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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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08-共闘/遭遇

 地下深くに埋没した地下都市構造体にも、夜は訪れる。僕がそれを知ったのは、次に目を覚ました時だった。いつの間にか窓から差し込む灯りはなくなっていた。


「人工太陽、だそうだ。

 人が光と言うものを忘れないようにとね。バカバカしい」

「太陽? 何のことだい、それは?」

「僕も見たことはない。

 だが、外の世界には地上を遍く照らす光球があるんだそうだよ」


 粒子障壁で覆われたこの街には縁のないものだな。僕は立ちあがり、体をほぐす。ベッドで眠れなかったから体のあちこちが痛いが、それは贅沢と言うものだろう。


「それで、どこに行けばいいんだ?

 ここまで来たらヤケだ、とことんまで付き合うよ」

「嬉しいことを言ってくれるね、虎之助くん。

 んじゃ、お出かけと行きますか」


 彼は窓にフックロープを垂らし、大通りに降りた。僕もそれに続いて行く。慣れていないので手を滑らせてしまったが、何とか着地することが出来た。宵闇に包まれた街は不気味だ、恐ろし気な獣の方向、虫の音、あるいは鳥の鳴き声だけが聞こえて来る。


「ここで鳴いているのも全部ロスペイルか…

 …恐ろしい世界だな、ここは」

「ま、喧嘩を売らなければそう怖いものじゃない。

 彼らは本能に従い、自らの生存領域を守っているだけだ。

 ある意味、人間よりもずっと安全な生き物だよ」


 ジェイドは皮肉気に笑ったが、僕は笑えなかった。彼の言っていることには一定の理があるし、そんな光景はいくらも目の当たりにしてきた。ただ、人を襲うロスペイルばかりを見てきたために、そんな安全なものが存在するとはとても信じられなかっただけだ。


「……なあ、ジェイド。

 人間の意志を持ったままロスペイルになる者もいるのか?」

「ああ、いるね。

 涙ぐましい努力の結果、そいつらは誕生したそうだ」


 あっさりとジェイドは認めた。

 僕は息を飲んだ。やはり、あれは。


「もっとも、意志を持つってのがどういうレベルのものかにもよるがね。

 何らかの感情に囚われてしまったものは、もはや怪物と変わらない。

 キミが言っているのはそうした衝動を理性で押さえられる……

 すなわち、人間的なロスペイルってことだろう?」

「そうだな。

 こちらとの対話が可能で、人としての理性を保っているような奴だ」

「それほど不思議な話じゃないさ。

 ロスペイルはウィルスに感染した人間、ならば耐性を持っている人間もいる。

 ウィルスが街にばら撒かれたのは、どんなに早くても100年前なのだそうだ。

 だったら、それに適応した人類が出て来てもおかしくはない」


 この街が、100年前のもの?

 どう見ても都市のそれよりも劣化が少ないように見えた。

 人間が存在しないから、この街は威容を保っていられるのか?


「ロスペイルには人間を殺さなきゃいけない理由なんて存在しないんだ。

 人を食わなきゃいけないわけでも、殺さなきゃいけないわけでもない。

 むしろ食事や睡眠の必要が少ない分、人間にこだわる理由もない。

 彼らは共生に一番近い生物かもしれないよ」

「あんなのと共生するようなことになるなんて……ぞっとしないな」


 とは言っても、赤い戦士のようなロスペイルならばそれも可能だろう。


 一方で、意志も理性も持たない怪物がいる。ジャッジメント、野木楽太郎のように、自分の思いに囚われてしまう者もいる。単純に二分出来るようなものでもない。


「ははあ、あの男のことを、ロブスターのことを考えているな?」

「ロブスター? それは市庁舎で一緒に戦った、あの赤い戦士のこと?」

「そうさ。だが、彼はやめておいた方がいい。失望することになるぞ」


 僕はムッとした。自分の思考を読むような真似をしやがって……!


「少なくとも、あの男はキミよりも信頼に足る人間だと思うんだけどな」

「ロスペイルなのに?

 まあ、そんな冗談は置いておくとして……キミの気持ちは分かるよ。

 彼は人間を守るように戦った、少なくともキミの目にはそう見えた。

 違うかい?」


 その通りだ。十人が十人、僕と同じような感想を抱くだろう。


「だがそうじゃない。彼は彼の仲間を守っただけだ。

 都市議会と言う陰謀組織の仲間を」


 陰謀組織? 確かに、都市議会は閉鎖された場所だ。

 だが、そこまで言うことは……


「都市にはキミの知らない闇が存在するのさ。

 キミがいま追い掛けているものなど、及びもつかないものがね。

 だから覚悟しておきたまえ、キミはきっと裏切られるだろう」


 何を。

 だが確かめる間もなく、僕たちはそこに到着した。


「『西居住エリア』……かつてはここに、人が住んでいたのか」

「いまは化け物と警備システムが動いているだけだ。

 エイジアの力ならば突破も容易だろう。

 この先には僕の、そしてキミたちの求めるものがあるはずだ」

「……それはつまり、この先に出口があるってことなのか?」


 ジェイドは笑うだけでそれに答えない。

 無言で壊れたゲートを潜り中に入って行く。


 仕方ない、力づくであいつを従えることが出来ない以上、この街で僕に選択肢などありはしないのだ。せめてロクでもないものではないことを祈りつつ、僕は続いた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「まったく、この街の地下も化け物の巣窟か。やっていられんな」


 獣型ロスペイルの襲撃を実力で回避しつつ、二人は街を進んだ。坑道の捜索、扉の前での問答、そしてロープを探すための奔走。必要以上に時間を使ってしまった。


「向こうの端末に繋がりません。壊れちゃったんでしょうか……」

「最悪の事態も想定して然るべきかもしれんな、これは」


 エリヤは刀を振るう。

 ロスペイルの首が胴と切り離され、そして爆発四散した。


「それにしてもこの街、いったいどうなっている?

 まるで迷路のように……」


 計画されていたものとは思えないほど入り組んだ地形、ところどころに設置され、移動を阻む障壁。これでは生活空間と言うより、まるで迷宮か陣地のようだ。


「戦前のサイコ妄想が生んだ迷宮都市。

 誰も入れず、誰も出さず、ただここだけで完結するように作られた監獄。

 そうだ、だからここから出たいと誰もが思った……」

「クーデリア? 何を言っているんだ?」

「行かなきゃ」


 クーデリアは何かに引かれるようにして走り出した。

 エリヤの声も届かない。

 彼女は獣型ロスペイルを切り伏せながら、彼女の後に続いて行った。


「おい、待ってくれクーデリア。ここで一人は危ない……」


 そこまで言って、エリヤは言葉を切った。

 先行していたクーデリアも押し黙っている。


 彼女の眼前には、光り輝く金属で作られたコンテナがあった。ここに来るまでに通った、あの円柱のようなコンテナだ。縦横5m、高さ2mほどのコンテナ、それが地面から生えていた。


 突き刺さっているのでも、転がっているのでもない。

 文字通りアスファルトから生えていたのだ。

 最初からそこにあったとでも言わんばかりに。


「何なんだ、これは……!」


 エリヤは何度目かの同じ言葉を吐いた。この都市に入ってから彼女が経験したことは、およそ彼女の常識からはかけ離れていた。だがクーデリアは動じなかった。


 彼女はコンテナの表面を下がった。高い機械音がしたかと思うと、コンテナの一部がせり上がった。四つの物体が、祭器めいて鎮座していた。


 その内の二つを、クーデリアは手に取った。

 警察が使っているライアットシールドと同じくらいの大きさで、底面は打突を行うためか鋭く尖っている。クーデリアは何の躊躇いもなく裏側についていたハンドルを握り込んだ。


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