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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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08-この世界の真実

 油断ならぬ強敵であった。僕は裏路地を進みながら、先ほどの獣たちとの戦いを回想した。獣たち一体一体はそれほど強いものではない、プレーン態とほとんど同程度の戦闘能力しか持っていないだろう。だが、小柄な体格を生かした俊敏な動作、決して無理をしないヒットアンドアウェイの徹底、そして連携能力によって僕を追い詰めて来た。


 ジェイドの助けなくば死んでいただろう。彼は不可思議なカードの力を使いこちらの手駒を増やした。シューターの銃撃によって獣の連携を破壊し、僕とジェイドが獣を狩った。3、4体を爆発四散させたところで、獣たちは撤退していった。


「彼らは無理をしない。

 テリトリーを守るために来たようだから、さっさと退散しよう」

「テリトリーを? あいつら、本物の獣みたいなんだな……」

「そりゃそうだ。獣の脳を乗っ取ったのがロスペイルなんだからな」


 まただ。

 こいつはロスペイルについて、僕の知らないことをいくつも知っている。


「なあ、ジェイド。教えて欲しいことがある。

 ロスペイルっていうのは、いったい」

「ちょっと行ったところに、ねぐらにしている場所がある。

 そこでゆっくり話そう」


 僕は押し黙った。ジェイドはマチェットで行くを阻む草木を刈り取りながら淀みなく進んで行った。そして突き当りにあった扉を潜り、僕たちはビルの中に入って行った。


「ここは……玩具屋?

 こんな場所が地下構造にあったなんて……」


 原色の絵の具をぶちまけたような玩具がいくつも転がっていた。ジェイドはカウンターに腰を下ろし、背を逸らせた。カウンターの裏側にあった戸棚から缶詰を取り出し、僕に投げつけて来た。ラベルには『肉』『美味い』『安い』と書かれている。


「食っておきな。

 いつここから出られるか、まだ分からないんだからな」

「……ありがたく受け取っておくよ。

 それから、僕が言ったことを忘れるなよ」

「覚えてりゃ教えてやるさ。

 これでも、話し相手が少なくて寂しい日々を送っている」


 そう言ってジェイドは缶詰の中に詰められていたソイペーストを食い始めた。僕相手に気を遣ってくれてるのだろうか? 食べないのも失礼だ、僕もそれに口を付ける。合成肉特有の生臭さが鼻を突いたが、しかしここでは貴重な食べ物なのだろう。


「上の合成食材はマズいが栄養豊富。

 この辺に生えてる野草は美味いが、最悪毒をくらう羽目になる。

 まあ、善し悪しだな。住めば都って言葉の通りなんだがね」

「長居するつもりはないさ。

 ここから出る、そして僕を嵌めた奴を突き止めてやる」

「さて、ここから脱出出来るかね?

 どこに出口があるのかすら、キミは知らんだろう」


 僕は押し黙った。

 地下都市構造体について、僕は何も知らないのだから。


「……そうだな。取引をしようじゃないか、虎之助くん」

「取引だと?

 キミの『仕事』を手伝って、人を殺せって言うのか?」


「二つある。

 一つはまず、僕の話し相手になってくれってことだ。

 さっきも言ったが人との接触を断った寂しい生活をしているものでね。

 キミと言う来客が嬉しいんだよ」


 僕は怪訝な表情をしてジェイドを見た。

 この男、いったい何を考えている?


「もう一つは、地下構造からあるものを盗み出すのを手伝ってほしいんだ」

「盗み出す、だって? この地下構造にも誰か、人がいるってことか?」

「いいや、人はいない。ロスペイルと、警備システム。

 一人じゃちょいと手に余ってね。

 誰か協力者が欲しいと思っていたところなんだ。

 腕の立つ人間だともっといい」


 僕は少し考えた。そして、選択肢が存在しないと理解した。


「一つ確認しておく。そこには本当に、人間はいないんだな?」

「いやしないさ。それだけは確かだ。

 約束するよ、キミを不快にはさせない」

「分かった。ここから早く出なきゃいけないんだ。

 四の五の言っている場合じゃない」

「契約成立、だね。それじゃ、キミの質問に答えるとしようか」


 ジェイドは腹の底から面白そうな笑い声をあげ、奥の間へと引っ込んで行った。何をしているのか、と思ったらすぐに出て来た。合成コーヒーのわざとらしい匂い。


「ロスペイルはこの地下都市から生まれ、地上に出て来た。

 その成り立ちを知る者はいないが、記録は残っていた。

 人間を過酷な環境に適応させるために生まれた生体改造ウィルスらしい」

「生体改造……なんだって?」


「生体改造ウィルス、ベクターウィルスとも言う。

 人間の体内に入り込むと、その遺伝子構造を変えてしまうんだ。

 そう言う能力を持っている、目に見えない生物のことさ」


 目に見えない、存在。

 そんなものを地下構造の人間が作り出したというのか?

 崩壊する前の世界は、どれほどの技術を持っていたのだろうか?


「なぜそんなものが作られたんだ?」

「粒子障壁の『向こう側』は、人の生きられない死の大地だからさ。

 いや、俺も見たことはない。だが海は枯れ、地は裂け、天は焼けた。

 水の一滴すら調達出来ない世界、人間が生きていくことは不可能だ。

 だから人間そのものを変える必要があった」


 ジェイドがコーヒーを啜る音が、やけに大きく聞こえた。


「キミは知らないだろうが、ロスペイルは長命で低燃費なんだ。

 体に入って来たエネルギーをほぼ100%生体活動に使用出来るし、水なしでも240時間以上の活動が可能だ。死の世界でも生きていける可能性を持っている。

 ただし、ロスペイルウィルスは脳に強く作用することが分かっている。

 ようするに、人を理性のない獣に変えてしまうのさ」

「そんな危険なものをばら撒くなんて、古代人は何を考えているんだ?」


 頭がいいんだか悪いんだか、よく分からなくなってきた。


「彼らにとっても想定外のことだったのさ。

 狂った研究者が街中にウィルスを散布した。

 当然、ロスペイル化した人々や動物は都市内の人間を殺戮した。

 彼らは地下構造を閉じ、永遠に彼らを封じ込めようとした。

 過酷な地上にやっとこさ街を築き上げ、すべてを忘れて生きて来た。

 それが都市(シティ)の成り立ち、忘れ去られた神話の物語さ」


 にわかには信じられない話だ。

 だが、ジェイドの言葉には一定の真実味がある……


「どうしてそんなことを知っているんだ、お前は?」

「地下暮らしが長いと、色々なことが知れるのさ。

 ここは失われた歴史の宝庫だ」


 彼は答えをはぐらかした。

 答えるつもりはないということだろうか。


「さっき、セラフはエイジアの弟だとか言ってたな。

 どういうことだ?」

「そのままの意味さ。セラフはTCAと呼ばれる戦闘スーツだった。

 崩壊前の世界では兵器として用いられていたそうだ。

 だが、滅びの後になってこれはもう一つの可能性が見いだされた。

 危険環境での作業用スーツ、という側面さ」


 身体能力をブーストし、あらゆる毒素をシールドするこのスーツは、危険環境での作業にはうってつけだろう。そうして作られたものを、ジェイドは拝借したということか。


「とは言っても、力の成り立ちではまったく異なるものだがね」

「え?」

「その力を使いこなせよ、虎之助くん。

 そいつは世界最新にして最古の、継ぎ接ぎの機神だ。

 キミ自身がエイジアとなる時、その力は真の意味で解き放たれる」


「どう言う意味だ、ジェイド。

 少しは分かるように説明してくれないか?」

「さあ、俺もその時何が起こるかは知らないからな。

 まあ、楽しみにしているよ」



 ワケが分からない。

 そしてジェイドにも説明する気はまったく無いようだ。


「さて、もう一つのお願いだが……

 少し休んで行こう。後で何をするかは説明するさ」

「せめて何を盗み出すか、それだけは説明して欲しいもんだな」


 この街を維持している物を盗みます、なんて言われたらたまらない。


「囚われのお姫様を探しに行くのさ」


 またこの男は理解の出来ないことを言った。

 さっき人がいないと言ったのに。


「まあ、行ってみてのお楽しみさ。

 キミにとって不利益になることはないはずだよ」


 そう言ってジェイドはカウンターで横になった。仕方がない、僕もラックに背中を預けて目を閉じた。意外に疲労していたのか、僕はすぐに眠りについた。


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