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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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09-地下実験場

 爆発炎上する処理場内、作業員たちでさえ消火作業に駆り出され、有毒物質が放出されたとやかましく警報が鳴り響く。僕は物陰に隠れておくへと進んで行った。


「アーッ! どうして、なんでこんなことになってんだよ!」

「ば、爆発には細心の注意を払っていました!

 こんなことになるはずは……」

「実際になってんだよ、バカ! どう責任取るつもりだ、テメーッ!」


 現場監督と思しき逞しい男が、他の作業員を殴りつける。かわいそうに、彼らのキャリアパスにも重大な影響を及ぼしてしまったに違いない。早くこれを終わらせなければ、あんなことがなくてこの工場は終わりだと、そう知らせてやらなければならない。


 とにかく、施設の中に入らないことには話にならない。

 僕は辺りを見回した、するとオニキス社のトラックが見えた。それは人気のない建物の前に止まっている。幸いなことに、物資搬入用のシャッターは開いていた。あの騒ぎのせいだろう。


「ありがとうございます、エリヤさん、クー。

 ちょっと行ってみるか……」


 僕はなるべく物音を立てないようにして進み、搬入口に滑り込んだ。念のためにシャッターは締めておく、トラックのコンテナ内にはもう何も残っていなかった。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 ちょっと探してみようじゃないか」


 僕は振り返り、辺りを見回した。がらんとした空間がある。産業廃棄物処理場とは思えない、清潔感の漂う空間だ。まるでゴミなど置かれていなかったかのようだ。人気もない、じっとりとした汗が僕の背に浮いてくるような、そんな気がした。


 部屋の奥には大型エレベーターがあるが、しかしあれを使うことは出来ない。カードキーを挿入するスロットがあるからだ。階段を探すと、隣に重厚な鉄扉があった。ノブを回してみてもビクともしないので、エイジアのパワーでこじ開けることにした。


「たった一人でこんなところに降りて行くなんて……

 さすがにゾッとしないな」


 エリヤさんたちとの合流を優先すべきだったか?

 いや、あの状況では二人を探すことは不可能だ。この広い処理場、目印もなく探すことは出来ない。ならば、二人もこちらを探し出してくれることに期待しよう。そんなことを考えながら、僕は螺旋階段を降りて行く。近代的な建築物にはどこか不釣り合いな、芸術的な趣のある階段だった。


 どこまでも続いて行く階段を降りて行くと、また分厚い扉があった。こちらも施錠されていたが、施錠は外側、つまりいま自分がいる方向からされていた。侵入者を阻むためと言うよりは、地下から誰も出さないためのものだろう。僕はノブを捻った。


 薄く扉を開き、奥の様子を確かめる。開いた瞬間、鉄錆びた臭いが鼻を突いた。年季の入った赤黒い錆びの浮いた鉄壁、フェンス状の床、まるで貨物コンテナを通路に変えたような趣だった。頭上のLEDライトが接触不良を起こし、バチバチと火花を上げた。


「これはいったい……

 この前の地下構造とは、まったく違うものみたいだけど」


 地下都市構造体は僕たちシティの人間の持つ技術では再現出来ないだろうが、ここならば十分に作ることが出来るだろう。ならば、ここは何らかの邪悪な目的を持った人間が作り出した施設と言うことになるのか? 左手にはエレベーター、右手には先に続く一本道の通路があり、奥には重厚な扉がある。慎重に扉を押す、蝶番が悲鳴を上げた。


 この通路では音を消して歩くことは不可能だ。僕は堂々と歩き、キースフィアを手に取った。いつでも戦闘可能な体勢を作り出し、通路の奥へと進んで行く。壁には『納期優先』『神聖な』『神が見ている』と言う警句が貼り出されている。不釣り合いな感覚。


 扉は少しだけ開いていた。

 僕はその奥を見て、そして愕然とした。


 そこには、礼拝堂が存在した。ノースエリアにある旧世代の聖堂ほど、厳かな感じはない。むしろほとんど内装が変わらず、剥き出しの鉄骨が等間隔に立った空間は『礼拝堂』と言うより荷物の集積場と言った方が正しいような気がした。


 だが、ここは確かに礼拝堂だった。木製の長椅子が等間隔に5×2個置かれており、部屋の最奥には祭壇めいたものがある。そこにはシンボルが置かれていた。円の中に十字を配置し、その中心に目のオブジェクトを描いたシンボルが。僕には宗教的知識なんてものは存在しないが、どうにもそれがとても冒涜的なものに思えてならなかった。


「いったい誰がこんなものを……?

 施設庁は、変な宗教にかぶれていたのか?」


 僕は扉を開き中に滑り込んだ。

 室内に気配は感じない、まったくの無人だ。だが、熱気が残っておりどことなく湿っぽい。少し前は人でごった返していたのかもしれない。汗が酸化した、饐えた臭いがする。僕は礼拝堂の奥へと進んで行く。


「このシンボル……

 少なくとも、シティで一般的に信仰されているものじゃないな。

 カルト教団? でも、こんなシンボルを使うようなところは見たことが……」


 シティの宗教者人口はそれほど多くない。神も仏もない世界だとみんなが知っているし、金という一大信仰対象が存在する。とはいえ、宗教的道徳はいまも、特に高齢者の間に行き渡ってはいる。彼らは日曜の礼拝を欠かさず、牧師の説教を聞き、座禅する。


 だが、これほど禍々しいシンボルを使っているところはそうないだろう。中央に置かれた目のシンボルは、汝の行いをすべて見ていると言わんばかりに見開かれている。尊いと思うよりも、恐ろしいという思いが先に立つ。僕は写真にそれを収めた。


 これしかないのか? また周囲を見渡してみると、懺悔室めいた小さなボックスと別の扉が見えた。一度はここを通らないといけない仕組か、面倒くさいな……


 扉を開くと、また代わり映えのしない通路が左右に続いていた。右側にあるのはトイレらしいのでいまは無視しよう。左手には地下へと続く大きめの階段がある。


 僕はそれを降りて行った。降りるにしたがってゴウンゴウンという機械の動作音が聞こえて来る。目的地に近付いて行っている、そう言う感覚があった。階段はまだ続いているが、左手に扉が見えた。僕は内部の状況を確認し、そこに入って行った。


「何だ、これは……!」


 僕が辿り着いたのはガラス張りの部屋だった。内装はここだけ立派なもので、光を反射するリノリウムの床と清潔な白の壁紙が貼られていた。ガラス窓の前には座り心地の良さそうなソファとクリスタルテーブル。灰皿とブランデーが置かれている。


 そして窓の向こう側では……


 冒涜的な実験が行われていた。人の四肢が切り刻まれ、全身が部位ごとに分けられシリンダーの中に納められている。中には生きたまま脳に電極を付けられている人もいる。粗末な手術台が数台並んだ部屋で、それは執り行われていた。


『実験ナンバー19842、細胞移植手術を開始します』


 辞退を飲み込めずにいる僕の耳に声が飛び込んで来た、スピーカーで増幅された声が。緑色の清掃衣を着た者たちが、手術台に横たえられた人間に鈍色の液体を注射している。打ち込まれた者はじたばたと痙攣し、拘束具を破壊せんばかりの勢いで暴れる。体表が一瞬で鈍色に変わった、と思ったら元に戻った。それきり男は動かなくなった。


『心肺停止、失敗です。次は濃度を落して再度実験を行います』


 運び込まれていたものは、これだったのだ。

 実験に必要な、人間。掃いて捨てるほどいる、人間。


 僕は全身が沸騰しそうなほど、激しい怒りに震えた。

 キースフィアを挿入し、変身。

 おぞましき実験場へと飛び込んで行く!


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