10-刺し貫く
朝ニュースを見た時から、不安があった。
『西地区七番街で市長軍所属2名死亡、現在も犯人は逃走中』。二人とも即死であり、懸命の捜査にも拘らず犯人の影も掴めていない。片倉さんからも連絡があり、異常な死に様であるということでその情報は僕の耳にももたらされた。一人は一撃で首を刎ねられ、もう一人は首を噛み千切られていたらしい。
首を噛み千切る。ロスペイルの仕業だろう。しかも、現場にはもう一人分の血痕も残されていたそうだ。出血量からして適切な処置なくば死んでいるだろう、ということだ。弾痕が残されていたことから、兵士が撃った銃の流れ弾に当たったのだろうとも。
血液の情報はデータベースには残されていない。つまり、犯罪者のものではない。何故か僕の脳裏には、御桜さんの姿が浮かんだ。バカな、まさか、そんなはずはない。僕は想像を振り切るべく、事件のあった現場へと向かって行った。
「また来やがったか、小僧っ子!
邪魔だけはしねえようにしてくれよ!」
鑑識官の怒声に竦み上がりながらも、僕は必死で手掛かりを探した。もちろん、プロの捜査官が探しても見つからないものを、僕が見つけられるはずなどない。
『その辺は監視カメラも少ないからなぁ。
すまんが、ウチも手を付けられんで』
「いえ、ありがとうございますエイファさん。
そちらの調子はどうですか?」
いま僕たちは並行して依頼を抱えている状態だ。イーストの港湾地区で頻発していた失踪事件の捜査だったのだが、そちらの方はどうということなく終わりそうだ。
『ま、単なる家出ってことで決着が付きそうやな。
そっちに行かせた方がええか?』
「いえ、そちらでもお祭りがあるんでしょう?
楽しませてあげてください」
ノースで行われていたものと比べれば粗末だが、あちらでも祭りがあるらしい。サウスエンド開発がようやく竣工開始にこぎつけたため、それを祝うのだそうだ。市長も参加するし、父さんやユキたちも向こうに向かうことになっている。勝手な願いだが家族を守ってほしいと思ったし、彼女たちもそれを受け入れてくれた。
『しかし、あんたがおらんでええんかいな?
親父さんとは和解したんやろ?』
「ええ、それはそうなんですけど……
何だか胸騒ぎがするんです。必ず行きますから」
そう言って僕は通話を切った。考えろ、最悪の可能性を避けるためには何をすればいい? そう考えて、僕は身勝手だが御桜さんに連絡してみることにした。彼女が出てくれればそれでいい、少なくとも『僕にとって』最悪の結果は避けられる。
だが……いくらコールしても出ない。電波が通じないだとか、留守電になっているとか、そう言うのではなく繋がらないのだ。否応なく不安は増幅していく。
「エイファさん、お願いがあるんです。
いまから言う番号のGPS情報を探してほしい」
『なんや、いきなり……しかも、この番号カタギのやつやんか。
何なんや、ホントに』
エイファさんはぶつくさ言いながら、僕のお願いを聞いてくれた。しばらくして、僕の端末に位置データが送信された。そこは、イーストの一角だった。もちろん、学生でありノース住まいの彼女が近付くような場所ではない。僕は矢も楯もたまらず駆け出した。
20分ほどの時間をかけて、僕はGPSが示した地点へと辿り着いた。そこにあったのは旧世代の打ち捨てられた教会だった。かつては信仰の砦であったのだろうが、いまは見る影もない。窓ガラスは割られ、薄汚れ、シンボルさえ真ん中あたりで折れている。
そこから人の気配がした。光が漏れ、コーラスが聞こえて来た。意味も分からぬコーラスが。僕は扉を押し、中へ入った。異様な熱気が僕に伝わって来た。
十余名の信者と思しきローブ姿の男女が跪き、印を作り禍々しい聖歌を歌っている。聖母像は打ち壊され、聖人の像にはハープーンが撃ち込まれている。信仰心を持たぬ人間でも、あまりの有り様に顔をしかめるだろう。彼ら以外の人間は。
「何だ、貴様!?
神聖なる修道院に土足で踏み入って来るなど……」
司祭は目を剥き僕に怒声を浴びせて来た。
ひるまず突き進んで行く。
「女性がいるはずだ。浚って来た女性が。返してもらおうか」
僕はキースフィアを取り出した。
司祭の表情が驚愕に染まった。
「それは! 貴様、まさか噂の死神……エイジアなのか!?」
「死にたくなかったらそこを退け。変身!」
僕はエイジアへと変わった。
司祭は嗜虐的な笑みを浮かべ、僕を怒鳴りつけた。
「黙れ! わざわざこちらに来てくれるとはな!
異端の死神め、我らは死を超越せし究極の生命なり!
万物の理を侵すその暴虐、神が許さぬと知るがいい!」
司祭の体が鈍色の金属へと変わり、両手の甲から鋭い鉤爪が伸びて来た。名を冠するならスクラッチロスペイルと言ったところか。修道士たちも衣を脱ぎ捨て銃を抜く!
「貴様を殺し、私は神から祝福の言葉を賜るんだよォーッ!」
「やれるものならやってみろ、化け物! 殺してやる!」
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礼拝堂が騒がしい。
どうやらエイジアがここを突きとめたようだとクラークは思った。
「さて、如何ほどの力を持っているのかな。少し興味はあるが……」
クラークは手術台で横たわる少女、御桜優香の髪を優しく撫ぜた。傷は既に塞がっており、危険な状態は脱している。負傷からまだ日が経っていないにも拘らず、だ。
スクラッチロスペイルは5分と保たぬだろう。そう思っていたところで、礼拝堂とこことを隔てる分厚い扉が破られた。クラークの動体視力と反射神経は、何が扉を破ってきたかを完全に見抜いていた。スクラッチだ、両腕の爪は丁寧に折り砕かれている。
「イィィィィィヤァァァァァァァーッ!」
聞き覚えのない気合が聞こえて来たかと思うと、スクラッチの喉を鋭い刃が貫いた。そしてスクラッチを貫きながらも、勢いを減じず突き進んで来る! 奥にいる敵をも串刺しにするつもりだ!
しかしながらクラークは、右手を天に、左手を地に向ける不可思議な構えを取った。天から地へ、地から天へ。回転に巻き込まれたスクラッチは方向を90度変え、床に叩きつけられた。そして爆発四散。
「思っていたより早かったな、エイジア。
90秒と保たなかったとは」
彼の言葉に答えず、エイジアは室内に踏み込んで来た。
挨拶を交わす義理はない。
「彼女を返してもらおう。そして、お前たちには警察に自首してもらう」
「もちろん、分かっているよ。彼女はお返しする。
ただ、治療が必要だったのでね」
エイジアは怪訝そうに聞き返して来た。
クラークの言葉の想像になかったものだ。
「……なぜ彼女をさらった?」
「偶然だよ。だが、彼女が偶然にも撃たれてしまった。
我々は命を大切にしている」
「あれだけの人を殺しておいてか?
何人貴様らの犠牲になったと思っている……!」
「心を痛めているんだ、実際ね。
私たちは救いをもたらしたいがその障害は意外に多い」
クラークはエイジアに道を譲った。エイジアは警戒を解かず、優香に近付いて行った。彼女の呼吸を、心音を確認し、生きていることを確かめ、安堵した。
「帰りましょう、御桜さん。
心配している人が、たくさんいますから」
エイジアに抱きかかえられると、彼女は目を開いた。エイジアは気付いていただろうか? 御桜優香の瞳、それが怪しく、血の色に輝いたということに。
優香は右手を上げた。メキメキと音を立てて変形し、太く、力強く、毛むくじゃらなものに変わった。先端には鋭利な爪が付いている。エイジアは事態を飲み込み切れず、呆然としていた。
素早い突き込みに対応出来ない。鮮血が舞った。




