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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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08-少女の行方と賢人たちの陰謀

 久しぶりに頭を抱えた。クーの時だってこんな風にはならなかっただろう。なにせ、相手は12、3歳の少女だ。一応高卒くらいに見えるクーとはまったく事情が違う。


「えーっと、それじゃあキミは本当に何も覚えていないのかい?」

「ですから、さっきからそう言っていますの!

 っていうかここどこですの!?」


 アリーシャは怒ったような声を上げた。僕は慌てて彼女をなだめるべく、買い置きの飴を差し出した。彼女はそちらに気を取られた、その間がチャンスだ。


「参りましたね、完全な記憶喪失だ。

 何か分かるかと思ったんですけど……」


 もちろん、これが彼女の演技ではないという保証はない。

 だが、僕たちも長いこと探偵をやっている。相手を謀ろうだとか、騙そうとかしている相手には独特の雰囲気がある。いまのところ、彼女がそうした邪な思いを抱いているようには見えなかった。


「この子が本当に地下の住民かも確信が持てんからなぁ。

 もしそうなら、この子の両親は既におらん。

 こっちの住民だったとしても、確かめる手段はないけどな」


 現在都市全体に10万人はいる人間の中から、彼女を見つけ出すのは不可能に近い。情報は『アリーシャ』という名前だけ、名前として使われているのでも数千人、相性まで含めれば万単位まで膨れ上がるだろう。とてもじゃないが特定なんて不可能だ。


「取り敢えず、この子をどうするかということを決めようじゃないか」

「児童養護施設にでも送るしかないでしょう。

 僕たちじゃとても手に負えませんよ」


 ロスペイルとの戦いに加えて、子供の世話なんてとても無理だ。


「でもでもトラさん、この子あいつらに追われているんでしょう?

 施設なんかに送ったりしたらきっと狙われちゃいますよ。

 その時、私たちが一緒じゃないと……」

「ちとリスキーやな。ロスペイルに襲われればひとたまりもないやろうからな」


 クーとエイファさんは否定的だ。

 そして残念ながら、エリヤさんものようだ。


「ジェイドの話じゃ、この子はお宝なんだろう?

 だったら、それを手にすることが出来れば私たちは敵を出し抜ける。

 いったいどういうものなのかはさっぱり分からんがな」

「分からないのが問題なんでしょう。

 僕だってほっぽり出したいワケじゃないけど……」


 僕はアリーシャを横目で見た。彼女はまた眠ってしまったようだ。僕たちの話がよっぽど退屈だったのか、あるいはよっぽど疲れていたのか。仕方がない。


「分かりましたよ、仕方がありません。

 この子は僕たちで面倒を見ましょう」

「話が分かるな、虎之助くん。

 念のため、これからは誰か一人はこの子についていることにしよう。

 いつどこから追っ手が来るかも分からない、警戒はしていようじゃないか」

「分かりました……ふー。本当に今日は、色々あり過ぎて疲れたな……」

「そうだな、今日はこれで解散にしよう。

 地下での話は明日にでもすることにしよう」


 明日は幸いにも、と言うべきか、特に予定はない。

 仕事がないのを喜ぶのはどうかと思うが、それだけ疲労しているのも確かだ。少しばかり休む時間は必要だろう。僕は部屋に引っ込んで行って、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 報告を聞いた瞬間、男は血の気が引いた。

 そしてほとんど反射的に怒鳴った。


「……W10に侵入者!?

 しかも、中にあったものが奪われただと!?

 いったい何をしていやがった、お前ら!

 監視チームは下にいたンだろうが!」


 応対した黒服は気の毒になるくらい真っ青になりながら、報告を行った。哀れだとは思ったが、しかしここで追及しないわけにはいかない。あまりに弛んでいる。


「も、申し訳ありません。ちょうど交代の時間だったもので……」

「後退中も警戒を厳にするように、そう言う決まりだろう!

 あそこに何が収められているのか分かっているだろうが!

 あれは地下都市文明の生き証人なンだぞ!」


 然り、W10とは今日の午後、虎之助とジェイドがアタックを仕掛けた施設だ。『彼ら』は古くからその存在を検知していた、だが放置していた。中に納められたものは大変貴重な存在であり、無暗に動かし命を奪うことになってはならないからだ。旧文明の生命維持装置を、安全に解除することが出来る人間は存在しなかった。


「まあまあ、落ち着いて下さいよ。

 ピンチをチャンスに変えようじゃないですか」

「……エルファス。お前、ここでいったい何をしている?」


 男は影の中から現れた、もう一人の男を睨んだ。

 タイトなスーツに身を包んだ男は、威圧感にも怯まず微笑んだ。長い銀色の髪を掻き上げると、血のように赤い目が見えた。エルファス=ヘイスティング、上層部のメッセンジャーである。


「近くにいたもう一つの勢力に奪われるより、遥かにマシな結果だろう?」

「あくまで比較的に、だがな。とにかく取り戻さにゃならん、あれは……」

「取り戻さなくてもいい。それが『賢人会議』の通達です。従って下さい」


 男はもう一度エルファスを睨んだ。

 今度はより一層、強烈な殺意を込めて。


「正気か?

 あのガキがどういう存在なのか、お前らだって知っているだろう」

「世界最古のロスペイル感染者。そして適合者。

 分かっているよ、彼女の研究が進めば我々の技術は躍進するだろう。

 だが、もう一つやっておきたいことがあるんだ。スペックの確認だよ。

 我々はあれがどれだけの力を持っているのか知らないだろう?」

「ガキを餌にして戦争でも起こすつもりか手前! 舐めンじゃねえぞ!」


 男は憤慨した。

 エルファスはあくまで平静を装い、それに返した。


「ならばキミは、『賢人会議』の決定に逆らうと?

 そういうことでしょうか?」


 『賢人会議』。その名を出され、さすがに男も怯んだ。

 彼らの上部に位置する、正体不明の三人。年齢、性別、職業ありとあらゆるものが不詳。だが確実に世界に影響力を持ち続ける。都市を支配するメガコーポですらも、彼らの前では赤子も同然の力しか持たぬという。


「いいことです。我々の仕事は減って、平和は保たれる。

 それでは、それでは」


 エルファスはそれだけ言って去って行った。

 彼はそれを睨み続けた。


「クソどもが……

 手前らの思い通りに行くと思ってンじゃねえぞ……!?」


 男――ジャック=アーロン――は、苦々し気に呻くのであった。


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