07-聖天使降臨
全身を赤い鎧、否、甲殻で覆ったロスペイルが腰を落とし、駆け出した。放たれる火球をその甲殻で受け止める度に、装甲上で小爆発が起こった。それを意に介さず進み、ロスペイルはロスペイルを殴りつけた。胸を打たれ、ファイアの体がくの字に折れた。
「オイ、手前ら!
ボーっとしてんじゃねえ、さっさと逃げねえと死ンじまうぞ!」
怪物の一喝は、狼狽えていた人々を動かすには十分なものだった。悲鳴を上げ人々は市庁舎の中へと逃げて行った。それにはノア=ホンも含まれていた。市庁舎の中には警備中の市長軍兵士がおり、油断なく内側から銃口を怪物に向ける。もっとも、硬化クリスタルで作られた障壁を7.62mm弾で貫通することは出来ないのだが。
赤い戦士はいったい何者だ?
少なくともエイジアと同じ存在ではないだろう。バックルのような外付けユニットは見られない。だがロスペイルかどうかも分からない。理由は彼の全身を覆い尽くす赤い甲殻のせいだ。
ロスペイルはだいたい、鈍色に輝く平坦な体つきをしている。だが赤い戦士は違う。素体は黒く、纏う甲殻の鎧は赤い。全体的に鋭角を多用したつくりで、特に肩と兜が鋭い。ショルダータックル用と思しくスパイク、攻撃を効果的に受け止めるための突起、いずれも通常のロスペイルには見られない特徴だった。
(いったい何者なんだ。いや、考えている暇はない!)
僕は正体不明の赤い戦士に加勢すると決めた。
ファイアを抱えた右腕、そして右半身は焼け焦げている。装甲を溶かされるほどの熱量ではないが、伝導熱で生身の部分がひどく痛む。ロスペイルに生身の部分があるかは分からないが、積極的に打てていないのは確かだ。彼の甲殻を持ってしても、ファイアの能力は厄介なものなのだろう。
僕は装甲を変形させた。ガントレットを構成していた金属が分解され、素体の黒が露わになる。光へと変わったガントレットは手元に収束し、武器を形作った。90cmほどの刃と、それと同じくらいの長さがある柄。長刀状の武器を形成し跳びかかる!
エイジアの装甲を使って作った刃が、ファイアの体を打った。金属と金属がぶつかり合う不快な音が響き渡り、ファイアが吹き飛ばされた。横合いから乱入して来た僕を、赤い戦士は横目で見た。僕は手元で長刀をぐるりと回転させ、ファイアを指した。
「共闘ってことか。ま、こいつをやらねえと話が進まねえもんなァ」
「そういうことだ。アンタが誰かは知らないが……
こいつは放っておけない!」
吹き飛ばされたファイアは膝立ちになり、僕に掌を向けた。バスケットボールほどの大きさの火球を生成し、そこから野球ボールくらいの火球を発射した。僕は柄の真ん中あたりを持ち突進、刃と柄とで火球を弾き飛ばした。火球には『芯』がある。それがなければ安定軌道を取ることが出来ないが、おかげでこちらも防ぐことができる。
赤い戦士はファイアの側面に回り込んだ。ファイアはそちらにも対応せざるを得なくなる。自然、片方に向かう攻撃は少なくなり、それだけこちらの突破は容易になる。弾幕を越えて懐に潜り込み、僕は斬撃を、赤い戦士は打撃を繰り出す!
僕がファイアの胴を袈裟掛けに切り抜け、赤い戦士は腰の入ったストレートを繰り出す。背後に回った僕は衝撃で吹き飛んでくるファイアの背中を、遠心力を乗せて薙いだ。波状攻撃を喰らい、ファイアは防戦一方となる。これなら!
だがそうはいかなかった。センサーが飛来物を感知、だが迎撃には間に合わない。頭部を狙って放たれた攻撃、それを僕はハチガネで受け止めた。凄まじい衝撃に脳が揺らされ、頭から地面に落ちて行く。狙い通り側頭部を撃ち抜かれていたら、頭部を破壊されていただろう。
僕は肩から着地し転がり、何とか体勢を立て直した。
「さすが。この程度で死んでいたんじゃその名が廃るところだったね」
襲撃者は言いながらも次弾を放った。僕は片膝で立ちそれを防いだ。来ることが分かっていれば対応出来ないものではない。装甲の厚い部分なら受け止められないこともない。
「お前、何者だ! このロスペイルを放ったのは、お前なのか!」
射撃戦が通用しないと理解したそいつは20mほどの距離で立ち止まった。なるほど、クーが黄色いエイジアと評したのも理解出来る。よく見ればまったく違っているが、パッと見エイジアに見えないこともない。すなわち、とても機械的な外見をしているのだ。
頭部全体をすっぽりと覆うフルフェイスのヘルメット。黒地の中に赤い瞳が映える。軍用ボディアーマーを思わせる上半身と、すらりとした滑らかなレガースに覆われた脚部。機械部分はエイジアのそれよりも洗練されているように見えた。
「その中には俺が始末しなきゃならん奴がいるのでね。
悪いが速攻で決めさせてもらう」
黄のエイジアは長槍をくるりと回転させ、切っ先を眼前まで持ってきた。先端には発射口のような物も取り付けられている。あれが先ほどの射撃を行った武器なのだろう。だが、あんなことをしていったいどんな意味があるというのか?
その答えはすぐに分かった。黄のエイジアはベルトポーチから三枚の金属カードを取り出した。表面には何か図柄が描かれていたが、それが何なのかはこの距離では判別出来ない。ともかく、彼はカードを槍の表面に滑らせた。奇怪な機械音が槍から発せられた。
『EDGE』『CHAIN』『SHOTER』
槍の穂先に光が収束した。黄のエイジアはそれを天に向け、放った。光は三つに分かれ地上に注ぎ、そして人型を形作った。それを見て、僕は驚愕した。
光の中から、ロスペイルが現れたのだ。
それも、僕の見知った姿をしたロスペイルが。現れたロスペイルはどれも素体の趣を残すものだった。一体は全身から鋭い刃をせり出させ、一体は両腕がチェーンソーのようになっており、一体は右腕を巨大な銃に変形させていた。どれもがかつて、僕が戦った油断ならぬ強敵たちだった。
「ロスペイルを復活させて……
いや、再現しているのか!?」
僕は黄のエイジアを睨んだ。
彼はふっと笑い、槍の切っ先を僕に向けた。
「俺の名はセラフ。救って進ぜよう、この街をな」
ファイアの火炎打撃を喰らい、赤の戦士がこちらに吹き飛んで来た。同時にセラフは槍の射撃機構を作動させ、僕たちを狙った。ロスペイルたちが一斉に飛びかかって来る!




