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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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09-煙の中の真実

 住む場所が違えば、世界まで違ってくる。汚濁と腐敗に塗れたサウスエンドと比べれば、ここは天国か極楽か。だが、それはテクノロジーと権力、そして暴力によって穢れたものを排除したに過ぎない。鈍色の空に覆われたこの街に、安息の地などないのだ。


 腰くらいの高さにあるバイオツツジの花に、バイオバタフライがまとわりつく。テクノロジーで作られたメカバードが空を舞い、清潔な衣服に身を包んだ家族がバイオ犬を連れて散歩をしている。僅かに残された映像メディアを手掛かりに、『在りし日』の情景を再現したのだそうだ。


 だが、だからこそこの街は言いようのない不自然さに満ちている。


 バイオツツジは一代限りの品種だ。バイオバタフライが運んだ花粉から芽が出ることはない。そもそも花には花粉がないし、花蜜も存在しない。バイオバタフライは花のスカーレットに引かれるように出来ているというだけの話だ。彼らは短命であり、定期的に美観を維持するために新しいものが放たれている。


「官民癒着、っていうのはこういうことを言うんだろうな。

 バイオバタフライを発注するためだけにどれだけの予算が使われているか。

 それにツッコミを入れる奴もおらん」

「市長がこの間ツッコんでいるのを見ましたよ。結構、頑張ってました」

「結局のところ骨抜きにされるさ。バイオテックのパワーはそれだけ強い」


 以前は茶番としか見られなかった議会放送を、最近僕は定期的に見ている。これも市長と直接対面して、言葉を交わしたからだろう。彼の本気度を確かめたかった。そして、いまのところ彼は本気だと思い続けられる。彼を支持し続けていられている。


「ここか。ノア=ホン邸。

 ノースエンドほどじゃないが立派なものじゃないか」


 白亜の邸宅が、僕たちの前に現れた。

 ほとんどは高いフェイク煉瓦造りの壁に覆われて見えないが、青い屋根瓦で覆われた左右対称の建物くらいは見える。入口には電磁柵と警備員、そして監視カメラ。容易に立ち入らせてはくれそうになかった。


「ノア=ホンが行方不明になったことはまだ伝わっていないのか、あるいは」

「この間のように証拠を隠滅する気かも知れんな」


 僕たちは監視カメラの死角を探した。屋敷の裏手、それも角部屋の辺りだが、どの監視カメラからも見えない場所を一つ見つけた。エリヤさんは肩を回した。


「ちょいと中の様子を確かめて来る。

 ここで待っていてくれ、お前たち」


 言うなり、エリヤさんは跳んだ。電磁鉄線の張り巡らされた壁を一足飛びに越え、消えて行った。僕たちはその後ろ姿を、呆然と見送ることしか出来なかった。


「か……カッコいいですの! ど、どうやればあんなことが出来るんですの!?」

「ええ……いや、やり方分かってもやっちゃいけないタイプのこと、っていうか」


 彼女が帰って来るまで、ここにいるしかないだろう。とはいえ、この寒空の下子供を放っておくのもなんだか気が引ける。僕は周囲を見回した、と。


「……あれ、兄さん? それに、クーデリアさんも。どうしたんですか?」


 何冊もの本を小脇に抱えながら、ユキがこちらに走り寄って来た。


「ユキ。お前こそ何でこんなところに? 学校は休みなのか?」

「うん、創立記念日。ちょっとそこの図書館まで用があったんだけど……」


 ユキはアリーシャを見て、あからさまに怪訝な表情をしていた。


「……まあいいや。その図書館って、近いのか?

 そこで話をしよう、ユキ」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「クソ、どうして俺がこんなことを……

 それもこれも、あいつが死んじまうから!」


 薄汚れた衣服に身を着けた男が、ノア=ホンの書斎を歩き回っていた。くりくりのパンチパーマ、左目の刀傷、口元に開けられたピアス穴。堅気でないことは傍目に見ても明らかだろう。だが、セキュリティは発動していない。すべてはこの男の力ゆえ。


「クソ、さっさと終わらせなければ。

 早く帰って、サケと女を……」


 扉がゆっくりと開け放たれた。

 男はビクリと震え、慌てて後ろを振り向いた。


「……うん? さっさと来て正解だったか、先客がいたとはな」


 室内に入ってきた銀髪の女を見て、男は混乱した。


(ワッツ? どうして女が? いや、そんなことはどうでもいい。

 結構豊満。すなわち役得!

 こんなところに一人で来たんだ、どうなったって知るものか!)


 男は一瞬の状況判断を追えると、下卑た笑みを浮かべた。

 そして、変身した。ガスマスクめいた顔が特徴的なロスペイルだ。背中から管が伸び、それと両肩の排気ダクトめいた形の物体が繋がっていた。遠目には緑色のコートを着ているようにも見える。


「クハハハハ!

 こんなところに迷い込んじまうとは不運だったなァーッ!」


 男が言い終えた時には、すでにエリヤは懐に入り込んでいた。間抜けな声を聞きながら、エリヤは腕を閃かせた。二度刀が振り払われ、ロスペイルの両腕が切断された。悲鳴を上げようとする男を押し倒し、エリヤは刀の柄頭を口元に叩きつけた。


「叫ばれると面倒なので、こうしておくことにしよう。

 さて、それでは私の質問に答えて貰おうか、化け物。

 どうしてノア=ホンの書斎に入り込んだんだ?」


 男、スモークロスペイルは半狂乱になって能力を発動させた。

 かろうじで繋がっていた肩のダクトから朦々と煙が立ち上る。この煙は目くらましになるだけでなく、極めて有毒である。大気に触れると急激に酸化するため射程距離は短いが、しかし常人なら一息吸い込んだだけで死ぬ。ロスペイルは哄笑を上げたくなった、しかし。


 煙の中から白銀の刃がせり出して来た。

 スモークが見たのはそこまでだった。なぜなら次の瞬間には、眉間に刀が突き刺さっていたのだから。エリヤが立ち上がり、刀を引き抜くと同時に、スモークロスペイルは爆発四散した。


「やれやれ、面倒事を増やしてくれおって。

 さっさと終わらせるか」


 エリヤは立ち上がり、男が探していた辺りを見回した。

 そして、それを見つけた。


「これは……リストか。ふむ、つまり、これは……」


 それは、邪悪な計画に参加させられている人間のリストだった。


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