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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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03-密室殺人の捜査

 聖マルドゥク学園。

 都市を支配する大企業からの、多額の資金援助で設立された学校だ。

 『未来を担う若者に、最高の教育を』をスローガンとしている。


 なんてことはない、貧乏人を締め出すための方便だ。高難易度の試験、高額な授業料、そしてスクール・カースト。そこに座するものでなければ、立ち入ることの出来ない世界。


 色んな意味で閉鎖された空間に、僕たちは足を踏み入れた。都市から公認を受けた探偵は、大手を振っては入れる立場にはある。だが、周りの人間たちの好奇の目に晒されるとさすがに委縮してしまう。自分がちっぽけな砂粒にでもなってしまったような気分だ。


「へー、凄いところなんですね。綺麗……

 外とは大違いですね、結城さん」


 それでも、クーデリアはまったく物怖じしなかった。


「貧乏人に回される金も物も、すべて後回しになるからね。

 外では外壁修理一つを行うのも一苦労なのに、こっちは新築をポンポンと。

 まるで見せつけられているみたいだ」


 この世に存在する絶対的な、決して手を出せない『格差』というものを。

 彼らはそれを不自然なことだと思うことすらなく、享受している。何が未来を担う若者、何が次代を担うエリート。飽和した物質の中に埋もれた彼らには分からない世界がある。


「……早く終わらせて、早く帰ろう。

 僕はこういうところに、あまりいたくないんだ」

「早くに帰っちゃうのはもったいない気もしますけど……了解です!」


 クーデリアはビシッと敬礼した。

 あたりからクスクスという笑い声が上がる。

 僕らへの侮蔑も、嘲笑も隠さぬ態度。

 反吐が出る。彼らの傲慢さに。


 外がそうであったように、室内も清潔感溢れるものだった。

 くすみの一つさえない白壁、鏡のようなリノリウム。電灯は絶えることなく人を照らし、窓の外には不自然(・・・)な自然が見える。見栄えよく育つように調整された、一代限りのバイオ植物だ。


「ここが事件のあった女子更衣室か。

 さすがに閉鎖されてるみたいだけど……」


 一応ノックをして、僕たちは部屋に入った。

 途端、甘ったるい芳香剤の匂いと、どうしても隠し切れない死臭が漂って来た。僕は思わず顔をしかめ、鼻を手で覆ってしまう。ここにも自然と不自然が混在していたのだ。


「被害者の名前はイリアス=マーズ。

 高等部3年Cクラスに属する生徒ですね。

 この日は17時まで残っていたことが確認されている。

 彼女が最後に目撃されたのが17時頃。

 その後、深夜1時12分に巡回に来た警備員が彼女の死体を発見」

「事件資料を全部覚えているのか? さすがはサイボーグ」

「へへっ、こういう暗記系は得意なんですよ! 実は、私!」


 そりゃ脳をメモリーチップに変えて、目をカメラに変えればそうだろう。僕は胸を張る彼女を無視して辺りを見回した。2m30cmくらいのところに小さな窓がある。部屋の奥には換気扇、それから目立たない位置に換気ダクトがある。窓もダクトも、大きく見積もっても縦横30cmくらいのものだ。成人が通れるとは思えない。


 扉はすべて内開き、内部から施錠できるタイプのものだ。扉の外側には鍵穴がなく、外から開けることは出来ない。発見当時、室内は完全な密室状態にあったそうだ。


 部屋の真ん中には、白い枠がテープで作られている。彼女が倒れていたところだ。さぞ無念だっただろう、道半ばで死ぬというのは。せめて安らかに。


「うーん、部屋から瞬間移動でも出来ない限り出られませんよ。これは」

「確かに、人間では不可能だろう。でもロスペイルなら出来るかもしれない」


 ロスペイルはおよそ、僕たちの想像からかけ離れた生体をしている。軟体だったり、あるいは子機を飛ばしたり。密室状態でも殺人を行えるような能力が恐らく備わっていたはずだ。ならば、それを突き止めなければ。恐らく犠牲者は増え続けていくだろう。


「もうちょっとここを調べたら、聞き込みに行こう。

 何か彼女に恨みを……」


 外から楽し気な話声が聞こえた。

 僕は思わず身を震わせ、ぎこちなく振り向いた。


「? どうしたんですか、結城さん? さっきから何か……」

「しっ! 静かにしてくれ、クーデリア。ちょっとだけ……」


 僕は入り口の扉を少しだけ開け、外の状況を見た。話しながら歩ている二人がいた。一人は僕の知らない女性。長い赤毛を腰まで伸ばした、勝ち気な感じの少女。

 そしてもう一人は、僕がよく知っていた。全体的に色白で、色素は薄い。頼りない印象を抱く人が多いだろう。けれども僕は、誰よりも強い、曲がらない人間だと知っている。


「? もしかしてお二人が、結城さんの……」


 上から覗いていたクーデリアも、二人のことを見つけたようだった。


「右の子だけ。でも、関係ないさ。僕たちの仕事には、何の関係もない」


 そう思うことにした。

 だが不安があった。


 『生徒会の仕事で残らないといけない』、そう聞こえたからだ。


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