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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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09-汚濁より伸びる十三階段

 シティ中から運び込まれてきた重汚染物質はここに集められ、焼却される。有毒物質、医療化学薬品、重工業製品、そして違法犯罪証拠品、人間。ありとあらゆる秘密は深きピットに投げ込まれ、灰すらも残らないほどの高温で焼かれて消し去られる。

 トルニクス産業廃棄物処理場は、シティの闇の一翼を担う施設なのだ。


 中央管制センターはその様を見物するように、処理場の一番高い場所に位置している。全面ガラス張りの部屋からはこの施設の全容を見ることが出来る。


「よく燃えている。クズどもの火葬パーティだ。愉快なもんだぜ」


 その中で一人の男がサメめいた笑みを浮かべた。

 怒髪天を突く、という表現があるが、この男はまさにその通りだ。針金めいて硬い、稲妻を思わせる青白い頭髪のすべてが天を向いている。男は葉巻の先端をチョップでカットし、火をつけた。


 ……『火葬』パーティ。これは決して比喩表現ではない。

 炉の中を見ていただけば分かるだろう。密閉された室内にはそう、人がいるのだ。それも生きている! 彼らはかすかな望みをかけて脱出しようとしたり、ガラスを叩いて打ち破ろうとしている。炉の中に酸素は残っている、じわじわと人を焼き殺すために! 何たる非道か!


 もちろんこれは効率的に燃焼させるためではない。

 彼のサディズムゆえだ。


「大変愉快でございます!

 クルエル様、ありがとう存じます!」


 処理場のオーナー、ミカエル=トルニクスは湧き上がってくる吐き気に懸命に耐えながら、男を称賛した。古めかしいライダージャケットの襟元を正し、クルエルは笑った。


「あの件が露見したら貴様もただでは済まん。

 だが安心しろ、お前を傷つけようとする愚か者はすべてあそこにいる。

 胸のすく様な気分にならんか、エエ?」

「ハイ、大変なります! ありがとう存じます!」


 クルエルは葉巻を咥え、しかしすぐにそれを投げ捨て、立ち上がった。


「足音……小さいのと大きいの、それなりに重い。二人分の足音……」

「クルエル様? い、いかがなさいましたか? な、何かご不満が……」


 男は媚びた笑みを浮かべた。

 その瞬間には、クルエルの姿は彼の前から消えた。




 ……ところ変わって、潜入を成功させたクーデリアとエリヤ。


「……酷い匂いです。

 よく皆さん、こんな環境で働いていられますね……」

「トルニクスは給料の払いが悪くない。

 生活の苦しい人々は、嫌でもやらなきゃならん」


 物陰に隠れ、二人は慎重に当たりの様子を伺った。この辺りは人体に有害なガスがどうやっても発生するため、人間の立ち入りは禁止されている。その代わり、このエリアは高度に機械化されている。だからあまり二人は人目を気にせず動いた。


「それにしても、ここでいったい何をしているんでしょう?

 さっきから熱いですけど」

「さてな、バーベキューパーティでもしてるんじゃ……シッ!」


 エリヤはクーデリアの口元を押さえ、影深くに身を沈めた。焼却炉の赤に染まった男が現れたのだ。古めかしい革製のライダーズジャケット、すり切れたジーンズ、天を突く髪。少なくともエグゼクティブの類ではないことはエリヤにも分かった。


「隠れていても無駄だぞ。俺は鼻が利くんだ……

 お二人さん、さっさと出てこいよ」


 ハッタリではない、確信があっての言葉だ。

 エリヤとクーデリアは諦め出て行った。


「やあ、すまないね。

 道を間違えてしまったんだが、外にはどう行くんだい?」

「検問を通り抜けておいて、よくもまあぬけぬけとそんなことが言える。

 貴様らの肝が据わっているのは分かったが、しかしやり過ぎだ。

 来てはいけないところに来てしまった」


 男は葉巻をエリヤに向けて投げつけた。エリヤは二本の指で葉巻をキャッチ、横に投げ捨てた。クルエルはヒュウと口笛を吹き、そして変身した。全身が光に包まれる。


 重汚染環境適応スーツめいた、ずんぐりとした肉体が特徴的なロスペイル。背中には二本のボンベを背負っており、それぞれが肘あたりから伸びるチューブと繋がっている。屋敷で見たスモークロスペイルに似ている、そうエリヤは思った。


「悪いがここで消えてもらうぜ、お嬢ちゃん。

 ここに忍び込んだことを後悔して――」

「そうかい、出来るもんならさっさとやってみるがいい」


 クルエルが口上を口にした時には、エリヤは既に刀の柄を持って走り出していた。回避は不可能、クルエルは防御を選んだ。硬質化した左腕を立て、刀を受け止めた。エリヤは打ち込んだ反動で反転、勢いを付けた後ろ回し蹴りをクルエルに繰り出す。


「グワーッ!? ぐっ……やるじゃねえか、お嬢ちゃん」


 右手で腹を押さえながら、クルエルは言った。動揺されないのも久しぶりだ、とエリヤは思った。普通のロスペイルは、常人であるエリヤが戦うと大抵狼狽するからだ。


「ここで何をしている、化け物?

 答えてくれるのならば、楽に殺してやろう」

「殺す? 貴様が俺を殺す?

 ナマ言ってんじゃねえぞ、お嬢ちゃん!」


 クルエルの右手からドロドロした黒い液体が現れた。エリヤは反射的にバックステップを打った。クルエルは掌をエリヤに向け、そして汚濁を放った。エリヤはそれを刀で弾く、何らかの芯があるようで、攻撃を防ぐことには成功した。しかし。


「これは……!」


 刀の表面から白煙が立ち上り、そして真ん中あたりから折れた。折れたというよりは溶けたという感じだ、水球の当たった壁も同じように溶け始めている。


「ワッハッハ! 得物を失った人間など俺の敵ではないわ!

 誰を敵に回したか分かっておろうか、エエ!

 このトキシック拳は無敵なんだよォーッ!」


 汚染(トキシック)ロスペイルは踏み込んだ。爆発的な加速を腕に乗せ、拳を振るう。エリヤは後退し連打をやり過ごす。相手の汚染物質が如何なる性質のものか、完全には分からない。だがあの汚濁に素手で触れるのは自殺行為と言うほかない。


「エリヤさん、危ない!」


 クーデリアは二つの攻撃ユニットを展開、ガトリングガンを放った。クルエルは攻撃を取りやめ、左腕を掲げた。そして汚染物質を薄く広く、己の体の前に壁の如く立ち上らせる。汚濁の障壁に命中した弾丸は溶かされ、本体にぶつかり砕けて消えた。


「肉も鉄もこの俺に勝つことは出来んわ! イヤーッ!」


 逆方向から回り込もうとしたエリヤを、クルエルは汚濁を纏った腕で牽制した。腕を振り回す度に飛沫が辺りに飛び散り、周囲の物体を焼き溶かす。エリヤはそれを辛くもかわす。


「実力差が分かったか、エエ!?

 そして俺は用心深い男なのだ!」


 ブガー! ブガー!

 警報パトランプが激しく回転した。ほとんど同時にツナギ姿の作業員たちが現れた。彼らは一様に目に光を宿しておらず、虚無的に二人を見た。彼らの体が光に包まれ、そして変身した。ロスペイルへと。


「やはり、量産型ロスペイルを製造しているのはこいつらで間違いなさそうだ」

「ど、どうするんですかエリヤさん? こ、こんな数どうやって戦えば……」


 二人は背中を合わせて周囲を睨んだ。

 だが刻一刻と包囲網は完成しつつある!


「……クーちゃん、あれだ! あそこにミサイルを撃ち込んでくれ!」


 エリヤが指さしたのは、バイオハザードマークの刻まれたドラム缶の山!

 クーデリアは逡巡することさえなく、ミサイルを撃ち込んだ。着弾点で爆発が起こり、そしてドラム缶に詰められていた可燃性物質が燃え上がる! 一つでは終わらず連鎖反応的に!


「グワーッ!?」


 爆発と衝撃、そして有毒ガスによって彼らは視界を塞がれた。その隙に、エリヤとクーデリアは逃れる。繊細な感覚を持つクルエルであるが、しかしこの混沌状況では上手く力を使うことが出来ない。クルエルは舌打ちしながら周囲を見渡した。


「チッ! 味なことをしてくれやがる。

 だが、俺から逃げられるワケがねえ……ここは手前らの監獄だ!

 『十三(アンダー・ザ・)階段(サーティーン)』に逆らったことを後悔しやがれ!」


 クルエルは高笑いを上げた。


 アンダー・ザ・サーティーン?

 そのおぞましき名の意味するところを、エリヤも、クーデリアも、虎之助でさえもまだ知らない。


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