08-朝凪エリヤ
打撃、斬撃、火炎。
いずれを使っても扉はビクともしなかった。これ以上はエイジアの内蔵エネルギーを使い切ってしまう可能性がある。普段は気にもしていないが、エイジアのエネルギーは無限ではない。キースフィアには充電か、休息かどちらか分からないがともかくそういうプロセスが必要になるのだ。僕は装甲を解除した。
途端、ノアの残していった水が僕を濡らした。
徐々に体温を奪われて行く。
「参ったな、これは……
どうにかしてここを開けて貰わなければならないけど」
内側から開かない以上、外側から開けてもらうしかない。だが、外はノアの息のかかった部下がいる。坑道に入ることすら容易ではないだろう。
「寒ッ……うん? 何だ、あれは……」
僕は振り返り、それを見た。円柱の扉は二対になっていたのだ。そして、逆の扉の横にはコンソールがあった。モニターと、そして台があった。キーボードはない。
「これって、パスコードを入力するためのものか?
でも、何もないな……」
もしかしたら、手を置いたらコード入力用のデジキーボードが出現するのかもしれない。そう思い、僕は台に手を置いた。途端、青白い光の筋が台の上から下まで降りて行った。そして、轟音、衝撃。先ほどロックが施されたのと同じ音がした。
「もしかして、こっちのロックが解除されるってことか……!?」
どうして? そんなことを考える前に扉が開いた。
同時に、僕は仰向けに倒れ込んだ。
いったい何が? 開かれた扉から、水が落ちて行っている。
僕はそれに足を取られ転倒し、そしてそれに導かれ一緒に落ちて行こうとしているのだ。何かを掴もうとしたが、何も掴めなかった。僕の体は水に乗って落ち――そして、空中に投げ出された。
「なっ……!?」
何が起こっている?
少なくとも落ちて行っていることだけは確かだ。
キースフィアを取り出しバックルにセット。間に合うか?
僕はどこから、どれだけの高さから落ちた?
景色が流れていく。
高層ビルが、森の緑が、そして空を飛ぶ異形の生物が見えた。
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クーデリアは石畳を踏みつけ跳ね上げ、ロスペイルから放たれた散弾を受け止めた。
(参ったなあ、銃を持っていないのが災いするなんて)
白兵戦でクーデリアはそうそう後れを取らない。ただし、彼女の力は近接戦闘でうま味を発揮するタイプだ。反射神経が鋭く、なおかつ遠距離武器を持ったロスペイル相手では分が悪い。一体を爆発四散せしめたものの、残った二体の銃撃に釘付けにされている。
(ああ引き気味にやられると、近付いてくのが難しいですね。
どうにか近づければ……)
石畳も限界が近い。クーデリアは地を蹴り、プレハブの屋根に跳んだ。二体のロスペイルは挟み込むような銃撃を繰り出してくる。一所には留まれないし、無理矢理振り切るのも難しい。よってクーデリアは連続跳躍による無理矢理な回避を余儀なくされる。
「どうやら苦戦しているようだね、クーちゃん」
よく通る声が三者の耳に飛び込んで来た。
砂塵の中から一人の女が現れる。
「銃如きに手こずっているとはな。少しばかり教示をやろうじゃないか」
「エリヤさん!? 危ないですよ、逃げてくださいッ!」
その言葉の通り、ロスペイルは剣呑なショットガンを彼女に向けた。助けようとするが、しかしもう一体のショットガンは尚もクーデリアを狙う! DOOM! 耳をつんざく発砲音が鳴り響き、一粒25mm近い大きさの散弾がエリヤに注ぐ!
だが、エリヤはそれよりも前に動いていた。地を蹴り散弾を避け、ジグザグ走行で続けて放たれた散弾をも避ける。もう一体もクーデリアに向けていた銃口を彼女に向けるが、しかし発砲はクーデリアが許さなかった。彼女は手近にあったアンテナを折り、ロスペイルに向けて放った。ロスペイルはバック転でそれを回避、アンテナが地面に刺さる。
「ハッハ、いいぞクーちゃん。
遠距離攻撃が出来ないというのは悪い思い込みだ」
エリヤは腰に挿した刀の柄を掴み、四度目の跳躍と同時に踏み込み空を切った。ロスペイルとの距離は10m以上離れている。何を、と思ったがロスペイルが呻いた。
斬撃の衝撃波がロスペイルを打ったとでも?
そうとしか考えられない光景だった。ともかく、痛みに呻くロスペイルの懐に飛び込んだエリヤは刀を逆袈裟に振り上げた。美しき刃の軌跡が銀色に輝き、その軌道上にあったロスペイルを切断した。彼女が刀を鞘に戻すと同時に、ロスペイルは爆発四散した。
「スゴイ、スゴイですよエリヤのお姉さん!」
クーデリアはロスペイルのショットガン腕を極め、折った。たじろぐロスペイルの顎をしなやかな足で蹴り上げ、よろめいたところに首を刈る後ろ回し蹴りを繰り出した。ロスペイルの頭が垂直に飛んで行き、そして爆発四散した。
「ど、どーしてそんなに強いんですか!」
「ふっ……鍛えているからな」
エリヤの言葉はまるで答えになっていなかったが、クーデリアは目を輝かせて納得した。ともかく、市街に出現したロスペイルはすべて排除した。
「っと、トラさんを追い掛けないと!
あの人、ノアを追って行ったんです!」
「なに? 一人でターゲットに近付くとは、迂闊だな。
まあいい、とにかく行こう」
クーデリアとエリヤは虎之助を追って坑道へと入って行った。封鎖される寸前、紙一重のタイミングであった。坑道は入り組んでおり、ノアと言う先導がいない二人は大いに迷った。たっぷり20分ほどの時間をかけて、二人はそこへ辿り着いたのだ。
「あれはいったい何だ?
ノアの設備と言うわけではないだろうが……」
エリヤもまた、不可思議な壁を見て驚いた。
クーデリアはそれを懐かし気に見た。
「あれは……そうだ、ボクはあれを確かに……
知っている?」
呆けるクーデリアとは対照的に、エリヤは辺りを冷静に観察した。コンソールらしきものの前には黒服の男。合図を待っているのか、そわそわとしている。呼吸、体重、心音から判断するに、ロスペイルではない。彼女は素早く男に跳びかかった。
「ぐぇっ!? な、何だお前は!
お、俺に何をしようって言うんだ!?」
「大人しくしていれば何もしないさ。
この男を見なかったかな、お前?」
エリヤは携帯端末を取り出し、虎之助の画像を見せた。
男はニヤリと笑った。
「へっ……! そいつならこの中だぜ!
死ぬまで出れやしないのさ!」
「なるほど。では開けてもらおうか。
こんなところにいるくらいだ、パスコードは知っているんだろう?
教えなければ……そうだな。30秒に一本貴様の指をへし折る。
指が足りなくなったら肩甲骨、肋骨、腕、足、頭の順に折る」
男は悲鳴を上げた。そこに、クーデリアが夢遊病患者めいた足取りで近付いて来た。彼女はコンソールに手をかざすと、よどみのない手つきで6ケタのパスコードを入力した。重い金属音を立ててロックが外れ、丸い扉がひとりでに開いた。
「「オイオイ、マジかこいつ」」
エリヤと男は同じ言葉を同時に吐いた。二人は顔を見合わせ、エリヤは拳を振り下ろした。意識を失った男をそこに放っておき、エリヤはクーデリアに続いた。
「何だ、これは。都市の地下に本当にこんなものがあるなんて……」
エリヤは口笛を吹いた。眼下に広がっていたのは、鋼鉄のドームに覆われた都市の残骸。市街地の中心には巨大な樹木がそびえたち、アンバランスな情景を描く。
「伝説の地下都市構造体。まさか、本当に存在するとは……」
まことしやかに実在を語られながらも、誰も到達したことのない地下構造体。そこに立ったことに、エリヤはかすかな震えを覚えた。風が吹き抜け、冷や汗を飛ばした。
「……うん?
これは、ドームの上層からせり出しているのか?」
出口の先に通路は存在しない。
一歩踏み出せばスカイダイビングが楽しめるだろう。
「この先にトラさんが……! 大変だ、追い掛けないと!」
「待て、クーちゃん! このまま落ちればさすがに死ぬぞ!?」
踏み出そうとするクーデリアを呼び止め、エリヤは辺りを探った。
「何か手を探そう。
坑道なんだ、ロープの類くらいは置いてあるはずだろう」




