤熱機構を転移させ、一気に加熱した。熱に煽られ虫たちは僕に近付くことさえも出来なくなった。


 僕は踏み込み、虫を押し潰しながらパンチを放った。ローチはそれを両手で受け止め、後退跳躍。開いた窓からベランダに移り、柵を蹴って屋上へと上がった。逃げる気か。


「逃がさん! エリヤさん、そいつのことは頼みましたよ!」


 僕も柵を蹴り、屋上へと向かった。戦うために!


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「ハァーッ! ハァーッ!

 何だ、何なんだ、あいつは! い、イカれてる!」

「そうだな、イカれてるな。

 あんな化け物に追い掛けられる心当たり、あるんだろ?」


 両手を床に突き、真っ青になったパッセリーノの肩をエリヤは優しく叩いた。パッセリーノは狼狽しており、気の毒になるほど驚きながらエリヤの方を見た。


「こっ、心当たり!? そ、そんなものあるはずがない!

 私は善良な市民だ!」

「その善良な市民が、事務所からいったい何を持ち出したんだ

? 現金を放り出すほど急いでいても持って行かなければいけないものが?

 そして、それはいまこの場にはないんだろう?

 どこにやった、どこに持って行った? あるいは渡したのか?」


 パッセリーノは悲鳴を上げた。

 エリヤの両目に籠もった力はそれほど恐ろしかった。


「え、エリヤさん。パッセリーノさんも怖がっています」

「……っと。ビビらせるのは本意じゃなかったんだ。

 すまんなァ、パッセリーノさん」


 エリヤの表情は尚も恐ろしい。その緊張をユキがほぐした。自覚無き『いい警官と悪い警官』メソッドだ。パッセリーノの鼓動は次第に落ち着いて行った。


「あんたは事務所の金庫から何かを持ち出した。

 そしていまは、その何かを持っていない。どこにやったんだ?

 あんたが持ってきたものはいったい何なんだ?」

「言えない、言えるわけがないだろう」

「言ってくれなきゃアンタを守ることが出来ない。

 想像はついている、アンタが村上と組んでやって来たことの記録だ。

 それが露見すれば、アンタは社長としての地位を失ってしまう。

 だからこそ、アンタは隠した。いったいどこに隠したんだ?」

「想像出来るだって? いいや、出来やしないさ。

 お前たちは何も分かっちゃいない。あれは悪魔との契約だったんだ……

 俺は、もう二度と引き換えせオゴッ」


 パッセリーノの体がいきなり痙攣した。服のふくらみに、エリヤは気付けなかった。スーツを強引に引き千切ると、そこにはパッセリーノに噛みつく何体ものムカデがいた。


「クソッ、こいつら!」


 ムカデを肉ごと引き千切り殺害。だがアナフィラキシーショックを引き起こし、パッセリーノは口から泡を吹いている。いまから救急車を呼んだところで、間に合うかどうか。


「ユキ、私はこいつを手近な病院に運ぶ。

 虎之助くんを手伝ってやってくれ……!」


 エリヤはパッセリーノを背負った。ユキは頷き、腕に纏った装着型(ウェアラブル)コンピュータ、アストライバーのセキュリティ解除コードを入力した。『WAKE UP』の機械音声とともにセキュリティの解除されたドライバーに、ユキはキーカードを通す。


「変身!」


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