08-少女の行方と賢人たちの陰謀
久しぶりに頭を抱えた。クーの時だってこんな風にはならなかっただろう。なにせ、相手は12、3歳の少女だ。一応高卒くらいに見えるクーとはまったく事情が違う。
「えーっと、それじゃあキミは本当に何も覚えていないのかい?」
「ですから、さっきからそう言っていますの!
っていうかここどこですの!?」
アリーシャは怒ったような声を上げた。僕は慌てて彼女をなだめるべく、買い置きの飴を差し出した。彼女はそちらに気を取られた、その間がチャンスだ。
「参りましたね、完全な記憶喪失だ。
何か分かるかと思ったんですけど……」
もちろん、これが彼女の演技ではないという保証はない。
だが、僕たちも長いこと探偵をやっている。相手を謀ろうだとか、騙そうとかしている相手には独特の雰囲気がある。いまのところ、彼女がそうした邪な思いを抱いているようには見えなかった。
「この子が本当に地下の住民かも確信が持てんからなぁ。
もしそうなら、この子の両親は既におらん。
こっちの住民だったとしても、確かめる手段はないけどな」
現在都市全体に10万人はいる人間の中から、彼女を見つけ出すのは不可能に近い。情報は『アリーシャ』という名前だけ、名前として使われているのでも数千人、相性まで含めれば万単位まで膨れ上がるだろう。とてもじゃないが特定なんて不可能だ。
「取り敢えず、この子をどうするかということを決めようじゃないか」
「児童養護施設にでも送るしかないでしょう。
僕たちじゃとても手に負えませんよ」
ロスペイルとの戦いに加えて、子供の世話なんてとても無理だ。
「でもでもトラさん、この子あいつらに追われているんでしょう?
施設なんかに送ったりしたらきっと狙われちゃいますよ。
その時、私たちが一緒じゃないと……」
「ちとリスキーやな。ロスペイルに襲われればひとたまりもないやろうからな」
クーとエイファさんは否定的だ。
そして残念ながら、エリヤさんものようだ。
「ジェイドの話じゃ、この子はお宝なんだろう?
だったら、それを手にすることが出来れば私たちは敵を出し抜ける。
いったいどういうものなのかはさっぱり分からんがな」
「分からないのが問題なんでしょう。
僕だってほっぽり出したいワケじゃないけど……」
僕はアリーシャを横目で見た。彼女はまた眠ってしまったようだ。僕たちの話がよっぽど退屈だったのか、あるいはよっぽど疲れていたのか。仕方がない。
「分かりましたよ、仕方がありません。
この子は僕たちで面倒を見ましょう」
「話が分かるな、虎之助くん。
念のため、これからは誰か一人はこの子についていることにしよう。
いつどこから追っ手が来るかも分からない、警戒はしていようじゃないか」
「分かりました……ふー。本当に今日は、色々あり過ぎて疲れたな……」
「そうだな、今日はこれで解散にしよう。
地下での話は明日にでもすることにしよう」
明日は幸いにも、と言うべきか、特に予定はない。
仕事がないのを喜ぶのはどうかと思うが、それだけ疲労しているのも確かだ。少しばかり休む時間は必要だろう。僕は部屋に引っ込んで行って、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。
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報告を聞いた瞬間、男は血の気が引いた。
そしてほとんど反射的に怒鳴った。
「……W10に侵入者!?
しかも、中にあったものが奪われただと!?
いったい何をしていやがった、お前ら!
監視チームは下にいたンだろうが!」
応対した黒服は気の毒になるくらい真っ青になりながら、報告を行った。哀れだとは思ったが、しかしここで追及しないわけにはいかない。あまりに弛んでいる。
「も、申し訳ありません。ちょうど交代の時間だったもので……」
「後退中も警戒を厳にするように、そう言う決まりだろう!
あそこに何が収められているのか分かっているだろうが!
あれは地下都市文明の生き証人なンだぞ!」
然り、W10とは今日の午後、虎之助とジェイドがアタックを仕掛けた施設だ。『彼ら』は古くからその存在を検知していた、だが放置していた。中に納められたものは大変貴重な存在であり、無暗に動かし命を奪うことになってはならないからだ。旧文明の生命維持装置を、安全に解除することが出来る人間は存在しなかった。
「まあまあ、落ち着いて下さいよ。
ピンチをチャンスに変えようじゃないですか」
「……エルファス。お前、ここでいったい何をしている?」
男は影の中から現れた、もう一人の男を睨んだ。
タイトなスーツに身を包んだ男は、威圧感にも怯まず微笑んだ。長い銀色の髪を掻き上げると、血のように赤い目が見えた。エルファス=ヘイスティング、上層部のメッセンジャーである。
「近くにいたもう一つの勢力に奪われるより、遥かにマシな結果だろう?」
「あくまで比較的に、だがな。とにかく取り戻さにゃならん、あれは……」
「取り戻さなくてもいい。それが『賢人会議』の通達です。従って下さい」
男はもう一度エルファスを睨んだ。
今度はより一層、強烈な殺意を込めて。
「正気か?
あのガキがどういう存在なのか、お前らだって知っているだろう」
「世界最古のロスペイル感染者。そして適合者。
分かっているよ、彼女の研究が進めば我々の技術は躍進するだろう。
だが、もう一つやっておきたいことがあるんだ。スペックの確認だよ。
我々はあれがどれだけの力を持っているのか知らないだろう?」
「ガキを餌にして戦争でも起こすつもりか手前! 舐めンじゃねえぞ!」
男は憤慨した。
エルファスはあくまで平静を装い、それに返した。
「ならばキミは、『賢人会議』の決定に逆らうと?
そういうことでしょうか?」
『賢人会議』。その名を出され、さすがに男も怯んだ。
彼らの上部に位置する、正体不明の三人。年齢、性別、職業ありとあらゆるものが不詳。だが確実に世界に影響力を持ち続ける。都市を支配するメガコーポですらも、彼らの前では赤子も同然の力しか持たぬという。
「いいことです。我々の仕事は減って、平和は保たれる。
それでは、それでは」
エルファスはそれだけ言って去って行った。
彼はそれを睨み続けた。
「クソどもが……
手前らの思い通りに行くと思ってンじゃねえぞ……!?」
男――ジャック=アーロン――は、苦々し気に呻くのであった。




